ダンジョン女子
アトランティス諸島には、大小様々な島がある。
有人島もあれば、無人島もある。
だが、他の土地にあまりない特徴があった。
ほとんどの島には『ダンジョン』が存在しているのだ。
ダンジョン、それは世界に開いた穴。
そこでは神話や伝承の魔物が今もなお徘徊し、侵入者を拒む。
だが、ダンジョンは同時に富をもたらす存在でもある。
貴金属、宝石はもちろん、特別な魔器、
魔物から取れる毛皮や角なども、貴重な素材や材料として取引されている。
放置すれば危険な魔物があふれて、外に湧き出ることもあるため、人はダンジョンを発見し次第、監視と管理と定期的な討伐を行うのだ。
今回、クロエ達が授業の一環として入ったのは、国際魔女連盟が管理しているダンジョンの浅い層だった。
地下一層・大神殿跡――
「我が
魔法で腕を強化。
クロエは詠唱のための動作から止まることなく、巨大なネズミの姿をした魔物を殴り抜く。
嫌な感触が伝わってくる。
……革の手袋をつけているのが、不幸中の幸いかもしれない。もっとも、このドレスを作ったソウジロウとしてはそんなメリットはあまり考えていなかっただろうが。
「次っ、いる?!」
「いないよぅー、全部片付けたっぽいー」
同じパーティーのフェリシィのその言葉で、クロエはようやく体の力を抜いた。
昔からダンジョンに潜るのは魔女達だ。銃器をはじめとする魔器の製造が発展した現在でも、それは変わらない。
魔女にも、ダンジョンに潜る専門職――探索者を目指す者は多い。
だからこそ、アルストロメリア学園でも、こうしてダンジョンでの実戦を行っているのだ。
「それじゃあ、毛皮剥ぐわよ。こっちの大きいの二匹は魔法石を飲み込んでるだろうから、慎重にね」
引率役の三学年の指示で、クロエ達はおっかなびっくりネズミの毛皮を剥いでいく。
この巨大ネズミの毛皮は、背中側はごわごわしているが、腹側は柔らかい手触りなので、意外と重宝されるのだ。
また、ダンジョンの魔物は魔法石というものを飲み込んでいることがある。
これは削ってビーズ状にしたり、その過程で粉状になったものを染料にすることで、
パーティーに水精と風精の魔法が使える人がいて、本当に良かったと思う。
おかげでネズミの解体という気の滅入る作業も、血や内臓の汚れや臭いが少しはマシだった。
剥ぎ取り終わった毛皮と魔法石は、引率の先輩が収納の小箱という魔器に納めてくれる。これは今回の授業のために学園から借りている品だった。
クロエ達のパーティーは、五人。
二学年が四名、それに引率の先輩が一名。
いわゆる、ダンジョン探索のパーティーの人数としては適正だ。
「次、どっちに行こっかー」
マップを持ったフェリシィを囲んで、行き先を相談し始める。
先輩は少しだけ離れて、それを見ていた。
引率役はこういうときには口をだしてはいけないことになっている、らしい。
「地下二階層へ向かうから、近いのはこっちのルートだよね」
「でも、こっちは惑わしの罠があるって書き込みがあるわよ」
「こっちだとさー、一回休めるよねー。時間はかかるけど」
「私たち、魔法をいつまでも使えるわけじゃないし、休みながら行くほうがいいんじゃないかな」
「そうだねぇ……」
最短だが、罠があるルート。
かなり遠回りだが、心身を癒やす魔法陣が置かれた部屋を通るルート。
少しだけ迷って、クロエたちは結論を出した。
「決まったかしら?」
先輩の問いかけに、二学年生は声をそろえて「遠回りします」と答えた。
「そう」
小ぶりなパフスリーブにやや裾が短いベル型のスカートを纏った先輩は、少しほっとしたように頷いた。
「強引でも、近道を選ぶと思っていたわ。特に――クロエ・ノイライさん、あなたは、そっちの意見になると思ってたのだけど……」
「……」
「あなた、無茶な魔法の使い方をしていたからね。何があったのか知らないけど、ダンジョンでは心を落ち着けてちょうだい。私たちは
先輩に淡々とお説教をされて、クロエは思わずエンパイアドレスの裾をぎゅっと握った。
たしかに、ソウジロウのことでここ最近モヤモヤしていたし、さっきも魔物に八つ当たりするように攻撃を続けた。
だけど、ダンジョンではどれも危険なことだ。
授業の一環であるとはいえ、今はクロエの命は、クロエのものだけではないのだから。
「……申し訳、ありません」
震える声で絞り出した謝罪に、先輩は気遣うように微笑んだ。
「わかってくれればいいのよ。くれぐれも、無茶はしないようにね。何か嫌なことがあったのなら、皆で聞くぐらいはするから、一人で抱え込まないように!」
「は、はい!」
何度か巨大ネズミや、骨のゴーレムとの戦闘になりながらも、遠回りルートで第二層への階段の手前までやってくることができた。
「マップの書き込みによるとー、このあたりに癒やしの魔法陣の部屋があるはずなんだけどねぇ……」
「隠し扉なのかな? 明かりちょうだいー」
「あ、それより誰か叡智魔法使えたよね、それで探そう」
「叡智魔法使えるよー。ちょっと待ってて」
パーティーメンバーの一人が、短く呪文を唱える。
叡智魔法は自らの精神――すなわち頭脳に働きかける魔法系統。
ひらめきを与えたり、人の潜在能力なるものを引き出すのだ。
「わかった、ここを……こうして……こうして……と」
その学生が、石壁の一部をパズルのように動かしはじめる。
そして、十を超える手順の末に、石壁は音を立ててスライドした。
「開いた!」
「でかした」
「おつかれー!」
「これで休めるねぇ、入ろう入ろうー」
魔法陣の部屋。
そう呼ばれる場所が、ダンジョンには決まって存在する。
この部屋には魔物は基本的に侵入することはない。
それだけではなく、この部屋で休むことで魔女の回復力は格段にあがる。
普段、外の世界で魔力を使い切ると、数日休まなければ回復しない。
だがこの部屋では、数時間も休めば魔力があふれ出るほどになるという。
この部屋は体の自然治癒力も高めているようで、軽い傷も数時間で治るのだとか。
ダンジョンという、巨大な魔力が存在する場所だからこその場所。
それが魔法陣の部屋だった。
部屋の内部は、思ったより薄暗かった。
話に聞いていたとおり、床にはぼんやりと光を放つ巨大な魔法陣。
「……これ、踏んづけてもだいじょうぶなのかな」
一応、なんかありがたそうなものなので、巨大ネズミの血や体液で汚れた靴で踏むのは少しばかり抵抗があった。
「大丈夫みたいね、消えたりはしないわ。探索者の中には、悪意を持って壊そうとした人もいたっていう話だけど……その人がどうなったか知りたい?」
「なんか絶対怖い話でしょうから、いいです……」
先輩が目を細めて、嬉しそうにしているので余計怖かった。
「あら、残念ねぇ……」
「それじゃあ……何時間かここで休むよぅー」
「休んだら第二階層行くぞー」
「おー!」
パーティーメンバー達が、各々休憩の準備を始める。
クロエも魔法陣の部屋の床に座って、深く息を吐いた。
少しだけ、お腹が空いていた。こんな緊張状態でもそれなりに空腹にはなるようだ。
腰につけたダンジョン探索用のベルトポーチの中から、ドライフルーツをいくつか取り出して口に放り込む。
甘みと酸味が疲れた体に優しい。
さっき先輩に言われたのは正しいことだ。
クロエはイライラモヤモヤして、無茶して皆を心配させた。
自分でもわかっている。
そのイライラがどこからくるのかなんて、わかっている。
ここ最近、ソウジロウと会話してないからだ――
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