もしも、選べなければ
「ソウジロウ、今年も可愛い……」
蒼司郎の恋人であるクロエ・ノイライが感極まった声で、そう呟く。
西洋文学部の一学年と二学年は、なぜか拍手をしている。
いつも思うのだが、ただ着替えただけで、反応が大げさすぎやしないだろうか。
いや――ただ着替えたといっても、女装であるのだが。
でも、クロエに可愛いと言われるのが悪い気がしないのはなぜだろうか。自分が彼女に恋をしているからだろうか。これが恋のなせるわざなのだろうか。あぁ、本当に恋とは偉大なちからだ。
アルストロメリア学園生にとって、春は学園祭とその準備の季節。
蒼司郎が所属する西洋文学部の出し物は毎年恒例のブックカフェに決定し、各スタッフの衣装合わせの日を迎えた。
……最高学年である今年こそ、メイド服着用は免れるだろうかと思ったのだが、後輩たちのあまりにも熱すぎる希望により、押し切られるように蒼司郎はメイドをやるはめになったのだ。
同じく三年続けてメイド役のアウレリアは「もう風物詩だよね、ソウジロウ君の女装メイド」と虚ろな瞳で言う。
そのアウレリアの髪をせっせと整えているのは、彼女のパートナーのフェリシィ。アウレリア・ステラはもう充分に美しい娘なのに、これ以上綺麗にして一体どうするつもりなのだろうか。
一学年達は「先輩の女装が見れてよかった……!」と妙に感動している。彼らはどうやら明日は我が身という言葉を知らないようだ。
「先輩は、今年も綺麗です!」
そう言う二学年のツイルとは今年もメイド仲間だ。
あの日以来、彼女はソウジロウにくっついてこなくなったのだが、秋の終わり頃からよく話しかけてくれるようになった。気持ちに整理をつけてくれた……ということなのだろうか。
「ねぇねぇ、ソウジロウ。私の方は部活の出し物で男装なんだよね」
「それはもう聞いたぞ」
「学園祭の時、お互いその格好でデートしない?」
クロエがそんなふうに馬鹿すぎる提案をしてきたので、思わず噴き出してしまった。腹筋がひくひく痙攣する。腹がよじれるとはこのことか。
「ねぇねぇ、いいでしょメイドさん!」
「や、やめろ……追い打ちはやめろ……! ふ……ふふふっ……!」
「“俺とデートしようぜ、なぁいいだろ?”」
「やめろぉおーー!!」
腹筋が痛いほどに笑っているところに、そういうのは本当に卑怯だと思う。
「じゃあ、当日デート申し込みに来るから、ちゃんと予定あけておいてね。楽しみだなー。美人メイドさんとデート!」
最高学年は何かと忙しい。
そういう事情から、三学年としての出し物はこれまで作ったドレスの展示とファッションショーのみだ。
この時期になれば、卒業制作用の
蒼司郎とクロエは、放課後の教室でこれまでに描いたデザインを眺めていた。こうして見ると、ずいぶんいろんなドレスを作ってきたことも、そのためにいろんなデザインをボツにしてきたことははっきりわかる。
卒業制作用のドレスのデザインは、だいたい固まってきている。
今までクロエに着せることを避けてきたようなドレスを、あえて作ろうと思ったのだ。それだけではなく、とある『仕掛け』を使うことも考えていた。
「最初のドレスとか、今見ると懐かしいな」
「そうだねぇ」
いつものノートを一ページずつめくるたび、クロエとの思い出が蘇り、ついつい話し込んでしまう。
だが、途中で気がついた。
クロエがどこかぼんやりした様子なのだ。
「……クロエ?」
「ど、どうしたの、ソウジロウ」
「いや、何か悩み事でもあるのかと……その、心配になって」
「あー……」
クロエはいかにも気まずそうに、目をそらして頬を掻く。
「その、あのね。先日、学園長と少し話をする機会があったんだけど、その時妙なことを聞かれたの」
「妙なこと?」
あなたはもしも――自分の足元の大地がまっぷたつに割れたのなら、どちらに移動するかしら。
「大地が割れたなら……か」
「そう。なんだが学園長、様子がおかしかったし」
割れる大地。
これは、ユミスと月子がかつて引き裂かれたことから来ているのだろうか?
ユミスはその時のことを思い出して、精神的に不安定にでもなったのだろうか……。
「それにしても、割れる大地……か」
自分ならどうするだろうか。
……決まっている、皇御国のある大地を選ばなければならない。そう……『選ばなければならない』のだ。
あぁ、自分は本当に。
卒業した後は故郷に戻ると決めたのに、どうしてこうも揺らぐのか。
ぼんやりと、天井を見つめながらしばらく蒼司郎は考え込んでいた。
そして、ぽつりと声に出して言った。
「俺なら、大地が割れたのなら、とっさにどちらに飛び移るかなんて決められなくて……そのまま裂け目に落ちていくんだろうな」
自嘲の笑みが浮かんでくる。
とっさに、どちらかなんて選べるわけがない。
じっくり考えても答がでないのに。
「……ソウジロウ」
クロエは、ぱらりと白ノートを一ページめくりながら、なんでもないことのようにこう言った。
「もしも、選べなくて裂け目に落ちそうなんだったら、私がひっぱりあげてあげるから」
「……クロエ」
「だから、そのまま落ちて行ったら……やだよ」
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