決意の夜




「踊るのって、楽しいねぇ」


 クロエは満足の吐息とともに、そう呟く。



「まぁ、魔女科はダンスの授業もあるから慣れているだろうが……やはり仕立て科の方は振り回されている者が多いな」

 それに応えたのは、クロエの恋人であるソウジロウだ。彼は少し疲れた様子で、壁に体を預けていた。



 他にも壁の花状態になっている子達は結構いて、男子学生がいかにも勇気を振り絞って、といった様子で彼女たちに声をかけに来る。クロエたちのところは男女で固まっているせいなのか、誰も声をかけに来ないので、ゆっくりと休めた。



 こうして、壁際からダンスホールを眺めているのもけっこう面白い。



 仕立て科席次一位のシィグ・アルカンナは先程から何人もの女子たちに声をかけられて、休むことなく踊っていた。多分、そろそろ彼のパートナーであるフィオリーニアが助けに入るのだろう。



 席次二位のダーシャはいろんな男子学生と踊っていた。軽やかに踊る彼女は会場の視線を集めている。

 彼女のパートナーであるアンジェリナは男子達からダンスの誘いを受けても、すべて断っている様子だった。彼女は男性が苦手なのだ。



 意外というべきか、リオルドとレベッカはずっと一緒に行動していた。

 イギリスの貴族出身であり、ダンスや礼儀作法を心得ているであろうリオルドはこういうイベントで注目されないわけがないのだが――レベッカが彼を離そうとしないので、他の女子学生たちもどうにも割って入れないようだ。

 これは、もしかするともしかするのかもしれない。


「ねぇ、ソウジロウ、あの二人って」

「だな」

 そう言って、仲睦まじい友人たちを眺めて苦笑いをする。

 いままでさんざん、クロエとソウジロウのことをからかってきたリオルドとレベッカだが――このダンスパーティーが終わる頃には、彼らの方もからかわれる立場になるのかもしれない。

「けど、レベッカも素直じゃないからなぁ」

「いや、あれはもう完全にそうだろう」

「そうなんだけどねー、でも女の子はまっすぐに言えないときがあるものだよ」


 そういって、特に実のない話や会場のあれこれを話しながら、くすくすと二人は笑いあう。



「ソウジロウ、今日はありがとうね。おかげでとっても楽しいよ」

 カップ入りのスープで指先をじんわりと温めながら、クロエは愛しい人にお礼を言う。

「俺もだよ」

 同じく、スープのカップを口元に寄せながらソウジロウもぽつりと呟いた。


「雪、結構降ってるね」

「そうだな。帰りは家まで送っていくよ」

 そう言って、ソウジロウは微笑んでくれる。――と、そのずっと向こうに、クロエは『ある人』を見た。


「あ」


 思わず、声が漏れ出る。

「……どうしたんだ?」

 向こうに見えたのは、国際魔女連盟の長であり、アルストロメリア学園の学園長である、ユミス・ラトラスタ・アトランティスの憂いの微笑み。

 その微笑みが、なんとなく気になって……クロエは彼に話を切り出した。


「……前に、ほら、ソウジロウは学園長のこと気にしてたよね」

 彼は、はっと大きな瞳をさらに見開いた。そして、しっかりと頷く。

「ソウジロウ……それは、学園長の学生時代のパートナーさんがスメラミクニ人だったことと、何か関係はあるの?」

「それは、あるといえば……ある、ということになるだろうか」


 クロエが昔の新聞などで調べたところによると、ユミスが学生時代にそのスメラミクニ人のパートナーと何か問題を起こしたことで、スメラミクニと国際魔女連盟との関係は冷え切っていた……という。

 実際に、ここ十年でスメラミクニからの留学生はたった一人。今クロエの隣に立っているソウジロウ・ヒノだけなのだ。


 これは、なにもないわけがない。


「……ねぇ、私に何かできることはないのかな」

 クロエは、難しい顔をして考え込んでいるソウジロウにそう問いかける。

 彼は、しばらく困ったように視線を彷徨わせていたが――意を決したように、クロエの方を向いて、こう言った。


「俺に、勇気をくれ」

「……わかった、それでいいのね」


 クロエ・ノイライは、恋人の両手をきゅっと握りしめた。


 これから彼がどんなところに飛び込んでいくかなんてわからない。

 だけど、自分は彼の隣にいて、彼を支えてみせよう。


 そう、決意したのだった。


「年が終わるその夜に、ユミス・ラトラスタ・アトランティスに会う。そのときには、クロエもついてきてくれ」



「……わかった、それでいいのなら」

「ありがとう」


 そう言って、彼は深々と礼をしたのだった。



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