冬のぬくもり・綿雪・ダンスパーティー

舞踏会のお知らせ



 本格的な冬の足音がすぐ近くまで来ている。


 風が窓を叩く音をぼんやりと聞きながら、クロエはそんなことを考えていた。


 もうすぐ今日最初の授業が始まるので、クロエも含めて皆席についている。

 なぜか、教室内の何人かの学生がそわそわしているような気もするが……何かいいことでもあったのだろうか。



 やがて、時間ぴったりに魔女科の教師である、マグノリア先生がふわふわと薄紫色の巻き毛を揺らしながら教室に入ってきた。

「あらあら、皆さん。今日もきちんと着席していますね。よろしい」


 先生は教室内をにこやかに見回すと、ひとつ頷いて、それから何か書かれた紙を配り始めた。後ろの方の席に居たクロエのところにも、少し時間がたった後にその紙が回ってくる。


 紙には『三学年ダンスパーティーのお知らせ』と書かれていた。


「それじゃ、毎年恒例の最上級学年のダンスパーティーのお知らせや諸注意をしていくわよ」

 マグノリア先生がそう宣言すると、教室内の学生たちは声こそ立てないものの、明らかにふわっと華やぐ雰囲気になる。


「まず、出席するしないは完全に自由よ。皆は年末の忙しい時期、それも冬休み中ですものね」

 クロエはその声を聞きながら、紙に書かれている文字を読む。確かに、出席しなくとも構わない旨が書かれている。

 ではあるが――


「とはいえ、このダンスパーティーはこれから進路を決めなくてはいけない皆さんの役に立つと思いますし、何より…………楽しんでほしいですしね」

 くすくすと軽い笑い声があがる。

 だが、マグノリア先生が行っているのは決して笑い事に出来るような言葉ではないのだ。

 このダンスパーティーには、自分たちの進路決定に影響を与える人々もやってくる、という意味なのだから。


 この学園の卒業生である父に聞いたことがあるが、最上級学年のダンスパーティーには、各国の大使や国際魔女連盟のお偉方、どこぞの王族や上級貴族も顔を出すのだという。

 授業でないとは言え、手は抜けないということだ。


「というわけで、学園側としてはなるべく出席してほしいですね。とはいえ、ダンスパーティーなので、一緒に踊るお相手が必要になりますけれど」


 先生がそう言うと、教室内の学生たちは「どうする?」と、相談し合うかのようにちらちらと他のものに視線を投げかけた。


「それでは、ダンスパーティー当日の注意すべき点を述べていきますね……」

 マグノリア先生が読み上げる紙の内容は、この教室の何人がちゃんと聞いているだろうか。

 おそらく皆の頭の中は『誰と踊るか』というその一点で占められているのだろう。

 ――クロエも、その一人だった。




「まぁ、あるってわかってましたしね」

「楽しみだねぇー」

 授業終わりの短い休み時間、クロエの机にはレベッカとフェリシィがやってきていた。話題はもちろん、ダンスパーティーのこと。


「ま、私はパートナーでもあるリオルドと踊ることになるんでしょうね、あれでいて、彼は貴族なのでダンスぐらいはできるはずですし。えぇ、イギリスの貴族といえども、ダンスの一曲二曲は踊れるはずです」

 レベッカが、愚痴っぽくそんなことを言う。だが、わずかに誇らしげにしているのは隠せない。本人に言えばすごい勢いで否定するのだろうが。

「踊る相手が決まっているのはいいねぇー。こっちはアウレリアを着飾らせるのが一番の楽しみかなー」

「学園の性質上、男子が少ないですしね。クロエはソウジロウと踊るんでしょう?」

「おー、お熱いね―」


 クロエは、三回ほどゆっくりとまばたきをした。


「……そっか、ソウジロウと踊れるんだ」

「彼も確か、お国では貴族身分でしたよね」

「とはいえ、どっちかというとソウジロウはドレスのほうが似合いそうだけどねぇ」


 レベッカとフェリシィの言葉もほとんど耳に入らない。そうだ。ソウジロウと踊れるのだ。ダンスパーティーとは素晴らしい! そうだ、ダンスの申込みに行かなくてはいけない!


「ち、ちょっと仕立て科の教室に行ってくる……!」

 本気で今から行くのか? 授業が始まってしまう。という二人の言葉を無視して、クロエは席をたった。


 学園の廊下は走ってはいけないので、出来る限りの早歩き。

 角を一つ曲がって――


「クロエ!」

「ソウジロウ?!」


 廊下の向こうに、男子制服に身を包んだ細身の東洋人――ソウジロウの姿があった。

「よかった、ソウジロウ。あのね――」

「クロエ、その――」

 二人は視線をあわせ、呼吸をあわせて次の言葉を紡いだ。


「「ダンスパーティー、一緒に踊ってほしい!!」」


 廊下に居合わせた他の学生たちが、何事かをこちらを見ている。


 言うべきことを言った二人はその視線に構わず、くすくすと笑った。同じことを二人で考えていた。そのことがおかしくて嬉しくて愛おしくてしかたがなかったのだ。







 数日後のある夜、クロエは自宅でダンスパーティーで身に着けるものを一通り揃えて点検していた。


 今回はいつもの魔呪盛装マギックドレスのような時代がかったドレスではなく、あくまで現在流行しているような軽やかなドレスだ。


 優しく薄い緑色がベースの布で、裾などにピンクページュの布が使われている。どちらかというと、可愛くて柔らかい印象。

 直線的なドレスなので、コルセットは必要ないのが嬉しい。クロエはあまりぎゅうぎゅうにウエストを詰められるのが好きではないのだ。

 靴は、この間の誕生日で父母から贈られたピンクページュの靴。あまりかかとは高くないのだが、ダンスをするならこのぐらいが動きやすいだろう。

 アクセサリーも、お小遣いの中からいろいろ揃えてみた。

 ……ソウジロウとはじめて一緒に出かけた――デートをしたときに購入した、あの緑の硝子がついたブローチも、ある。

 これは普段は大切にしまいこんであるものだが、こういうときにこそ活躍させるべきだろう。



 それらを眺め、クロエは満足のため息をついた。

 ダンスパーティーの夜までまだまだあるのに、今から楽しみで仕方がない。



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