学園祭・青硝子のブローチ



 学園祭当日。

 お祭り気分で盛り上がる校内の廊下を、視線を浴びながらも急ぎ進むのはクロエ。


 そして、目的地のドアを開け放ち、中で忙しく働く黒髪の『メイドさん』の元へ向かう。

 なるべく颯爽とした足取りで、格好良く。

 なにせ今のクロエは――



「ソウジロウ、お待たせ。デートに行こう?」

「……お前、本当にその格好で来たのか」


 黒髪の『メイドさん』――ソウジロウの言葉で、クロエは自分の格好を見回す。

 きっちりと仕立てられた男性もののグレーのスーツ、ぴしりとアイロンがかかっている白いシャツ、つまさきが光る革靴、さすがにタイピンやカフスと言ったアクセサリーは高価なものは用意できなかったが、その分ポケットチーフやクラバットの色の組み合わせにはこだわってコーディネートしたのだ。


「うん。ソウジロウとのデート楽しみで、コーディネートいっぱい考えたんだよ」

「そうじゃなくてな」

「む……『俺とのデート、楽しみじゃなかったの?』」

「いや、本当にそうじゃなくてな!?」


 ソウジロウは顔を真っ赤にして、持っていたお盆で目から下を隠している。

「その、俺も楽しみに……していた……」


 どうしよう、恋人が可愛すぎる。


「これが、女装と男装でなければなぁ……」

 ぼそりと彼が呟いたが、それは聞かなかったふりをする。



 彼はしぶしぶと言った様子でお盆をアウレリアに預けて、他の部員たちにも一言断りをいれているようだった。

「じゃあ、二人とも楽しんできてね」

 手を振る美人メイドさん――アウレリアに見送られながら、二人はブックカフェを出たのだった。




 一目で男装した女子学生だと分かるクロエと、愛らしいメイド姿のソウジロウは、様々な格好をした学生や来場者がいる廊下でも視線を集めていた。

「手を繋ごうよ、人が多いしはぐれないようにね」

「……構わないぞ」

「まずは何か食べる?」

「そうだな……できればこの服をあまり汚さずに食べれるような物がいいんだが」

 クロエは彼のメイド服をちらっと見た。これはあくまで私物ではなく、西洋文学部が毎年あちこち直しながら使っているメイド服なので、汚さないように心がけたほうがいいのは当然だ。

「じゃあ、あっちにあったソースと具材たっぷりのサンドイッチとかは止めておいたほうが良さそうだね」

「そうだな、それと軽いものがいい」

「なら、フルーツの串を売ってたの見たし、そっちに行こうか」



 ソウジロウが購入したのは、南の国から輸入されたパイナップル。細長く切ったものを串に刺して歩きながらでも食べやすいように工夫されたものだ。

「美味しい?」

「……なかなかだな。クロエの方はどうだ」

「美味しいよ、チョコもいい感じ」

 クロエの持っているのは、チョコレートを纏った苺がいくつか刺さった串。

 チョコの衣に歯を突き立ててぱりっと破ると、じゅわりと苺の果汁が広がって、口の中の温度で溶けたチョコと調和して美味しい。

「そうか、クロエが美味しそうにしているのは……嬉しい」



 ソウジロウとお互いのフルーツ串を交換して食べたりした後は、バザーを見て回った。

 いろんなものが出品されているが、比較的高価で売れそうなものはオークション企画に回されるので、ここにあるのは安価な物だったり、どこでも手に入る物だったり、使いみちがよくわからないような物がほとんどだ。

 それでも、掘り出し物はあるといえばある。

 この学園ならではというか、学生が余らせたのであろう服飾資材のコーナーはなかなかあなどれない品揃えだし、他にもアクセサリーの類も充実している。


 何かいいものはないだろうかと、じぃっと品物を眺める。

 砂の国の風を感じるヴェール付きの額飾りや、オリエンタルな牡丹の花が掘られた大きな櫛、ヨーロッパで作られたらしい女神の横顔が描かれたカメオ。

 さまざまな来歴を持つのだろう彼らが、こうして並んでいる様はかなり面白い。


「あ」

 同じく、アクセサリーを見ていたソウジロウが小さく声を漏らした。

 何か見つけたのだろうか。

「いいものあった?」

「いいもの、というよりは……」

 彼はその商品を手にとって、クロエに見せに来てくれる。


 ソウジロウの、意外とごつごつした手のひらに包まれているのは……いつぞや、クロエがのみの市で購入した、あのブローチ……と同じデザインの、石の部分は青く透き通る硝子という品物。


「わぁ……ここにもあったんだ」

 きっと色違いで大量に作られたものなのだろう。残念だとか、そういうことはあまり思わなかった。むしろ、あのブローチの兄弟姉妹のような存在に出会えたことが嬉しい。

 クロエはその青いブローチをつまみ上げて、にかっと笑った。


「ソウジロウ、買ったげる。せっかく見つけたんだし、私のとおそろいってことにしようよ」

「え、いや、しかし、だが」

 彼は案の定困惑の表情を浮かべている。

「いいの、今日の私は紳士――の役なんだから、このぐらいのことはさせてちょうだいよ、私を可愛いソウジロウの前で格好つけさせて」

「……それなら……わかった」

 きゅっとメイド服のエプロンを握りしめて、彼は頷いた。




 学園祭という、非日常のお祭りの空気。

 賑やかにはしゃぐ声と、異国の楽器の音色と、異国の歌が混ざり合って聞こえてくる。



 春はもうやってきたのだ。

 次は花が咲いて――その次は緑の芽吹く季節がやってくる。



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