春の祭り・花見・芽生え

杏の花姫



 悲願花ひがんばな祭の準備が着々と進むある春の日の放課後。


「ねぇ、ソウジロウ。今度の学園祭の『タッグバトル』のことなんだけど……」

 クロエは相棒パートナーに、おずおずとそう切り出した。


『タッグバトル』それは、今度の学園祭での二学年の魔女科の出し物のことだ。名前通り、魔女が二人で組になり、トーナメント形式で戦うことになっている。


「あぁ、それがどうかしたのか?」

「実はね……ダーシャ達が、一緒に組もうって誘ってくれたの。返事をすぐにしてほしいって言われたから、いいよって答えちゃったんだけど、大丈夫だった?」

 自分一人で決めてしまったことを気まずく思いながらそう申告すると、ソウジロウはあごに手を当てて少し考えてこう言ってくれた。

「いいと思うぞ。ダーシャとアンジェリカのところなら。何しろ向こうは席次二位。実力は保証済みなんだし、あとは実際に戦うことになるクロエが、ダーシャとの相性は問題ないとおもったから、いいと答えたんだろう?」

 こくこくと、クロエはうなづく。


「それなら、俺も俺が出来ることを全力でやるだけだしな。タッグバトルはこのドレスで行くぞ」

 そう言って、彼は作業の手を止め、トルソーを眺めた。


 ドレスの銘は“杏の花姫”という。

 名前通り、落ち着いたあんず色を主に使っていて、どちらかというと愛らしい雰囲気がある。

 かたちは、十九世紀前半に流行したロマンチック・スタイルになる。肩とデコルテを大きく開けて見せ、なおかつきゅっと絞ったウエストと大きく広がるスカートでもって華奢な印象を与えるのだ。

 このドレスは胸元や袖、裾に薄いピンクと若草色の布花が飾られている。これが杏の花、らしい。

 スカート部分は前で分かれるようになっていて、そこからのぞいている生成り色の下スカートにはほとんど同じ色での花模様の刺繍と、裾にリボンの飾りがある。


 どちらかというと、背が高くしっかりした体型のクロエには、こんなに愛らしいドレスでは似合わないのではないか、という危惧があるが――パートナーであるソウジロウが合うと思って仕立ててくれたのだから……信じるしかない。


 合わせる小物は、今回は若草色の長手袋。

 チョーカーなどはなかった。クロエが見たところ、少し胸元が寂しいのではと思ったが、これでいいらしい。

 ソウジロウいわく、白く魅力的な首や胸元があれば、それを隠してしまうようなアクセサリーは不要なのだそうだ。

 なんだか、彼はクロエの容姿のことをクロエ以上に知っている気がする。仕立て師というのはすごい技を持った存在なのだと、改めて思う。



 と、その時だ。かちゃりと教室の扉が開いた。

「クロエとソウジロウだわ。ごきげんよう」

「あら二人とも、まだ帰ってなかったのね」


 入ってきたのは、ダーシャ・ラルとアンジェリナ・マクフィーの席次第二位ペア。今度のダッグバトルのことを話していたところなので、丁度いいタイミングだった。


「ダーシャ、アンジェリナ。忘れ物でもしたの?」

「違うわ、学園祭でのタッグバトルでダーシャが着るドレスのコーディネートをしたいから、トルソーを使いたかったのよ」

 アンジェリナが首を振ってそう応える。きっちりとポニーテールにまとめられた綺麗な金髪が、首の動きに合わせて揺れるのが綺麗だ。


 ダーシャは大きな黒い瞳にきらきらと好奇心の光を浮かべて、“杏の花姫”のドレスを上から下までじっくりと眺めている。

「これ、タッグバトル用のドレスかしら?」

「あぁ、そうだが」

「ドレスの魔法系統は火精で、この手袋は魔器召喚なのね。クロエの使える魔法系統はたしかそれに加えて風精と肉体強化だったから――うん、ダーシャはサポート役に回った方がいいわね。今回アンジェリナに作ってもらったドレスとの相性はバッチリだわ」

 ダーシャはそう言い切ると、うんうんと一人で納得している。

 インド出身いうこともあり、どちらかというと神秘的なイメージを持たれている彼女だが、天真爛漫でとてもよく笑う可愛い女の子だ。そして……頭がいい。


「ふぅん……まぁまぁじゃないかしら」

 いつの間にか、アンジェリナがクロエの隣に来て、腕組みをしながらドレスを眺めていた。

「ソウジロウー、アンジェリナは意地はって「いいドレスね」って言えないだけだから、気にしないであげてちょうだいね」

 ダーシャがにこにこしながら、パートナーのツンとした態度のことをフォローする。

 実際その通りだったようで、アンジェリナは赤くなりながらぷいっと横を向いてしまった。

「ま、まぁまぁだと言ったら、まぁまぁなのよ!」

 ソウジロウも彼女の性格は知っているようで、軽く苦笑いしている。


「ごめんね、アンジェリナったら、気に入っている人にほど素直になれないややこしいところがあるのよ。クロエやソウジロウのこと、いつも見てるけど話しかけられないでいるしね」

「だ……ダーシャっ! 余計なこと言わないで!」


 顔をりんごよりも真っ赤にして、ダーシャとのおいかけっこをはじめるアンジェリナ。

「魔女科で鍛えられてるダーシャを捕まえられるわけないじゃないー?」

「この……待ちなさいよっ!」


 結局、アンジェリナが疲れ切るまでそのおいかけっこは続いたのだった。



 今年も春は訪れた。

 年に一度の賑やかなお祭り――学園祭の時期も、もうすぐだ。




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