ダンジョン男子




 ぱちぱちと、炎がはぜる音が聞こえる。

 蒼司郎そうじろうは浅い眠りから覚めて、すぐに懐中時計を確認した。

 時刻は五時を示している。

 ……朝の五時。いつも蒼司郎が起きるぐらいの時間だ。

「体に染みついているものだな、こういうのは……」


 まだ眠っている他の学生を起こさないように、静かに寝袋を片付けて、テントを出る。



 外は、アルストロメリア学園の学生達が大勢行き来している。

 たき火があちこちにいくつも焚かれ、朝食の準備が始まっていた。どこからか肉の焼けるいい匂いがただよってくる。


 ……魔女科がダンジョンでの授業ということで、仕立て科はダンジョンの前で野外授業という名目のキャンプ中なのである。

 ごくまれにダンジョンの外にも魔物が出てくることもあるため、魔女科のいくつかのパーティーと、引率の教師達も外で一緒にキャンプだ。


 仕立て科はあまり外に出ない者も多いので、テントを張るにも寝袋で寝るにもたき火をするにも不慣れではあるが、妙に楽しそうな空気がある。

 ……その筆頭が、席次一位のシィグ・アルカンナなのであまり強く注意することも出来ない。むくれて何もしないよりは遙かにいいが、シィグの場合ははしゃぎすぎの気もする。


「よう、ソウジロウ、今起きたのか? おはよう!」

 ……そのシィグがチーズの刺さった焼き串を手に、大声で挨拶してきた。

「あぁ、おはようシィグ。お前らは朝食か」

「そうそう。食べたらそっちと交代でやっと寝れるぜ」

「見張り、お疲れさまだ」

「ま、ダンジョンに突入中の魔女科あいつらよりはずっと安全でいい環境で寝れるんだしな」

 シィグがチーズをもぐもぐしながら、ダンジョン入り口に目をやる。

「そうだな……」

「面倒なもんだよなぁ、ダンジョンって……数人単位でないと入れないとかさぁ」

「正確には、入れるがまともに行動できやしない、だがな」

「ソウジロウ、細けぇ」



 ダンジョンは広いが、大勢――たとえば、軍隊などを一度に派遣して攻略することは出来ない。


 内部で一緒に行動する者は運命を共にする者パーティーと呼ばれる。その人数があまりに多いと、ダンジョンの防衛機能が働くのだ。

 詳細はその時々によって異なるらしいが、大体二十人三十人で入ろうとすると、その場から一歩も動くことができないのだとか。

 十人ほどでも子供のような動きがやっとで、七、八人ほどで動きに鈍さを感じるぐらい。

 五人か六人、それがパーティーの適正人数だとされている。

 ……そのため、内部で行動しているパーティ同士は連携することもほぼ不可能。助け合った瞬間、ダンジョンは負荷をかけてくるのだ。



 シィグと軽く話をして、その場を離れて水場で顔を洗う。

 晩秋の山の水は、きんと冷たくて頭がさえるような感覚があって気持ちがいい。


 このまま剣術の稽古でも始めたいところだが、さすがに人目があるので自重だ。

 大人しくキャンプファイアの場所まで戻り、朝食をとることにする。


「おはよう。リオルド、レベッカ」

 自分と同じグループである二人に挨拶をして、ソウジロウもたき火の前の丸太椅子に座る。

「ソウジロウか、おはよう」

「おはようございます」

 レベッカは待機組だった。もうすぐ、クロエたちと入れ替わりでダンジョンに突入予定なのだ。

 二人は焼き串に大きなマシュマロをさして、火にかざしていた。かすかに焼き目がついて、甘い香りが広がっている。

「ソウジロウもどうだ、朝飯前におやつ」

「お前らの胃袋はかなり元気だな……俺は今はいい」

「あら。それなら、ココアはいかがですか? インスタントですけど、なかなかいけますよ」

「あ、それならもらいたい」

「じゃあ、お湯とってきますね」


 レベッカがココアをつくるために席をはずす。その瞬間、リオルドに首をホールドされてしまった。

 リオルドに、ふざけるんじゃないと抗議する前に、彼がいつになく真剣な声音で問いかけてくる。

「おいソウジロウ、最近クロエと話しているか?」

「な――それが何か」

「話しているのか?」

 彼はホールドする力を弱めることなく、問いかけ続ける。

「……話しているぞ」

「そういうことじゃなくな――いわゆるところの、コミュニケーションってやつだ。会話だよ。何気ない馬鹿な話だとか、家族のこととか、飯のこととか、そういうやつだ」

「……あ」


 ようやく、この馬鹿が何をいいたいのか、蒼司郎にものみこめた。

 ……そして、蒼司郎は、最近のクロエと、まともにコミュニケーションできていない。


「……あ、じゃないぞ! まったく、お前の脳みそはクロテッドクリームか……」

「それはまた、濃厚そうだな……じゃなくて!」

「そうだな、そういう場合じゃないな。まぁ、クロエが帰ってきたら、ちゃんと謝っておくんだぞ」

 そう言いながら、ようやくリオルドはホールドを解いてくれる。こんな大男に絞められたら、蒼司郎の首など何秒も持たないだろう。

「……あぁ。それにしても、お前が気付くってのもな……」

「これでも、一年間あのツンツンレベッカとコミュニケーションし続けてきたんだからな! そのぐらいのことは気が付くぞ」

「さすがというか、なんというか」




 クロエ達がダンジョンから出てきたのは、その日の夕暮れどきだった。

「……クロエ、その、無事でなにより」

「うん」

「お疲れ」

「……うん」


 会話が続かなくて、視線をさまよわせると……クロエの足下で視線が止まった。ドレスの裾がかなりすりきれていた。それだけ、ダンジョンが過酷な場所ということなのだろう。

「あ、これね……短めに作ってもらったんだけど、やっぱりダンジョンだとね……ごめん、直すのに手間かけちゃう」

 クロエが珍しく沈んだ声だ。

「気にするな。次のダンジョン用のドレスは、もう少し機能性を考えるから」

「うん……」

「クロエ、着替えたらたき火の前で話がしたいんだ」

「あ、私も! ……私も、その、話がしたいと思ってたの」

「そうか」

 蒼司郎は、思わず笑みがこぼれた。

「そうなの」

 クロエも、ふわっと柔らかく微笑んでくれた。




 ぱちぱちと、炎がはぜる音が聞こえる。


「マシュマロ食べるか?」

「うん。とろとろかりかりに焼いてビスケットで挟んだのをくださいな、相棒」

「承知しました、相棒」


 二人は芝居がかったやりとりの後、顔を見合わせて笑った。

 クロエとこんなに笑うのは、久しぶりだ。


「ほら、クロエ。熱いから火傷しないようにな」

「はいはい、ありがとうね」

 それからしばらく、ゆらめく炎を見つめながら、さくさくとろりとマシュマロビスケットを堪能していた。


「なぁ、クロエ」

「なぁに?」

「その、すまない……なんというか、クロエをないがしろにしてて、すまない」

 その謝罪に、クロエはすこしむっとした様子を見せた。

「……私がそんなこと、気にするように見えるの?」

「いや、それは、その」


「なんてね」


 彼女は――相棒は、にかっと笑った。

「気にしてたよ、ものすごーく、ね」

「……お前」


「ま、後輩が可愛いのは私だってわかるし、慕われちゃったらそりゃ浮かれちゃうよね」

 ……彼女がいかに今回のことを気にしていたのか、その言葉で推測することができた。

「本当に、すまない」

「許したげよう、その代わり、マシュマロもっと焼いてちょうだいな、相棒」

「……わかった、相棒」


 ぱちぱちと音を立て、温かな光を投げかけて炎は燃え続ける。

 その日、クロエも蒼司郎も夜遅くなるまで話を続け、引率の教師に叱られる羽目になったのだった。




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