ドレス保管室にて
アルストロメリア学園では、それぞれのペアには
ほんの何畳かの小さな部屋だが、三年分の
「よっ……と」
その小さな保管部屋に蒼司郎とクロエはいた。
クロエは小物を手になにやら考え込んでいる様子だ。
一方、蒼司郎は先日洗濯から戻ってきたダンジョン用のマギックドレスをトルソーに着せて、点検をしていた。
先日のダンジョン実習で裾がかなりすりきれてしまったので、これは直す必要があったのだ。
それをなるべくデザインそのままに直すか、それとも裾を短くしてレースやプリーツをつけてみるか、あるいは思い切って裾を短くするか、他にも選択肢はありそうだが、こんなところだろう。
「なぁクロエ」
「ん、なぁに?」
呼びかけると、彼女はすぐに振り返った。鮮やかな緑色のおさげ髪が揺れる。
「このドレスの裾を直そうと思うんだが……」
「が?」
「これはそのまま直すより、いわゆるところのリメイクをしてみるのもいいかと思ってな」
「なるほどね、いいと思うよ。今まであまりそういうのはしなかったけど、せっかくだしやってみるのがいいと思う」
「そうだな、クロエがドレスを綺麗なままで扱うものだから、あまり直す機会がなくてなぁ」
ちょっとだけ皮肉の針を混ぜて、言葉を紡ぐ。
「う……うぅ、その、ユウゼンのドレスのことはほんとごめんね……ごめん」
「ま、あの時は猫の命には換えられるものじゃなかったしな。……なんだかんだで、結局今年も去年と同じ席次七位だしな。あの件は……もうそろそろ、こんなこともあったなって、笑い飛ばせるようになりたい」
「……ソウジロウ」
話題を変えるために、蒼司郎はクロエの手元に目線を落として尋ねた。
「そっちは何をしていたんだ?」
彼女は、持っていたレースの扇を掲げて応える。
「コーディネート考えてたの。手元の
そう言われて、蒼司郎は保管室の中を見回した。
ドレスで埋め尽くされる、とまではまだいかないが、それでも結構な数がある。
「ふむ、なるほど……今まではあらかじめセットで作ってきたが……」
「こうしてみると、結構セットじゃないものでも合わせられそうなのがあるよね」
「そうだな」
たとえば、今クロエの持っているレースの扇。
これはほとんどのドレスにも小物にも合う。最適解と言ってもいい品だ。
ただ、
「……そうやって考えてみると……『貫き通すもの』に合わせられるアイテムはほとんどない、な。このレースの扇は一応合うんだが」
蒼司郎は友禅のバッスルドレスを前にして、ため息をつく。
このドレスは世界観が独特というか、異質というか――とにかく、コーディネートが難しすぎるドレスなのだ。
「一枚で完成されてる、って感じなんだよね。他のアイテムが挟まる余地がない、完璧な世界なの」
「それを言われると、つらいものがある……」
「ドレスが一枚で完成されてるってのは、いいことでもあるし、悪いことでもあるよね。まぁこの言葉は、お父さんの受け売りなんだけどさ」
そう言って、クロエはクローゼットの中でしばらくごそごそと何かを探していた。
「ソウジロウ、これどうかな。最初に作って貰ったドレス!」
ごそごそしていたクロエが引っ張り出してきたのは、最初のドレスこと『無垢なる白き炎』だった。
「懐かしいな、もうこれも一年前なのか……」
「これなら、シンプルなデザインだし、色は白だから小物もアクセサリーも何を合わせても良さそうだよ」
「確かにその点では優秀だな」
何にでも合わせられる。シンプルにしてベーシックなドレスであるための強みだ。
最初に作ったものだからと馬鹿にできないな、と蒼司郎は思った。
いや、だからこそ、アルストロメリア学園での最初の課題なのかもしれない。
「そういえば、一学年生の最初のドレスもそろそろできる頃なんだってね」
「あぁ、そう聞いている。明日か明後日には、仕立て科の一学年が中庭で葡萄果汁で乾杯しているかもな」
「そっかぁ……」
まるで、自分の初めてのドレスがもうすぐであるかのように、クロエはうっとりと微笑んでいた。
「皆、嬉しいだろうなぁ」
「……だな」
「ね、そういえば蒼司郎の後輩の子はどう? ツイル……だっけ、名前」
「あぁ、あいつか」
以前何かの機会に聞いたところによると、ツイルというのは通称とか愛称とかそういうもので、本名ではないという。シャム王国では、本名が長い関係もあって、めったに口にされず、友人でも本名を知らないことも多いとか。
「かなり進んでいるようだな。実際、あいつも成績は十二位と上位なようだし」
「そっか。楽しみだねぇ。何かお祝いしてあげるの?」
「……まぁ、風物詩らしいし、中庭にいって激励とかの言葉ぐらいはかけてやるさ」
「しっかり先輩してるじゃないの」
小さな窓の外では、冷たい風が吹いている。
秋はもう、終わり。
冬がやってこようとしていた。
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