夢見る舞踏会
夜に見る学園はいつもと同じようで、まったく違うきらめく夢の世界だった。
年の瀬が迫りつつある雪の日に、アルストロメリア学園でのダンスパーティー。
……こう表現すれば素敵なのだが、実際にはいろいろと大変だな、とクロエは思わずにいられなかった。
年の瀬だから何もかもが忙しいし、どこもかしこもパーティーだから車は捕まらないし、衣装の支度やや髪を整えるのも大変――でもそれらを乗り切ったらもう、楽しむだけだ。多分。
会場である学園のダンスホールに入ると、そこはもう非日常。
着飾った同級生達が談笑したり、ダンスの申込みをしたり、ごちそうに手をつけていたりと、いかにも楽しそうだ。
「あ、クロエだー。こんばんはだよー」
名前を呼ばれたのでそちらを見ると、ピンクの髪をふわふわに結い上げたフェリシィが手を振っていた。彼女の派手なピンクと水色のドレスは、まさに夢の世界から来たかのような華やかさだ。
「こんばんは、フェリシィ。アウレリアは一緒じゃないの?」
「一緒したかったんだけどねー」
そう言って、彼女はちらりと会場中央のあたりを見た。
……そこには、男子学生数人からダンスの申込みをされているアウレリアが。
可憐なたんぽぽ色のドレスを纏い、髪をきちんと整え、ばっちりメイクもした彼女は驚くほどに美しかった。
「アウレリア、綺麗でしょ」
「ほんと、綺麗だね」
「えっへん。アウレリアがこんなに美人になると最初に目をつけたのは私だもんね」
フェリシィは誇らしげに、胸を張って言う。
「まぁ、もう少ししたらアウレリアをあの中から助けてあげるつもりだよ。それまでは頑張ってもらおう。いつまでも異性に不慣れなままってのも大変だしね」
相変わらず、フェリシィはふわふわゆるりとした見た目の割にたくさんのことを考えて生きているようだ。
フェリシィと別れて、しばらく会場を歩いてみる。彼は、まだ来ていないのだろうか。
なんだか、早くもどきどきしてしまう。
えぇと、会えたらまず、どんな挨拶をしようか――
「クロエ」
唐突に、涼やかな声に呼び止められる。あぁ、この声は。
「ソウジロウ」
ゆっくり振り返ると、そこには黒の正装に身を包んだソウジロウが立っていた。
白と黒のシックなコーディネートの中で、彼の胸に青い花が一輪飾られているのが、凛として美しかった。
「今日もソウジロウは美人さんだね」
「……さすがに今日ぐらいは、格好いいと言われたかっんだが」
「格好いい美人さんなの」
「クロエも、その……綺麗だ」
「ありがと」
「……そのブローチ着けてきたんだな」
「そりゃあ、気に入っているからね」
二人はひとこと言うたびに一歩ずつ距離を縮めて、そして――
「お嬢さん、ダンスを一曲お願いできますか」
「あら、一曲だけでいいのかしら?」
わざと意地悪く笑いながら返すと、ソウジロウは困ったように一度目をそらしてから、こう言った。
「できることなら、ずっと」
「そうこなくちゃね」
クロエはソウジロウの手を取り、そしてダンスホールの中央に進み出る。
本当は男性側がリードするのだろうが、クロエは早く彼と踊りたくて仕方がなかったのだ。
曲が始まったのにあわせて、二人はゆっくりと動き出す。
「もう少し、背が高ければな」
彼が悔しそうに、そう言った。
確かに周囲でダンスをしている学生達は、男性側のほうがずっと背が高い。
「私はその身長のソウジロウも好きだよ。それにね」
音色に合わせて、クロエは彼の顔に、ぐぐっと自分の顔を近づけた。
「こうして、目の高さが一緒なのって嬉しいもの」
くるり、ターンをひとつ。
「美人で、可愛くて、背の低いことを気にしている、そんなソウジロウのことが私は大好きなんだよ」
くるりくるりと回ると、ふわりふわりと裾も踊る。
きらきらのまぶしいシャンデリアの明かりに照らされたダンスホールは、本当にきらめく夢の世界を描いたかのようで。
ふわふわ、くるりとダンスを踊っていると、視界の端に先生方がいるのが見えた。
クロエの担当指導教官のマグノリア・レイ先生や、ソウジロウの担当指導教官であるイジャード・シハーヴ先生もいる。
そして――
学園長であるユミス・ラトラスタ・アトランティスの姿も、ちらりと見えた。
彼女はいつも学園の式典で見るように、美しく微笑んでいたけれど――どうしてだろうか、なぜか悲しそうにも見えたのだ。
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