お祝いと視線
クロエは家族との夕食後、駆け足で二階の自室へと向かった。
壁にとりつけた照明用魔器を操作して、明かりをともす。
照らし出されたのは、小さいけれどよく整えられた部屋だ。
壁紙は白に近い薄いグレーで、若葉と小さな白い花の模様が描かれているもの。
いかにもふんわりとした一人用ベッドには、母が作った色鮮やかなパッチワークのカバーがかかっている。
ベッドサイドの小さなテーブルに、額に入った家族写真と、読みかけの雑誌。
白く塗られた本棚には学園で使っているテキストやノートが行儀良く並んでいる。
同じく、白く塗られた勉強机と椅子の上は、ペン立てと小さな照明魔器、それに家族の写真。
そして部屋の隅には、小型トランクぐらいの大きさの魔器。暖を取るための品だ。
「寒いなぁ……明日には凍結してるかもね」
ぼやきながらも魔器を操作すると、ほどなくして温かい空気がぶわりと流れる。
クロエは少しの間、その風に手をかざしていた。このぬくもりにはあらがえない。
「さて、と」
手を温めるのに満足すると、今度は勉強机の引き出しを開けた。
中には手のひらに載るぐらいの、小さくて薄い箱。それにラッピング用にと買い求めた綺麗な水色の包装紙と、父からもらった紺色の生地に白で刺繍がある細いリボン。
「うまくラッピングできるといいんだけど」
クロエは椅子に腰掛けて、包装紙をがさがさする。
小さい箱なので、そう苦戦はしないとは思うが、何せこっちは素人なのだ。
「……最悪、箱にリボンだけでも付けてればそれらしくなるよね」
気合いをいれて、包装紙と向かい合うクロエ・ノイライ。
明日の朝は早い。なるべく早く終わらせなくてはいけないのだった。
十一月二十九日、早朝。
冬の太陽はとにかくねぼすけだ。
まだ薄明かりの中で、昨日ラッピングした『それ』がポケットに入っていることを手で確認する。大丈夫、ある。
クロエ・ノイライは霜でときどきぱきぱきする石畳の道を、学校側ではなく、山手側に向かって歩いていた。
目的地には、春に一度訪れたことがあるし、それにわかりやすい場所にあるので迷うことはないだろう。
冷たい空気。吐く息は白くかすんで、やがて風にとけていく。
背が伸びたので、新しく作ってもらったベージュの通学用コートと、それに合わせたピンクのマフラーと、濃いベージュの手袋が、この寒さの中でも心強い存在だ。
それになにより、これから楽しいことがあるから、気持ちが温かくいられる。
「ふふっ」
彼はどんな顔をするだろうか、そう考えながらクロエは山手の道をどんどん進んでいくのだった。
やがて、目的の場所にたどり着いた。
ソウジロウの下宿である、その建物の前に。
それにしても……相変わらず下宿代が高そうな、大きくて立派な家だ。
「さて……」
クロエの計画としては、ソウジロウが出てくるまで待つつもりだった。
だが、この寒さは予想外で予定外。
正直言って、このまま外では待ちたくない気持ちが強い。
ほんの少しだけ迷って、ソウジロウの下宿であるその家の呼び鈴を鳴らす。
いくらかして、出てきたのは女中らしき中年の女性だった。
「お嬢さん、何かこちらにご用です?」
「あの、ここに下宿している学生……ソウジロウ・ヒノという人に用があって」
「あぁ。はいはい、あの学生さんですね。今呼んできますよ。……あの学生さん女の子みたいな顔だけど、隅におけないねぇ……」
女中の言葉の後半は小声だったが、しっかり聞こえていた。
玄関の外で待っていると、突然ドアが勢いよく開け放たれた。
「きゃっ!」
「クロエ……! っと、すまん」
「う、ううん。急に開いたからびっくりしただけ……」
ドアを開けたのはソウジロウだった。彼は急いで来たのか、ネクタイの結び目が少しばかりゆがんでいた。
「それより、何か用があるって……」
ソウジロウは自分でその言葉を言ってから、考えるように何度か瞬きをして……「あ」と呟いた。どうやら今年は、ちゃんと自分でこの日が何の日かわかったらしい。
「そうなの!」
クロエは、ポケットの中の小さな箱を差し出した。
「誕生日おめでとう、ソウジロウ!!」
「ありがとう」
ソウジロウは小さな箱を、両手でいかにも大事そうに受け取ってくれた。
「今年は、中身が見えないな」
「そりゃそうよ、昨日私が自分でラッピングしたんだもの」
「自分でやったのか、これ」
「そ、だから変なところに折り目ついてたりするけどね」
ちょっと恥ずかしいので、ソウジロウから目をそらして何気ないことのように言う。
「……本当に、ありがとう。中身は何だ?」
「開ければいいのに」
「なんか、もったいないんだよ。開けるの」
開けない方がもっともったいないと思うのだが、ソウジロウはラッピングがもったいないから、なんて言うのだ。
「中身は……金属製のしおりのセットだよ。綺麗な模様の」
「なるほど、いいものをもらった」
彼は両手で小箱を握りしめて、ほぅっと息を吐く。その表情は妙に色っぽい気がする。
「ねぇソウジロウ。朝食とか済んでるんだったら、このまま一緒に登校しましょ」
「あぁ。今コートとかばんを持ってくるから、待っててくれ」
「うん!」
ぱたん、と玄関のドアが閉まったちょうどその時――クロエは誰かの視線を感じた。
思わず、周囲を見回す。
だが、それらしい人物はどこにもいない。
「……なんだろう」
視線の主は、もうどこかに行ってしまったらしい。
不思議に思いながらも、クロエはソウジロウが戻ってくるのを待った。
それにしても、あの視線にこもっていた感情は――あきらかに、嫉妬だった。
なぜ、クロエがそんな目で見られることになったのだろうか……?
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