結章

東の果てから来た手紙





 ――世界大戦。


 そう呼ばれた人類最悪の戦争は、数年を経てようやく終結した。




 多くの命が失われ、多くの悲しみが生み出された。

 けれど。




 それでも、今日も人は生きている。






 ある日、ユミス・ラトラスタ・アトランティスの別邸の一つに舞い込んだのは、ぼろぼろの手紙。



「手紙が届いたのですわ、月子」

 ユミスが上機嫌のあまり鼻歌でも歌いだしそうな様子なので、恋人である月子はかなり驚いている。

「この家に手紙だなんて、めずらしいわね」

 相変わらずのぎこちない英語で応じながら、彼女はペーパーナイフを持ってきてくれる。

 公邸や本邸なら、ユミスにペーパーナイフを差し出す部下や従者や召使いはいくらでもいる。けれどここは、ユミスの小さな隠れ家。恋人である月子を住まわせ、口の固い僅かな使用人が通ってくるだけの場所。



「ずいぶんぼろぼろの手紙だけれど、どちらから?」

「聞いて驚いてくださいな。東の果てから、はるばるこの手紙はやって来ましたのよ」

「まさか、皇御国すめらみくにから?」

 月子が目を丸くして、自分の故国の名前を呟く。


「えぇ、かの国出身の教え子から届きましたの」


 ソファに腰掛け、ペーパーナイフで丁寧に封を開けていく。

 中からは、優しい和紙の手触りの便箋。

 広げてみると、ピンクの花弁――桜が和紙に漉き込まれていて、とても美しい。


 几帳面な性格が感じられる英語で書かれていたのは、結婚の報告。

 写真が一葉、添えられている。

 そこに映るのは、微笑む花婿と、花嫁。

 決して豪華な式でも贅沢なドレスでも無かったのだろうが、二人はとても幸せそうだった。


「お幸せそうね」

 隣に座った恋人が、写真をのぞきこんで呟く。


「あら。月子も、結婚式がしたいのですかしら」

「そうね、まぁそのうちに」

「もう……そのうちに、なんてしてたら私達おばあちゃんになっちゃいましてよ」

 ぷくーと、膨れながら文句を言うと、月子は艶然と微笑んだ。

「ふふ。白髪のおばあちゃんになっても、愛してくれるんでしょう?」


 ユミスは自分の顔が、林檎のように真っ赤になるのを感じる。

 あぁ、この人は。……この人は!


「あ、当たり前ですわっ!!」

「ならいいじゃないですの。私がおばあちゃんなユミスに、とっても似合うドレスを仕立てるから」

「……月子ぉ」

「どうしたの?」

 月子は、優しく微笑んでいる。


 ユミスは、何万回目かになるかわからない敗北宣言をした。



「愛してますわ、月子」

「私もよ、ユミス」









 多くの命が失われ、多くの悲しみが生み出された。

 けれど。



 それでも、今日も人は生きている。


 そして、今日も人は恋をしている。





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