純白に薄紅はらりと
純白に薄紅を一刷きしたような
あの日、ユミスに見せられたタロットが、誰を占ったものであるのかと。
死した者を占ったものか、それともこれから死にゆく者なのか、あるいは生き抜く者たちの運命を占ったものなのか。
件の暗殺事件を引き金として、ヨーロッパ各国は慌ただしい動きを見せていると、どの新聞も連日伝えている。
各国政府・王室は最悪の事態を避けるため、さまざまに手を尽くしているようだが、いい状況ではないらしい。
もちろん、アトランティス諸島を統治する国際魔女連盟も動いている。
いくら銃火器が進歩したとはいえ戦争となれば、兵として駆り出されるのはいつだって魔女達なのだ。
……それは、国際魔女連盟の望む世界ではない。
そんな落ち着かない中、アルストロメリア学園で卒業試験が行われた。
地元出身の学生も、留学してきている学生も、不安は抱えているだろう。
けれど、可憐なドレスやそれを纏う魔女たちを見ると心が浮き立つのは仕方がない。学園内は華やいでいた。
パートナーのソウジロウが、背中のボタンを一つ一つ留めてくれる。だが、裾が大きく広がったドレスなので、すぐ近くで作業できなくてちょっと大変そうだ。
ドレスは、まばゆいほどの純白。レースや飾りには、可愛らしい薄紅が使われている。
肩と胸を大きく露出した夜会用のクリノリンドレスだ。クロエのデコルテがいっそう美しく見えるようにと、ソウジロウが何度も縫い直して調整していたのを覚えている。
大きなレースが花開くようにふわりと広がった袖。そこから出てくる二の腕は、ほっそりとして見えた。
前身頃には縦にレースを縫い付けて、ウエスト部分をできゅっと引き締める。くびれたウエストの前面には、レース付きの大きなリボンが結ばれている。
そして、そこから大きく広がる鳥籠のような巨大なスカートは、二段になって、それぞれレースと大きなリボンで飾られていた。
「“仕掛け”はわかってるよな」
「大丈夫、何回も練習したでしょ」
「そうか」
このドレスが、ソウジロウからクロエへの、学園生活最後のドレス。
「ねぇ、このドレスの銘を教えてよ。さすがに今日は教えてくれるでしょ」
今日まで、聞いても教えてくれなかったこのドレスの銘。
クロエがちらりと背後に居るパートナーを見ると、彼はわずかに頬を赤く染めていた。
「……その、ドレスの銘は」
「考えていないわけじゃないでしょう」
「……そうなんだが、その」
「はっきりしないなぁ、もう」
「わかったよ、言うから」
彼は一度深呼吸をしてから、その言葉を告げる。
「“白無垢”という銘だ」
「ふぅん、原点回帰って感じかな」
ソウジロウがクロエに最初に作ってくれたドレスの銘は“無垢なる白き炎”という。あれも真っ白なドレスだった。
「それもあるんだが、それだけではなくてな……」
彼は、今度は耳まで真っ赤にしてうつむいていた。……一体、何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。
「……白無垢は、その、スメラミクニの花嫁の婚礼衣装のことなんだよ」
そう呟いて、ソウジロウは恥ずかしさからか唇をきゅっと結んだ。
……私の恋人、可愛すぎる。
そう思った瞬間、クロエは振り返ってソウジロウの両手を握りしめていた。本当は抱きしめたかったが、クリノリンのスカートの大きさに阻まれたのだ。なぜこの巨大なスカートが衰退したのか、その理由がよくわかった。
「私ね、これからもソウジロウの作るドレスが着たい」
「俺も、これからもクロエにドレスを作りたい」
二人は、ちょっとの間くすくすと笑いあった。
「それじゃあ、行ってくるね。卒業試験」
「行って来い」
かつ、かつ、とヒールを鳴らし、舞台に上がる。
「始め!!」
……対戦相手が纏うドレスは、ローブ・ア・ラ・フランセーズ。フランスの宮廷文化華やかなりし時代に流行した、豪奢なドレスだ。
となれば、向こうの戦術は――高威力の火力魔法を打ち出して来るとみて間違いない。重く豪華なドレスでは動けない。いわゆる『固定砲台』だ。
そしてクロエが今回纏うドレスも、そのタイプ――『固定砲台』とあだ名されるクリノリンドレス。
これは魔法の撃ち合いになる、観戦する誰もがそう思った。
「大地の子らよ! その生誕、祝えや歌えや騒げや踊れや踊れ」
ぱきり、と音をたて紫水晶と紅水晶のつぼみが石畳に芽吹いた。
相手は防御を固めて、それから攻めに転じる構えだ。
もちろん、そんな悠長な戦い方を許すクロエではない。
幸い、相手の詠唱が終わるにはまだまだかかりそうだ。
クロエはなるべく早く詠唱が終わる魔法を唱える。威力は低くて構わないのだ。相手の出鼻をくじければいいのだから。
「つつじの花よ、こたえて頂戴、あなたの纏う炎を、あなたの纏う赤を、あなたの願う輝きを!」
すばやく詠唱を終えると同時に、白手袋に包まれた指先から炎の弾丸が打ち出される。
相手の防御は――間に合わない!
「……くぅっ!」
コルセットとパニエで動きにくいフランセーズを着用していれば避けられるわけもない。元々、あまり身体能力に秀でているというわけでもなさそうな相手は、炎弾をまともに喰らう。
腕でとっさに顔をかばったので、手袋が焦げている。
「――――大地の子らよ、咲き乱れよ、汝らは美麗にして堅牢なる花園」
……さすがというべきか、相手の詠唱は中断されることはなかった。魔法が完成してしまった。
ばきばきと音をたて紫水晶と紅水晶は花となり、樹木となり、そして柱となり、それらは絡み合い、巨大な門となる。
……あの奥に居座られていては、攻撃魔法なんて通らない。
それがどうした?
ならば、あの門の奥に走ればいいだけだ!!
クロエは、ぐぐっと、姿勢を低くした。
それは走り出すための準備。
どうも相手は、クロエが何をするつもりなのかわからないらしい。それもそのはず、クロエが着用しているのはクリノリンドレス。そのあまりにも巨大なスカートで『走る』などありえない。いくら身体能力が高くとも、スカートが邪魔なのだ。
邪魔ならどうする。
外してしまえばいいのだ。
クロエは走り出すと同時に、ウエストのリボンをほどき、金具を外す。
たっぷりのスカートと、
クロエの、薄紅色の
これが、ソウジロウがこのドレスに施した“仕掛け”だった。
クリノリンスカートを外せば、ごく短い裾の動きやすいドレスとなるのだ!
「……なっ!?」
相手は動揺のあまり、魔法で迎撃することも忘れている。
クロエは走りながら短い詠唱を終え、肉体強化魔法で足の力を強めた。
「でりゃぁあああああっ!!」
強化した足で、水晶門を飛び越える。
そして着地と同時に、くるりと回し蹴りを見舞った。
リボン飾りのある可愛らしい
相手は、クロエの蹴りを見事に喰らって吹っ飛ぶ――舞台の外へ。
「し……勝者クロエ・ノイライ!」
闘技場がざわついている。
こんなドレスは見たことがない、と。
……。
このドレスは、邪道かもしれない。
まともに評価されないかもしれない。
それでも、これはソウジロウがクロエのために作ってくれたドレスなのだ。
クロエは広い観客席に目をやり、彼の姿を探した。
彼は――いつもどおり、だった。
目が合うと、ちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んで。
いつもどおりの、クロエが大好きなソウジロウだった。
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