春の月・問いかけ・再会
もしも、大地が割れたなら
冬が立ち去り、また春がやってくる。
学園祭の準備で忙しいこの季節は、アルストロメリア学園全体が一番華やぐ時期でもある。
「それでね、今年の占いの店は何か変わったことがしてみたいの」
占術部の部長である三年の女子学生が、そう宣言すると部室がざわつく。
「変わったことって……どんな感じでしょう」
「占い喫茶とかにしてみるとか?」
「飲食物を出すところはいっぱいあるから、それは辛いんじゃないかしら」
その時、クロエの隣に座っていたフェリシィがすっ、と挙手をした。
「フェリシィさんは何か案があるの?」
「いい案、あるよー。占い師やスタッフの格好を、今年は異性装にしてみたらどうかなーって! 女子は男子の格好、男子は女子の格好をするの。似合っていても似合わなくてもきっと楽しいよ」
このフェリシィのお馬鹿な案に、ほとんどの女子部員と男子部員の半数ほどが嬉々としてのっかった。
残りの男子は反対意見を述べていたが、多数の意見の前に『説得』されてしまったのだ。
魔女科は普段から華やかな
「それじゃ、決定ね」
「けってーい!!」
そして、衣装合わせの日がやってきた。
クロエは今年ももちろん占い師をするので、衣装合わせにも参加だ。拒否することはできない。
「男装かぁ……」
ため息とともに呟くと、隣で着替えていたフェリシィが覗き込んできた。
「あれ、クロエは嫌だった?」
「嫌というわけじゃないんだけど……男装とかしたら、背が高いのが強調されるんじゃないかってね……普段はあまり気にしないようにしてるんだけど」
「クロエ、まだ背が伸びてるもんねぇ」
「そうなの……採寸してもらうたびに、どこかしら伸びてる気がする……」
もう一つため息をつきながら、かっちりとしたジャケットに袖を通す。
しゅっ、という気持ちいい衣擦れの音が多少でも気持ちを落ち着けてくれる。
「クロエさんとフェリシィさんは着替え終わった?」
「終わったよー」
「そう、じゃあちょっと失礼するね」
部室を仕切るカーテンを開けて、今回の衣装を担当してくれた仕立て科の女子学生がぴょこんと顔を覗かせた。
「……フェリシィさんもクロエさんも、方向性は別だけど素敵……! さすが私! いい仕事できた!」
「ふふ、私達、格好いいでしょー」
「あはは……」
フェリシィの男装は、少年探偵風のコンセプトだそうだ。
ベージュと茶色の細かいチェック模様のケープマントを羽織って、中にはネクタイを締めた白いシャツ。白く輝く足が、半ズボンからにょきっと飛び出ているのがなんだか変な色っぽさがあるのはなぜだろうか。
トレードマークのピンクのふわふわ髪は帽子の中に納め、まあるい眼鏡もかけているが、可愛らしさは寸毫も失われていない。むしろ増しているようにさえ思えるのが恐ろしい。
一方、クロエの男装のコンセプトは、伊達男な紳士だそうで、すらりとした仕立ての濃いグレースーツ一揃いだ。
このデザインはどちらかというと恋人のソウジロウに着せてみたい印象がある。男性もののスーツのことはよく知らないが、彼にはこういう細身のスーツが似合うのだ。
長い髪はどうしようかと思ったが、首の後ろで束ねるぐらいでいいと言われたので、紐でくくって流してある。
「クロエさんには騎士様風でマントを羽織ってもらうのもいいかと思ったけど、スーツも似合う……!」
「まぁ、似合っているにこしたことはないけど」
さっきまで身長のことを気にしていたのに、我ながら単純なもので似合う似合うと褒められたらいい気分になってきてしまう。
「だよね、クロエすごく似合ってるよー」
「そ……そっか……」
だから、フェリシィのこんなお馬鹿な提案に頷いてしまったのも、褒められていい気分になって浮かれていたからなのだろう、きっと。
「せっかくだから、ソウジロウにも見せてきなよ!」
クロエは紳士用スーツのまま、廊下を歩いていた。
たまにすれ違う学生たちが「学園祭準備お疲れ様です!」なんて声をかけてきてくれるのが、気を使われているようで逆に恥ずかしい。
ちなみに教師達は遠慮なく笑った後に、似合うとお褒めの言葉をくれた。正直複雑である。
「ソウジロウはどんな顔するのかなぁ……」
のりのりで部室を飛び出したはいいが、ちょっと不安になってきたところで、図書館へ向かう渡り廊下に差し掛かった。
――――と、そこに佇んでいたのは、麗しいひと。
ユミス・ラトラスタ・アトランティス。
国際魔女連盟の長であり、この学園のトップである女性。
彼女はぼんやりと、渡り廊下から外を眺めていた。
声をかけるべきか。
クロエはとりあえず、彼女の近くまで移動して軽くお辞儀をした。なにもないならそのまま通りすぎるつもりで。
「あら、あなたは……クロエ・ノイライさんですわね」
「は、はい……。ごきげんよう、ユミス学園長」
「えぇ、ごきげんよう」
とは挨拶したものの、彼女はあまりご機嫌麗しいとは言えない様子だった。何かを思い悩んでいるような目を彷徨わせている。
「ちょっと今、お話は出来て? 手短にすませるわ」
「えっと、短時間なのでしたら大丈夫です」
そう応えると、ユミス学園長はクロエの瞳をじっと見つめて、言った。
「あなたはもしも――自分の足元の大地がまっぷたつに割れたのなら」
「え?」
「どちらに移動するかしら」
「えっと……」
もしかして、年末に聞いたユミスの過去と関係のある話なのだろうか。
だが、考えるよりも早く、彼女は言葉を投げかけてくる。
「もしも、家族や友人がいる大地と、ソウジロウさんがいる大地が別々だったなら、あなたはどうしますか?」
「学園長」
ユミス・ラトラスタ・アトランティスは真剣そのものの表情だった。
「私は……その」
「ごめんなさい、妙なことを聞いてしまいましたわね。今のは忘れてくださいな。私としたことが……弱気になっていたようです」
そう言い残し、ユミスはくるりと方向を変えて、クロエがやってきた方向へ立ち去ってしまった。
あとに残されたクロエは、その後ろ姿を見送りながら、さきほどの質問の解答を考えていたが…………答えなど、出てくるわけがなかった。
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