一日目・ホワイトリリーの占い師



 アルストロメリア学園の悲願花ひがんばな祭は、二日間行うのが毎年の恒例だ。


 初日の天候は少し風があり、朝の段階では少し曇っていたが、時間とともに太陽が顔を出してきた。出かけるには悪くないだろう。



 クロエは占術部に割り当てられたスペースの奥で着替えをしているところだった。

 今年も出し物は占いの店。名前も『水晶のきらめき』と去年と同じ。なんだかんだで好評なので今更変えにくいのだという。


「あとは……この帽子かな」

 しかし、去年と同じではないところもある。

 その一つが、クロエの衣装だった。



 バランスを取りながら長い帽子をかぶり、サイドの髪だけを綺麗に外に出す。

 大きな鏡に全身を移せば、そこにはまるでおとぎ話や童話に出てくるような古風な魔女が立っている。


 十五世紀、中世のヨーロッパで流行したような、髪を隠すための円錐形の長い帽子には、白い薄布のヴェールが下っていた。

 ドレスは白地に濃い緑で幾何学模様の刺繍がある。高い位置のウエストに綺麗な装飾のあるベルトを巻き、そこからゆったりとスカートが流れる。クリノリンも使わないしペチコートを何枚もはいているわけではないので、あくまでも自然な広がり。

 すんなりとしたシルエットは、谷間に一輪咲く白い百合のようでもある。


 クロエはそんな自分の姿を見て、幼い頃におとぎ話で読んだ善き魔女を思い出した。

 おとぎ話には、善良な魔女もいれば、悪辣な魔女もいる。そのどちらでもない魔女だってもちろんいる。

 それはなにもおとぎ話に限ったことではない。

 クロエは魔女になりたかった。幼い頃から。お父さんがいつも作っているような綺麗なドレスを着て、美しい声で詠唱を紡ぎ、希望の魔法を使えるような魔女になりたかった。


 鏡の中の自分に手をあてて、ちょっとだけ微笑む。鏡の中の自分も、頬に触れられてくすぐったそうに微笑んだ。




「クロエ、着替え終わったー?」

 ぴょこん、とフェリシィがスペースを区切る布から顔を出した。

 彼女の衣装は去年と同じものをサイズ直しして着用している。

「うん、ばっちりだよ」

 そう言って、振り返ってみせる。

「おー……。似合うねクロエ。ううん、去年のも似合っていたけどさー」

「あの、あまり去年のことは言わないで……」

「うんうん、わかってるよぅ」


「皆さん、そろそろ開店時間ですから持ち場についてくださーい!」

 向こうから、先輩の声が響く。

「はーい!」

「はいはいっと、じゃあクロエ。お互いがんばろうね!」

「うん!」

 フェリシィが手をふりふり自分の持ち場へ向かう。クロエもそれを見届けつつ、自分に割り当てられた占い用スペースに座った。


 ……縦に長いこの帽子は、狭いところではかなり邪魔だということが判明した。

 別にクロエの身長が高すぎるせいではない、だろう。



 タロットカードを確認しながら、お客が来るのを待つ。

 カードは愚者、魔術師から始まって、大アルカナすべて欠けることなく揃っている。問題なし。


「クロエさん、こちらの方がご指名でした」

「はー……い?」


 案内係の先輩に連れられてやってきたのは、見慣れた美しい姿。

「せっかくだし、混み合う前にと思ってな」

「ソウジロウ……」

 いつもの男子制服姿のソウジロウが、客用の椅子に洗練された動きで座りながらそう言った。

「それに俺、クロエに占ってもらったことがないしな」

「あれ、なかったっけ……そういえばないね」

「そう。だからこの機会にと思って、な」

「なるほど……こほん。では、お客様。今日は何を占いましょうか」

 クロエは対お客様用の声を作りながら、改めてそう尋ねる。


「そうだな。自分の進む道のことを占ってほしい」

「では……『三枚のカード』でお客様の過去と現在、そしてほんの少し未来のことを見てみましょう」


 タロットカードを机の上に広げ、よくシャッフルをする、それからカードを手際よくまとめて、すばやく数回カットしてみせる。

 ソウジロウはその様子を目を丸くしながら見ていた。カード占いを間近で見るのははじめてなのかもしれない。

 クロエは、カードの山を置いて上から三枚をテーブルに伏せた。


「このカードはこちらから順番に、あなたの過去、現在、そして近い未来を示しています」

 緊張の面持ちで、ソウジロウがカードを眺めている。

「では、一枚ずつ見ていきましょう」


「一枚目は……女帝の逆位置、ですか」

 ゆったりと椅子に腰掛ける、冠を戴いた女性が描かれたカード……の逆位置。

 女帝のカードは、正位置なら豊かな恵みを十分に享受していることを示すのだが、逆位置になるとその恵みが飽和して良くない状況となっていることを示すのだ。

 ソウジロウにそのことを解説すると、彼は苦い表情となった。心当たりがあるということなのだろう。


「では二枚目を見ていきましょう……これは現在を示すカードですね」

 現れたのは、流れる水、狼と犬、そして満月が大きく描かれたカード。月のカードの正位置だ。

 思わずクロエは軽く首を振った。

 月のカードはモヤモヤを抱えていたり、心配事を抱えている状態だったり、いろんな意味で瞳がくもっていることを示すのだ。

 なるべく遠回しな言い方でそのことを伝えると、彼は少しの間だけ視線を彷徨わせた。やはり心当たりがあるのだろう。

 これは、あとでソウジロウの心配事なりモヤモヤなりを聞き出したほうがいいかもしれない。


「では、未来のカードを見ましょう」

 三枚目のカードを表に返す。

 ……現れたのは、御使いに祝福されている男女のカード……の逆。恋人のカードの逆位置だ。

「このカードは……?」

 言葉に詰まるクロエに、不安そうな表情でソウジロウが問う。

「えーと……ね……このカードは恋人って言って、今がよければ、今が楽しければそれでいいって状況を示しているんだけど……あと他には、誘惑したり誘惑されたりする」

「……誘惑したり、誘惑されたり?」

 思わず、なのだろう。ソウジロウはクロエの言葉をオウム返しにした。


 クロエは、彼の両頬を自分の両手のひらで挟むようにして掴んだ。

「ソウジロウ、私の相棒パートナー。誰かに誘惑されないようにね。誰か男の人に告白されても、ちゃんと断るんだよ!」


 彼は、その美しい顔を歪めながら、いかにも嫌そうに呟いた。

「されてたまるか、馬鹿」



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