ケーキと白猫
なんだか、妙にモヤモヤする。
クロエ・ノイライは自分の今の心境をモヤモヤ、と名付けた。
イライラしているというのとはちょっと違う。
かといってフワフワというようないい気分でもない。
平常心で冷静な気持ちというのも、確実に違う。
あえていうなら『モヤモヤ』なのだ。
「ソウジロウ、今日は……」
放課後、クロエは廊下で相棒をようやく見つけて話しかけたのだが、返ってきたのはそっけない言葉だった。
「今日は部活の方に顔を出すつもりだ」
「そっか。うん、部活動……頑張って、ね」
「クロエもな」
足早に立ち去るソウジロウの後ろ姿を、ぼんやりと見送る。
最近、彼は同じ部活の仕立て科一学年にいろいろ教えている……らしい。
上級生として後輩慕われるのは、悪いことじゃなくいいことだ。クロエだって占術部の後輩に懐かれるのは、とても嬉しい。
ただ、いいことのはずなのに、なのに、クロエのこのモヤモヤの気持ちはどうしたことなのだろうか。
深くため息をついて、放課後をどう過ごそうかとクロエは考える。
話し相手となるソウジロウがいないのなら、一人でティーサロンに行ってもつまらないし、今日は占術部の活動はない。
たまにはまっすぐ帰って家の手伝いでもしようか、あるいは読みかけにしていた雑誌を読むのもいいだろう。
そうしよう、と自分のロッカーからかばんを取り出そうとする。
「クロエー!!」
振り返ると、迫り来るはピンクのふわふわ髪。
「きゃっ……」
そして、あっという間にクロエはそのピンクふわふわに抱きつかれてしまった。
「ふ、フェリシィ……」
ピンクのふわふわ髪、もといフェリシィ・ペルティエ。
クロエの古い友人でもある彼女は、よくこうして抱きついてくる。可愛らしい容姿をしている彼女だし、ちゃんと人を選んでやっていることらしいので、相手に怒られたりすることはまずないようだ。
「珍しく、沈んだ顔してるねぇー」
「そ、そんな顔してたのか、私……」
「そうだよぅー、気づいてなかったとは重傷だね」
フェリシィは、背の高いクロエの頭をよしよしと撫でてくれる。その手の温かさが、なんだかもっと欲しくなってしまう。
「ねぇクロエ、こんな時はね」
「こんな時は?」
「こんな時は、女子会だよぅ! 甘ーいケーキをたくさん食べようじゃない!!」
フェリシィによって引っ張ってこられたのは、学園内のカフェテリアのひとつだった。
しっかりした昼食も食べられるが、ランチの時間以外なら軽食メニューや甘いもの、それにコーヒーや紅茶なども提供しているという。
「なんだ、学園のカフェテリアじゃない。女子会っていうから、てっきり『虹の架け橋』にでも行くのかと思ったのに」
拍子抜けした、という気持ちを込めてクロエがそう呟く。
だがフェリシィは腰に手をあてて、胸を張ってみせた。
「へへーん、街の喫茶店はお高いからね。でも、ここのカフェテリアなら街の半分ぐらいの値段でケーキが食べられるんだよー。こういうのは質より、甘いものがとにかくいっぱいあるのが大事だからね」
「な、なるほど……」
そう言われてみれば、学園のカフェテリアもそれはそれで魅力的だ。
確かに、どうせ食べるなら、お上品にちまちま食べるよりお腹いっぱいになるまで甘いものを詰め込みたい!!
「フェリシィ、クロエ、こっちですよ!」
少し向こうのテーブルから手を振っているのは、レベッカだ。アウレリアも、落ち着かない様子で同席している。
「今行くー。もー、ようやくクロエ捕まえたんだよー?」
「私、捕まえられたんだね……」
「それより早く注文してしまいましょう、あまり遅いと売り切れになってしまいますからね」
レベッカが早速とばかりにメニューを開いて、注文を促した。
「わ、待ってよ……えぇと……」
クロエも席について、メニューをのぞき込む。思っていたよりもケーキは充実していて、秋限定のモンブランやスイートポテトなどもあり、かなり魅力的だ。
「えっと、やっぱりモンブランは絶対でしょ。リンゴのパイもいいし、レモンタルトも欲しいよね。あ、マロングラッセ頼んで皆で分けようよ! 他には、マカロンもいいなぁ……」
いろんな甘味を次々と挙げていくと、なぜかレベッカとアウレリアが目を丸くしている。
「……クロエちゃん……まさかそれ、一人で食べる分、なのかな……?」
おびえたような声で、アウレリアが問いかけてくる。夏休みの間、彼女はフェリシィに教わったとおりに肌の手入れをしていたらしく、そばかすはもうほとんど消えかけていた。
「え、マロングラッセとかは分けて食べたいなーと思ってたけど、アウレリアは栗は嫌いだった?」
「そ、そうじゃなくて……」
言葉に詰まったアウレリアに代わって、レベッカが淡々と語りかけてくる。
「クロエ、あなたですね。そんなに食べると――太りますよ」
「……太らないよ、明日朝練するし。明後日も朝練するし。そもそもちゃんと動いてれば太らないでしょ?」
「太るんですよ……少なくとも、私は太る体質なんです……」
悲しそうに呟くレベッカの背中を、フェリシィがよしよしと撫でていた。
「あ、ここのリンゴパイ結構美味しい……生地がさくさくしてる……」
「おお、一口ちょうだいちょうだい!」
「そういえば今度あるっていうダンジョンでの実戦授業ですけど……」
「あれも、パーティーメンバー分けで結構変わりそうだよね、どうなるんだろう」
美味しいお茶と、美味しいお菓子がたっぷりとなれば、もちろんおしゃべりもたっぷり。
クロエが校舎を出る頃には、かなり外は暗くれ寒かった。
秋の太陽が落ちるのは早いというが、これはかなり暗い。
「ちょっと、遅くなっちゃったなぁ……」
父母へのおみやげとしてカフェテリアでケーキを一つずつ購入したが、もしかするとこの程度では許してもらえないかもしれない。
それでも走ればせっかくのケーキが崩れてしまうので、並木道をのんびり歩く。
心の中を覆う『モヤモヤ』はまだ晴れていない、あんなに甘いものをたくさん食べて、おしゃべりをして、気晴らしをしたはずなのに。
と、そのときだ。向こうから白いまんまるの毛玉――クロエとも縁の深くなったあの白猫が走ってきた。
「猫ちゃん!」
その声に気づいたのかどうなのか、白猫はクロエの少し前で止まった。
まるで小さく会釈でもするかのように、ぺこりと頭を下げてみせる。相変わらず不思議な猫だ。
「猫ちゃん、子猫達はどうしたの? 最近見ないけど」
そのクロエの言葉に、白猫は困ったように首を傾げている。
「あの子達は、信頼できるもらい手がついたのですわ」
ふわり、背後でラベンダーの香りの風が吹く。
慌ててクロエが振り返れば、そこには――
「が、学園長っ!」
「はい」
国際魔女連盟の長であり、ここの学園長でもある、ユミス・ラトラスタ・アトランティスの麗しの姿が、あった。
ユミス学園長は、クロエのことを気にせず白猫を抱き上げている。
「……」
伝説の魔女の、ただそこに存在するだけで他者を圧倒する輝きに逃げ出したくなりながらも、クロエはどうにか問いかける。
「あ、あの、その白猫は学園長が飼ってるのですか?」
「いいえ、この子は基本的に『ひとり』が好きみたいですので。私は『彼女』が望んだときだけ協力するようにしていますわ。今回のように仔猫の引き取り手を探したり、ね」
「そ、そうですか……」
あの仔猫たちが信頼できる里親のもとに引き取られていったのなら、少し寂しいけれど……多分、いいことなのだろう。
「それでは、その、失礼しますね……」
「えぇ、気をつけてお帰りなさいな」
どうしてだろうか、ユミス学園長は微笑んでいるのにとても悲しそうに見えた。
なんだかんだ言っても、仔猫たちがいないのが寂しいのだろうか。
それとも何か別の……。
クロエはぼんやりと考えながら、帰路についたのだった。
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