白い雪と白い猫




 十二月に入り、とうとう雪も降る時期となってしまった。



 二人は放課後に降り続ける雪が止むのを待つために、居残り勉強と称して次のドレスのコーディネートを考えている最中だ。


 ふとクロエが窓から外を見ると、大粒……というより一口大の綿菓子のような雪が空を埋め尽くして降り続いている。



 ……あの白猫は今年も大丈夫だろうか。

 仔猫たちがいなくて、寒くて震えてないだろうか。

 どうか、ユミス学園長のところにでも潜り込んで、暖炉と毛布と温かい食べ物でぬくぬくしていてくれますように。


 雪は白くて綺麗なのに、無慈悲で残酷な寒さを常に連れてくる存在。

 それに、雪かきは大変だし、積もった雪の処分も大変だ。

 海沿いでは雪を海に捨てるらしいが、街中や山手側だとそうもいかない。

 雪に頭を悩ませてこそ、真のアトランティスっ子。なんて言葉もある。雪かきが不要な下宿生や貸間住まいは、まだまだアトランティスの住人としては受け入れられないという意味だ。



「クロエ。この中だとどの色がいいだろうか」

 振り返ると、ソウジロウが作業机の上に布見本をいくつか並べていた。

 清楚な真っ白。生成り色。淡い緑。薄い青。愛らしいピンク。明るいあんずの色。くすんだ薄紫。


「単純に自分で好きなのでいくと、白とかこの緑や青になるね」

「ふむ」

「でもせっかく作るなら、ちょっと冒険してこっちのピンクとかあんず色もいいんじゃないかと思うの」

「今までは寒色を使うこと多くて、暖色のドレスや小物はあまり作ってこなかったしな」

「でも……うぅん、やっぱり私あまりピンクは好きじゃないからなぁ。できれば差し色ぐらいがいいかな」

「ピンク、好きじゃないのか」

 ソウジロウの不思議そうな言葉に、クロエは自分の緑おさげをつまんでため息をつく。

「だってねぇ、ピンクといえば小さくて華奢で色白で、髪は黒とか、薄く儚い金色とかの、可愛いお嬢さんが着るものなんだもん。私はこの通り緑の髪だし、昔からあちこち大きかったし」

「……そういうものなのか?」

「ソウジロウは似合いそうだよね、ピンク」

「……まぁ、うちの母なんかは、確かによくピンクのドレスや着物を買い求めていたな……だから女性は皆ピンクが好きなものだと思っていた」

「ソウジロウのお母さんかぁ……」

 彼の母親なら、きっと華奢でぬばたまのような黒髪に黒い瞳、それになめらかな肌をしているのだろう。それなら確かに、年齢を重ねてもピンクを着ていても納得ができる気がした。


「こういう明るいピンク色じゃなくて、もう少し大人びた、くすんだピンクならクロエにも似合うと思うんだが……ううむ、今度繊維街をのぞいてくるか……」

 布見本をしまいながら、ソウジロウは外を見た。

「雪……なかなかやまないな」

「そうだね、もう少し勢いが弱まるまで時間潰していこうか」

「だな」



「次のドレスのデザインは、もう決まったの?」

「迷っている。色が決まらないというのもあるし……今回の課題がな」

 くしゃりと、ソウジロウは前髪を自分の手でかきあげた。

「既存のアイテムにできるだけ合わせたドレスと小物作り、って課題だよね」

「そうだ。簡単にできると思っていたが……考えれば考えるほど、難しくてな。とりあえず今ある魔呪盛装マギックドレスのリストを作ってたんだ」

「お、見せて見せてー」





 まだ新しい雪の道を踏みしめると、さくっ、きゅっ、と小気味いい音がする。

 さすがにわざと新しい雪の上を歩きに行くほど子供ではないが、なかなかに楽しい。


 ようやく雪が降り止んだ並木道を、二人で並んで歩く。

 そういえば、とソウジロウが独り言のように呟いた。


「あの白猫、最近は仔猫を連れてないみたいだな」

「う、うん……」

 クロエはほんのちょっとだけ迷ったが、彼に『そのこと』を教えることにした。

「学園長が、あの仔猫たちは里親が見つかって引き取られたって言ってた」

「学園、長……?」

 ソウジロウはなぜか立ち止まり、その言葉を呟いていた。

「ユミス学園長が、あの白猫の飼い主だったのか?」

「な、なんかよくわかんないんだけど、その、飼い主ではないって言ってた……でも仔猫の里親を探したりしてたりはしてたし……白猫が望んだときだけ、協力するんだって言ってた……」

 どうして、ソウジロウが学園長のことを気にしているのだろう。

 どちらかというとミステリアスな彼が、ぶつぶつと何かを呟いて、百面相している。これにはさすがのクロエだって、何かあるとは思う。

 やがて、ソウジロウはしばらく無言で考え込んで、そしてクロエに尋ねた。



「なぁ、ユミス・ラトラスタ・アトランティスって……一体どんな人なんだ?」


 それは、あまりにも間抜けな問いかけ。



「ソウジロウ、学園長のことまさか知らないでこの学園にいるの?」

「いや……知ってはいる、のだが……もしかして、アトランティスに住んでいるクロエなら、もう少し詳しいんじゃないかと思って、な。たとえば、在学中のこととか」

 彼は、焦ったように早口でそう言い切る。

 なんだか少しあやしいが、その言葉に嘘があるようにも思えない。


「在学中のユミス学園長はね、アトランティス諸島が開拓されて以来の天才だったらしいわ。というより、入学前からもうかなり名前が知れていたみたいね」

「天才……か」

「当時からもう将来を期待されて、でもって見事に最年少で国際魔女連盟の長になったお人だもん。雲の上の存在とはわかってても、憧れちゃうよねぇ」

 そこでクロエは、はぁ……と羨望のため息をついた。

 アトランティス本島でも特に有名な魔女を輩出してきた家に生まれ、幼少時から天才と言われ、学園においても三年間席次は一位。

 あまりにも完全で完璧な至高の魔女、それがユミスだ。

「……パートナーは」

「え」

「ユミス・ラトラスタのパートナーの仕立て師はどんな人だったんだ?」


 ソウジロウはまっすぐにクロエを見て、そう問いかける。


「え、えっと……」

 その真剣な黒い瞳に気圧されつつ、クロエは思い出そうとするのだが……正直なところ、ユミス学園長の学生時代のパートナーが男なのか女なのか、まずそれすらもわからない。

「……留学生だったとは聞いてる。卒業後は島をすぐに出た……って新聞か何かで昔読んだ記憶がある、けど……」

 たどたどしく紡ぎ出した言葉に、ソウジロウは「そうか」とだけ呟いた。


 ユミス・ラトラスタ・アトランティス。

 なぜソウジロウが、かの大魔女のことをこんなにも気にしているのだろうか。

 もしかしたら、彼もまたユミスのあの姿をみたのかもしれない。

 ――白猫を抱き上げて無邪気に微笑む、あの美しい女性の姿を。



「……すっかり遅くなったな。家まで送っていく」

 ソウジロウが、星が輝きはじめた空を見上げた。

「うちは賑やかなところにあるから、大丈夫だってば」

「そういうところが危ないんだよ」


 さっきまでのやりとりなんてなかったかのように、二人は並んで歩く。


 ……クロエは、今度ユミス学園長のことを調べてみようと思案していた。


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