男の子・女の子
来る学園祭に向けて、学園中が忙しくなるこの時期。
蒼司郎の所属する西洋文学部も、ブックカフェの準備に追われていた。
今日、蒼司郎達が行っているのはそのブックカフェの店員制服――つまりメイド服のお直し作業。
基本的には去年のものを使いまわしているのだが、一年経てば同じものでもあちこち傷んだりしているので、それを繕ったり、あるいは着用者があちこち大きくなっていたりするのでサイズを直したりする。
他には、着用者に合わせてデザインをちょこちょこいじる。と言っても、仕立て科学生のこだわりで、大体は大きく直すことになる。
「……うぅ……」
「そろそろ諦めろ、ツイル」
「そう言われても……」
「あと、小刻みにふるふるするのをそろそろやめろ、胸周りの採寸がしずらい」
「そ、そう言われてもーー!!」
ツイルは胸や腰に巻き尺が巻かれているのが恥ずかしいのかなんなのか、さっきから震えている。おかげできちんとした採寸ができない。採寸といっても、衣服越しなのでそう恥ずかしがらなくともいいと思うのだが。
「は、恥ずかしいのもありますけど……なんでソウジロウ先輩、メイドさんの服なんですか。しかもなんでメイクまでして、髪もばっちりなんですか……!」
ツイルの言う通り、今の蒼司郎はメイド服姿なのだった。
去年からあまり体格が変わっていなかったので、メイド服のお直しは最小限。ただ、今年は胸部分のフリルを取って、ギャザーでふんわり膨らませるだけにしてある。この方が少しだけ大人っぽい。
「そりゃあ、俺の方も衣装合わせだしな」
「……うぅ……ソウジロウ先輩みたく似合う気がしない」
褒められているのか、けなされているのか。とりあえず前者だと思うことにした。
「ソウジロウ君。ツイル君の採寸終わった……かな?」
同じく、去年のメイド服を纏ったアウレリアが何着かのメイド服を手に近づいてくる。
「まぁだいたいは」
「えぇと……ざっくりとだけど……ツイル君のサイズに合いそうなのをいくつか持ってきたの……。こっちはちょっと大人しい感じ、というか地味かもしれないから、これなんかに手を入れるのがいいんじゃないかと……」
普段は本が山積みになっている机の上にメイド服を広げ、どれが後輩に似合うか考える。
「ツイル、お前はどれがいい」
「……あの、できるだけ地味で、スカート丈がなるべく長いのにしてください」
「ツイル君……それはだめ。せっかくなら全力で可愛くなるの。学園祭はお祭りなんだから、全力で可愛くなって、全力で楽しむ……って、その、私の友達なら言うと思うの……」
アウレリアが自分の意見を言ったと思ったが、言葉の最後の方で照れてしまったのか、勢いが減速してしまう。
「まぁ、そういうことだな。自分たちが学園祭を全力で楽しむためにも、ツイルに学園祭を全力で楽しんでもらうためにも、俺達はツイルを可愛くするぞ」
その後、恥ずかしがるツイルをどうにかこうにかメイド服に着替えさせた。
ふりふりのメイド服を着たツイルは、可愛らしい。
エプロンを着けないシンプルな黒ワンピースの状態だと、まるでどこかのお嬢さんといった風情でもあった。
「に、似合い、ますか?」
「あぁ、俺は似合っていると思うぞ」
「そう……ですか……」
かなりサイズが小さいメイド服のようで、小柄なツイルが着用してもかなり裾が短く、きゅっとした足首が完全に見えるのだが、それがまたいい。裾にレースを使うなどの小細工は不要と見えた。
「似合うって言ってくれたの、ちょっとだけ嬉しいです……その、ボクは、本当は、女の子……なので」
蒼司郎にだけ聞こえる小さな声で、ツイルはその事実を告白し始める。
「そうか。まぁそうだろうとは思っていたが」
あえてそっけなく返事をする。
「理由、聞いたりしないんですか?」
「ツイルが言いたいのなら、聞くぞ」
少しだけ視線をさまよわせてためらった様子を見せてから、彼女はぽつぽつと語り始めた。
「ボク、王族様方の服作りを任されている一族の出身でして。……その、本当は男子の制服じゃなくて、女子の制服で学園に通うはずだったんです。でも……入学直前ぐらいに、ボクの国で軍によるクーデターが発覚して……」
「そりゃ……一大事じゃないか」
「えぇ、一大事でした。幸い実行前に抑えることができたそうですが。それで、あの、うちは王族派なので……もしかしたらボクにも危険があるかもということで、目くらましに男装をしてたんです。うちの一族で
王族の
「なぁツイル」
ふわりとツイルにエプロンを着せながら、蒼司郎は呟いた。
「そういう事情があるんだったら、お前は裏方に回るか?」
「……いえ、その」
なぜか彼女は、返事をためらった。あんなにメイド服を恥ずかしがっていたし、身の危険があるかもしれないのなら、二つ返事で裏方へ行くと思っていたのだが。
「……ボク、ソウジロウ先輩と一緒に、ブックカフェのメイドさんしたいです」
きゅっ、とツイルのエプロンの腰リボンを結び、ソウジロウは彼女の両肩を優しく掴んだ。
「そ、ソウジロウ先輩っ?!」
「……ありがとう、ツイル。でも危険なことがあれば、すぐに言うようにな」
そう言って、彼女の肩から手を離す。……とても華奢で、薄い肩だった。
「はい、もちろんです!」
と、その時、部室の扉がノックされた。
お使いに出ていたアウレリアだろうか、と思いながら「どうぞ」と声をかける。
扉を開けて入ってきたのは、すっかり見慣れた鮮やかな緑の髪。
「ソウジロウ達がメイド服着てるって聞いて」
クロエ・ノイライがにこにこと笑いながら、小さく手を振ってみせた。
「ソウジロウとツイル、二人ともやっぱり可愛い!」
きゃあ、と華やかな悲鳴をあげながら、クロエは二人を眺めながら可愛い可愛いと連呼している。
「そりゃどうも」
「……ど、どうも」
蒼司郎としてはある程度慣れているが、ツイルは落ち着かなくびくびくと体を震わせて、エプロンの端を掴んでいた。
「本当よ、私が男だったらきっとほっとかないと思うの」
「お前な」
「クロエちゃんが男の子だったら、きっと格好いいよね」
いつの間にか戻ってきていたアウレリアが、さらりと馬鹿っぽい発言をする。
しかしクロエが男……背も高いし、容姿は優れているだろうし、成績もかなりいいし、面倒見もいいと来ていれば、たしかにかなりの好男子といえるかもしれない。
「それで、女の子なソウジロウ君とならんだら、とってもお似合いじゃないかな」
「「なんでそうなる!!」
アウレリアがこんな馬鹿な発言をしたのも、今が春だからなのだろう、きっと。
春はぽかぽか陽気で、人の頭のネジをゆるませてしまうのだ。
そう、きっとそうに違いない。
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