第3話 朝焼けブルーライト その一
お前らには輝かしい未来がある、多少の苦難も己の糧に変えていけ!と言わんばかりの目の前の光景に無性に腹が立った。
自分の苦労は俺自身が決めるものでそれで潰れるようなら世話無いから放って置いてほしいものだが他人事に巻き込まれて任された面倒事などそれこそ金が払われてもやるもんじゃないと俺はそう感じている。
今の問題は自己の精神のあれこれとかでは無くその心の葛藤を声にしたことだがまさか叫んだ砂浜に朝早くから出ようとしている人間がいるなんて誰が思うだろうか、俺は思わなかったからこんな恥ずかしい目に合ってるわけなのだがあれか俺もしかして今年厄年だったりするん?
「えっとまぁ…あれだよ別に気にすんなってなんも見なかったし聞かなかったから!そーいうことにしておくから…なっ?」
そう言うことってどういうことだよ待て待て、俺に弁明させろ背後からばつの悪そうに言うんじゃない。
振り返って防波堤の下にいた女の子(にしてはさっきの言い方は乱暴な気がするが)に向けて言葉を掛ける、
「その格好はまさかこの寒空の下でこの海に入るってのかー?!」
「まぁそのまさか。一度このボード持ってこの格好したら凍死するまでは波乗りピエロってのは流石にジョークで死ぬまでやるもんじゃないけどでもそれなりには趣味として頑張ったりしてるんだけど…さてはその顔は私のこと知らないな? まぁ日本じゃドマイナーなスポーツだし致し方ないとは思うけどそっかーまだまだぁなぁ私…なるほど公営放送に呼ばれた位じゃ一般の方には認知してもらえないと…」
いやいや、俺んちテレビ無いしそんなの見る暇あったら寝たり趣味やるよ。
残念ながら俺は専業主婦じゃないからね、家事の合間をぬって休む時間にテレビ見ることは出来ないんだよ。
「んーー、ならあれだ今便利なやつあるだろGoogle先生、そいつで調べてみなよ絶対出てくっから!」
「そんなことを急に言われてもねぇ…」
お前はそもそも誰なのって話なのだがこの子あんまり人の話を聞くタイプではなさそうだしな~、
「あー、私の名前?そっかー!名前も分かんないのに調べろなんて無理あるよな!なら早く名前聞いてくれれば良いのに!
私の名前はこいわだよ小さい岩で小岩、名前は…凪だよ小岩 凪、そんなに難しくないし覚えちゃってくれよな!」
日光を反射してピカピカと光が水面を映し出したかの如く朝から眩しく元気の良い笑顔を俺は久しぶりに見た。
そういや暫く会ってないけがいとこが今高校生だったか…どうだったかな?あいつも小さい頃はこんな風に笑ってた気がする。
「なんだよその初孫を可愛がるお爺さんみたいな顔、一応二十歳過ぎてるし…というかおっちゃん今幾つ?」
「お、おじさん…」
な、何ぃ?!齢三十路手前で何故におじさん扱いされなくちゃいけないんだよ?!そんなに老け込んで見えるのかね俺…
「あ…もしかしなくても気にしてた?」
きょとんとした顔しゃがって、気にしてたもなにも初耳だわ。
確かに今日は疲れきっているにしたってそんなに俺老け込んで見えるのか…
「そうか俺自身はまだまだ若い気でいたんだがそうもいかないか…そうかおっちゃんか…」
疲れて言い返す気力が湧いてこないので適当な会釈をして帰ろうとするも肩を捕まれる、何かと思ったら…
「私も自己紹介したんだからそっちもしろよ…」
とのことだが俺はしがない一市民なので構わずに仕事に励んでくれたまえ…
「おいおいおいおい、どこへ行くんだよ?私だって自己紹介したんだからそこは名乗るのが礼儀じゃないのか?」
礼儀に強制権は無いので俺は正直なところ駅に戻りたい、礼儀なんてそんなものは人の良心次第で相手に期待するとかえって裏切られたりするものだから見返りを求めないことが礼儀にあたるのんじゃないかなんて…哲学者の真似事なんてするもんじゃない。
「あー分かったよ個人情報漏洩なんて自らするものじゃないんだがなぁ…」「それ本気で言ってんの?」
「ああ、本気も本気大真面目さ、世の中それだけの情報を売買するような商売もあんだよ。住所氏名電話番号をリスト化するといい小遣い稼ぎになるんだぜ?社会は今そんな感じだが…
「なにそれこっわ」
まぁ、折角その手の有名人とプライベートでお近づきになったんだから恩と名を売っておけば後々…なんて打算は無しにして改めまして
「えっと…小岩凪さん、俺は吉川南斗と言う…吉報の吉に川、南に北斗七星の斗で南斗だ。
ありがちなのか珍しい名前なのかの判断は君に任せるけど因みに28歳ね」
こんな自己紹介で良いのかと言えばその通りかもしれないがまあ別に知り合いになったとて二度と会うこと無いだろうし別に構いやしないよ。
簡単な略歴書でも話そうと思ったが彼女に何か考えがあるようで
それならと俺は言葉を濁して小岩さんにターンを譲る。
「うーん?名前に珍しいもなにもないんじゃないかな、同姓同名とかいるけどまるっきり同じような人なんていないから卑下すんのは良くないって思う…ます」
敬語になったのは俺を歳上だと再確認したからだな、よしよし
その機転の速さは嫌いじゃないぞ。
「とかそんな事はよくってさ折角だし調べてみてよ私の名前ほら持ってるでしょスマホ!」
いやいや、別にこのままほなさいなら~で良かっただろ、何ゆえ期待した眼でこっち見てるですかね?
「ほらほらぁ、何か見られたら恥ずかしいものでも入ってるんじゃないの?」
やだ…この子耳年増…って程じゃないか、二十歳って言ってたし、
それに俺は会社勤めのサラリーマン、見られたらいけないものの一つや2つあるのは当たり前なのだ。
「あぁ~あるわ(会社のデータが)」「え!?」「流石に見られたら俺最悪なら捕まるし(インサイダーとかで)」「つかまるの!?」「そりゃぁ…流失したら不味いもの入ってるし」「あぁ~そう言うことか~」「ん?なにか含みがある言い方だけれど他に意味合いでもあるのかなん?」「な、ないない~」「ならいいんだが…」
某先生のサイトを見てみる前に一応有名なスポーツ誌の記事を見つけてさっと流し読みしたらば簡単に言えば女子の世界タイトル戦を一気に踏破した超新星で今まで大会へ出場しなかったのは時間がなく、自分の実力がどんなものなのか分からなかったという天才肌こ人物だった。
「なんだよ、人の顔みて溜め息ついて~失礼だぞ?」
不満そうな顔をする小岩さんを「えー」とか適当にあしらっておく、こいつは本物か…本当なんだから仕方がない、けどもそうと分かった途端にどうにも埋められない溝が俺の目の前の女との間に出来たと感じてしまう、天才は天才なりに凡人とは違う苦労をしているしもっと言えばそんなに変わらないのだろうが俺は残念なことに人を区別する人間で分け隔て無くとか来るもの拒まずとかは出来ないんだよ。
「ところで吉川さんって今時間ある?」
藪から棒に何を言い出すかと思えば、時間がないわけでは無いが正直疲れてるからそれどころじゃない…やぶさかだし。
「ははーん、その顔は暇だけどお前にかける時間なんざねぇって感じの顔ね!」「いやそう言うことじゃな」「よっし。寝ないように注意してちょっと私の乗るとこ見ててよ!!」「…まじ?」
「当たり前田のクラッカーだ☆」「なんだそれ聞いたこと無いぞ?」「えー!?おっさんから知ってると思ったのにぃ?!」
「だからそのおっさん呼ばわりを止めろください、心に来るんで俺まだ三十路位なんで許してな?」
その後のすったもんだの末に結局は俺が折れて小岩さんのサーフィンを見ることになったがこれはチャンスだ、なぁに難しいことじゃない、小岩さんが夢中になっている隙にそのまま帰ってしまえばよいのだ。
なんてて声に出した覚えはさっぱりないのだが勘が鋭い小岩さんに携帯を取られ返された時にはちゃっかり某緑のSNSに「NAGI」と書かれたアカウントが友達登録されていて…
「取り敢えずまぁ、ブロックするならしてもいいけどしたら私いたる所で吉川さんに話を匿名で拡散しちゃうかもなぁ~、私これでも結構拡散力あるからねぇ~」
意地悪く歯を見せて笑う小岩さんは近くで見るとそのアスリートらしいしまった体つきやら、実は彼女の目の色がよく見てみると光の加減なのだろうか反射したほんの少しだけ紫色の光彩が瞬いた、外人の目で青い目やグレーの目くらいは見たことあるがあるが青い紫がかっているそれは確実に俺の知っている黒の色ではなく、その中に収まって映る光源と美しい宝石を見ているかのようでこの瞬間に俺はアメジストの鉱脈でも引き当てたのだろうかとふっとその変な考えが頭を過ぎって海中へ没していった。
「そうか…そりゃあ怖い、俺も気をつけないといかん、何処で誰が悪意か善意を持って見ているのかわからないからな。
そう考えるとだ、少なくとも世間に多少なりとも顔をさられてる小岩さんがこんな朝早くに三十手前のおっさんと逢引なんてしないで俺はそこらへんの喫茶店で一旦眠りこけてから家へ帰るとしようかな?」
「そうはさせないにきまってんじゃん。ほらほら、そっちのベンチにでも腰掛けてちょっと見ててね~」
人にとって世界はどれだけ輝かしいものに時に見えるのだろうか、隣の芝生はとにかく青く映るものだがそこに朝晩欠かさず水をまき玉の様な汗をかきながら雑草を抜く姿は頭に入っていないんだよな…
「ほいほい、おっさんは動くと疲れるから寝落ちしない様に見てるからいってらっしゃ~い」
そう言いながらベンチへ腰を落としてふぅ…と一度溜め息を空に向かって吐いてやった。
「な~んだ結局見るんじゃん、それともおじさん案外ミーハーだったりするの?」
ミーハーねぇ…そんな事は今のところは言われたことないなぁ、
どちらかと言うとkyとかいう死語を言われた回数の方が圧倒的に多いと思うぞ?それとおじさん言うな。
「座るときによっこらしょとか言ったら「やーい、おじいさんなん」てからかってやろうかなって思ったけどなー残念!」
誰がじじいだまったくこいつは…俺の親父ですらおじいさんと言うにはおこがましいぞ。
やれやれ、ここまでフランクな奴も今時珍しいもんだなと感じて腰を落とす体勢に入った時だった、小岩さんがサーフボードを放り出し俺の重心を崩しにかかって手を引かれた俺はものの見事に砂浜をサーフィンしてしまった…だなんて淡々と語ってもダメだなこれ、むっちゃ砂が口のなかと服のなかに入ってきてなんか急に弱音を吐きたくなった…はぁ、わりと何でも無いことで人って心が折れるんだな。
「あ…えっと…まさかものの見事に転んじゃうと思ってなくって…謝らせてくれますか?」「」「む…無言は寂しいので大声で怒鳴るとか来た道戻るとかしてくれません…?」
素直に謝ろうとする辺り良い子だね、よしよし仕方ない。
俺は疲れるからね声をあげる元気も無いんだと言うことにしておこう、
「うん、まぁ特に気にしなくても大丈夫」「ほ、本当に?」
「大人の寛大さなめんなよ、これくらい上司とか取引先との板挟みにあってやり取り繰り返すよりよっぽどましだぜ、しかし口のなかスッげー苦いから駅前の喫茶店でなんかおごってくれな?」
朝陽にやっと出逢えたみたいな顔しやがってにっこにっこしたって俺の疲労は少し位しか回復しねぇぞこの…思わず冬場なのに真夏の向日葵思い出したじゃねえか…なんでだ?
「よーし! なら私のオススメを折角だから広めるチャンスね!」
そう言いながら遠ざかる小岩渚を俺は明るい方の溜め息で送り出す、なんだよちくしょう少しは海も良いことしてくれんじゃねぇかよ…なんてぼやっとした思考が散漫になった頭の中で小さく火花を上げていたのである…。
次回へ続く
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