上級生として
授業終わりの鐘が軽やかに響く。
学生達はテキストを片付けながら、放課後の過ごし方に思いをはせる。
「ねぇ、ソウジロウ。このあと街でお茶しない? ティーサロン『虹の架け橋』で秋限定のフレーバーティー出てるんだって」
クロエもまた、授業が終わるやいなや、わくわくした瞳でお誘いをしてくれる。
だが。
「いや、ちょっと今日は無理だ。先約があってな」
「今日は、部活ないって聞いたけど……」
「後輩にいろいろ教える約束をしてるんだ」
「そう……それじゃ仕方ないね。ソウジロウなら心配ないだろうけど、ちゃんとその子との約束に遅れないようにするんだよ。じゃあね」
早口にそう言うと、彼女はテキストを片付けて足早に教室を出ていく。
蒼司郎も言われたとおり約束の時間に遅れぬよう、テキストと道具を片付けて教室を後にした。
アルストロメリア学園には、仕立て科用の自習室も存在する。
教室と同様に、作業台やトルソー、その他さまざまな機材が用意されており、ドレス作りにはそれなりに便利だ。
とはいえ、仕立て科の場合は作業台さえあればどうにかなることも多いので、あまり使われないところだった。
実際に、蒼司郎もあまり使ったことはない。
ただ、それなりの広さがあるので二人で作業や勉強をするにはちょうど良かった。
「あぁ、今一学年はここなんだな」
蒼司郎は後輩であるツイルのテキストをめくりながら、そう呟く。
自分も一年前に使っていたテキストだ、懐かしさを覚える。
「はい、最初の
ツイルがいつもの高い声で、恥ずかしそうに苦手を告白する。
「あぁ、まぁたしかに襟ぐりは目立つところだからな。デコルテ……胸元が綺麗にみえるようなカットにするにはなかなか難しい物がある」
「ソウジロウ先輩は、気をつけていることはありますか?」
「そうだな、襟ぐりを縫うときなんかは……」
下級生にすっかり懐かれているな、と思いながらも蒼司郎は悪い気はしない。
と言うよりむしろ、向上心のある下級生に慕われるのは、なかなかに気分がいいものだった。
「それにしても、最初のドレスはやっぱりこの形で、白なんだな」
蒼司郎も一年前に作った、白のどちらかというとシンプルな形のドレス。
リオルド曰く、イギリス上流階級が国王陛下に初めてお目見えする時――デビュタントのドレスは白なのだそうだ。ヨーロッパにおいて、最初の……というのはやはり白のイメージなのだろう。
「学園の伝統……なんでしょうね」
「ドレスの飾りはどうするかもう決めているのか?」
「うちのパートナーは、燃えるように赤い髪なので、赤いビーズや、その反対色の緑色のビーズを使ってみようと思います。ビーズ刺繍はちょっとは自信あるので」
ツイルはぶかぶかの男子制服を腕まくりするような仕草で、そう言った。本当に自信があるようだ。ぜひ今度、作品を見てみたい。
「それにしても、こっちの……アトランティスの人たちは、いろんな肌の色、いろんな髪の色、いろんな瞳の色の人がいて、びっくりです。夕日の色みたいな赤とか、先生には紫っぽい髪の人がいましたし、そういえばこの前ピンクの髪の方も見かけました」
ヨーロッパにはいろいろな髪や目の色の人々がいるそうだが、アトランティスではそれが特にカラフルだと思う。
クロエも、今まで見たことがないほど見事な緑色の髪だし――
「確かに、アトランティスでは特に色彩豊かだな……うちの国ではほとんど皆、黒髪かあるいは黒に近い茶がほとんどだ。あぁ、もちろん年齢を重ねると白髪になるが」
蒼司郎のその言葉に、ツイルは思わずと言った様子で吹き出していた。
「ふふふふっ。ボクの故郷のシャム王国も、同じようなものでしたよ。ほとんど黒髪に黒い瞳で」
「だから、アトランティスに来て驚いた。髪や目の色に合わせて着るものやアクセサリーを選ぶって、故郷では無かったからな。個人で似合わない色があることはなんとなくわかっていたが、こちらではそれが顕著だ」
そんなことを言いながら、蒼司郎はトルソーに自作のドレスを着付けていく。
最近作っているのは、ダンジョン探索用のドレス。
近く、魔女科はダンジョンでの実戦授業があるため、今仕上げている最中なのだった。
「シュミーズドレス……いえ、エンパイアドレスですか……」
「あぁ、ダンジョン用だからな。ある程度狭いところもあるそうだから、スカートのボリュームが少ないこの形だ」
生成り色の生地に、緑色の蔦模様、ところどころに小さな花の模様のある、エンパイアドレス。
時代的に豪奢なドレスが続いた後に生まれたという、簡素とも言えるその形は、同時に愛らしさと清楚さを感じられるデザインでもある。
蒼司郎はそのドレスに短い上着も着せていく。
エンパイアドレスは一般的に薄く儚い生地で出来ている。つまり――この時期には寒い。
このドレスが流行した当時のヨーロッパでは、風邪や肺炎で亡くなる者もいたという。そこで上着を着たり、長袖にするという発想にたどり着いたようだ。
それに華やかなボンネット帽子を合わせる。
ダンジョン内では日よけの帽子というのは正直不要だろうと思っていた。だが、どうも今回のダンジョンでは植物が生い茂る場所もあるという。それならば出番もあるだろうと思い作成したのだ。
シンプルで愛らしいデザインのドレスに、華やかなボンネット。鉄板だ。
そのドレス一式を眺め、ツイルがほぅっとため息をつく。
「綺麗ですね……」
「そう言ってもらえて、嬉しいよ」
「ボクも、その……」
ツイルが小麦色の肌を僅かに紅潮させて、少しだけもじもじとして……そして言った。
「……ボクも、こんな素敵なドレスが作れるようになりたいです」
それは、一年前に先輩方のドレスを見て蒼司郎が願ったのと、同じことで。
「っ……。すぐになれるさ、一年たてば、な」
「むぅ、長いですよ。一年なんて長すぎます」
「短いさ、学んでいればあっという間に過ぎていく。だから勉強を怠るなよ」
むー、と唇をとがらせている後輩をなだめながら、蒼司郎は自分も先輩という立場になったことを感じていた。
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