冬の粉雪・ケーキ・切ない思い出
ティーサロン・虹の架け橋
「皆とここでお茶も久しぶりだよね」
「そうだな」
それは、冬の風も穏やかな休日のこと。
クロエはソウジロウと一緒に、ティーサロン『虹の架け橋』の近くまで来ていた。
今日は久しぶりに、ソウジロウや友人達とのお茶会なのだった。
こつこつと靴のかかとを鳴らしながら、石畳の道を歩く。
クリスマスまであと一ヶ月ほどということで、街ではそのための飾りやお菓子がさっそく売り出されていて、華やいだ雰囲気だ。
目的地であるティーサロン『虹の架け橋』の窓にも、クリスマス用のブッシュ・ド・ノエルの予約を承っております。という張り紙がある。
「そういえば、ソウジロウはクリスマスはどうするの?」
「去年と同じだ。下宿で過ごすさ」
彼はそっけなく応えた。なんでもスメラミクニではあまりクリスマスに何かをする、ということもないという。
「下宿って、クリスマスのごちそうとかケーキは出るんだっけか」
「場所によるだろうが、俺のところはあるな。毎年、マダムがはりきってメニューを考えるようだ」
そんな会話を交わしながら入店して、店員に待ち合わせをしている旨を伝える。
店内は、いつもながら落ち着いた雰囲気と空気だ。
落ち着いた薄い青とクリーム色の壁紙。ところどころにはめ込まれた、色鮮やかなステンドグラスの小窓。あたたかな炎が燃える木製フレームの暖炉と、その上部にはめ込まれた大きな鏡。
それに、お茶とお菓子の甘い香り。
奥にあるテーブル席で、友人達は待っていた。
フェリシィにアウレリア。レベッカとリオルド。
「おそかったねぇー。買い物してたの?」
フェリシィがテーブルの下で足をぷらぷらさせながら、尋ねる。
「うん、装飾街で次のドレスのボタンとかそういうの見てたの」
装飾街、というのはアトランティス本島にある通りの通称だ。ドレスの装飾に必要なビーズやボタンなどを扱う店が集っている。売られているのは世界各地から集められた品物であり、あっちに熱帯の国の骨ボタンがあるかと思えば、こっちには寒冷な国で作られたクリスタルガラスのビーズがあったりするのだ。
「二人とも、メニューをどうぞ」
「ありがと」
「あぁ」
レベッカが店のメニューを渡してくれたので、早速開いてみてみる。
相変わらず、一ページ目には店の名物であるスペシャルマカロンタワーの文字と、ものすごい価格が書かれていた。毎回気になってはいるが、とても学生の資金力で手が出るような代物ではない。
「んーと、ココアもいいよね。本格的なココア美味しいし……」
「俺はダージリンのストレートだけにしておく」
さっきボタンを購入するために少しばかり予算を上回ってしまったソウジロウは、紅茶だけを注文するようだった。
「じゃあ私は……飲み物はスパイスオレンジティーっていうのにしてみよう」
メニューによると、クローブをさしたオレンジやジンジャーと一緒に鍋で煮出して淹れた紅茶、だそうだ。いかにも温まりそうなお茶。風が穏やかだったとはいえ、冬の戸外を歩いてきた今のクロエにぴったりだ。
「お菓子は……」
そして、クロエは少しの間だけ考え込む。
あえて冬に氷菓、アイスクリームやシャーベットというのも贅沢でいい。だが、せっかく体が温まるような紅茶を頼むので、お菓子もあまり冷えすぎないものがいい。
それなら、焼きたてで供されるスフレなどはどうだろうか……いや、ダメだ。一人ならいいが、お茶会でそれはだめだろう。スフレは焼きたてすぐに食べないと、あっという間にしぼんでしまう儚い菓子なのだ。
クロエが選んだのは、オレンジのシロップがしみこんだ素朴なケーキ。
これなら懐にも優しいのが嬉しい。月末ということもあり、クロエもそれなりにお小遣いが残り少ないのだ。
「お前達は冬休み中はどうするんだ?」
リオルドがいつも通りにイギリス式の紅茶――ロイヤルミルクティーのカップを手に、皆に尋ねる。
「私は下宿で過ごしますが、年末年始だけはアトランティス諸島に住む親戚の家に挨拶に行きますよ」
「レベッカ……こっちに親戚、いたんだね」
アウレリアがクレームブリュレの表面をぱりぱり割る手を止めて、意外そうに呟く。
最近の彼女はずいぶん華やいできた。ここのところは毎日のように髪型を変えている。なんでも、フェリシィと一緒に似合う髪型を研究中なのだとか。
「えぇ、といっても本島のほうではないのですけどね。アトランティスでも大規模なダンジョンがある島なので、休み中もいろいろ勉強できればと思っています」
レベッカは卒業後はダンジョンに潜る探索者を目指している、と聞いたことがある。勉強熱心な彼女のことだ、きっと目標のために休み中でも研鑽を怠らないのだろう。
「こっちはねぇー、家族と小旅行だよー!」
「えっと……私も、フェリシィちゃん一家と一緒させてもらえるんです」
「なんと、今話題の温泉リゾート地なんだ、今からもう楽しみだよー」
元気に答えるのは、フェリシィと、それにアウレリア。
クロエも一緒に行かないかと誘われていたのだが、勉強と家の都合を優先させて今回は断ったのだ。
「アウレリアのお肌を磨き上げてくるから、今から皆楽しみにしててねー!」
「ふむ、温泉……か」
「ソウジロウも温泉に興味あるの?」
「温泉というか……大きな湯船が、そろそろ恋しいんだ……」
ソウジロウの呟きの意味はよくわからなかったが、彼の説明するところによると、故郷のスメラミクニではお風呂はほとんど湯船だったので、シャワーだけというのがどうにも慣れないらしい。温かい水を豊富に使えるだけでも凄いのではと思うのだが、彼にしてみれば湯船に入らないとお風呂に入った気がしないのだとか。
「温泉……」
悲しそうな声音で、ソウジロウは呟き続けていた。
「で、ソウジロウはおいといて、クロエは年末年始はどうするんだ?」
「こっちは冬休みは勉強だね。年末年始ってなると、ぎりぎりでパーティ用のドレスを注文するお客様も多いから、忙しいし」
「どこにでもいるんだな……ぎりぎりで注文いれるマナーの悪い客」
呆れたように言うリオルドに、クロエは苦笑いを返す。
「仕方ないと思うけどね。こっちはそれで生活してるし
「なるほど、商売人はしたたかものだな」
そう言って、リオルドはロイヤルミルクティーを一口飲んだ。
こうして一緒にお茶会をする仲だが、なんだかんだでリオルドはイギリス貴族なのだな、と思う。悪い意味で言うわけではない。ただ『違う』のだがら仕方がない。
「そういえば、さっき皆さんが来る前に店員さんとお話をしてたんですけどね」
レベッカがことりとカップを置いて、そう前置きをした。
「ここ、一月にはガレット・デ・ロワが売り出されるみたいですよ。せっかくですし、やってみません?」
「え、ほんと?!」
「やりたいやりたーいっ!」
まず食いついたのは、クロエ。それにフェリシィだ。
アウレリアは首を傾げていたが、フェリシィが説明すると目を輝かせて頷いた。
リオルドもふむふむ、と頷いて「それは面白そうだな」と呟いている。
ソウジロウはというと、大きな瞳をぱちぱちさせて、きょとんとしている。
もしかして、ガレット・デ・ロワも彼の故郷にはないのだろうか。
知らないなら知らないで、当日のお楽しみというのも一興だ。
「ソウジロウも参加するよね!」
「え……あ、あぁ。皆がやるなら、まぁ、参加するが……」
明らかによくわかっていないまま、ソウジロウは返事をした。
「ふふ、一月をお楽しみにね、相棒!」
ガレット・デ・ロワ。それは王様のケーキ。
中にはひとつだけ、フェーヴと呼ばれる小さな陶器の人形が入れられ焼かれている。
切り分けられて配られたケーキの中に、その陶器人形が入っていれば、その人は一日仲間内で王様となる権利を持つのだ。
一月には王様のケーキで、お祭り。
今からすでに新年が楽しみなクロエだった。
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