第二学年

秋の入学式・モヤモヤ・ダンジョン

二学年になって



 割れんばかりの歓声が、円形闘技場に響き渡る。


 二年生となった魔女科席次第七位クロエ・ノイライは、どこか懐かしい思いでそれを聞いていた。



 楽しい夏期休暇はあっという間に過ぎ去って、すっかり秋の風が吹く頃、アルストロメリア学園の入学式が行われた。



 新入学生達は退屈な式がようやく終わって、闘技場に連れてこられ、今度は一体何が始まるのかという様子だったが、魔呪盛装マギックドレスに身を包んだ魔女科の三年生が出てくるのを見ると、大興奮で歓声をあげている。

 その瞳は、一様にきらきらと輝いていた。



「私も一年前はあんな感じで、きらきらした目だったかなぁ」

 クロエの呟きに、隣の観客席に座っている相棒が反応した。

「今も、割とそんな感じだぞ」

 本場式の英語の発音で、さらさらの黒髪を揺らしながら、美しい少年――ソウジロウ・ヒノは言う。

「む、そんなことないよ」

「そうか?」

「そうだよ、そんなことないもん。上級生になったからには、一年前よりは落ち着くものなの」


 そうは言うものの、三年生達の作った美しいドレスを見て、わくわくどきどきする気持ちは、一年前と変わらない。いや、むしろ増したようにも思えるほどだ。


「ところでクロエ、今のところどのドレスが一番着てみたいと思う?」


 ソウジロウに問われて、クロエは緑色の瞳を輝かせながら、闘技場のステージに並ぶ若き魔女達をじっくり眺める。

 はっきり言って、三年生の作るドレスはどれも素晴らしいものだ。

 だが、クロエも学園に入学して魔女としての勉強を重ねるうちに、自分に合うドレスというものがわかってくるようになった。


「そうだね……自分で着てみたいってなると、あの水色に白いレースのエンパイア・スタイルのドレスが一番かなぁ。すっきりして綺麗だよね。……あ、でもあっちのパフスリーブにベル型スカートの小花柄ドレスも良いよね。私たちが生まれるちょっと前ぐらいに流行ったものだけど、今見るとレトロな感じで、それはそれで可愛いなぁって思う」

 クロエの言葉に、彼はふむ、と満足そうに微笑む。

「俺が作ってみたいのも、だいたい同じようなものだな。あ、でもあっちにいる濃い青いローブ・ア・ラングレーズのドレスもなかなか似合いそうだぞ」

「え、どこ」

「向かって右の、隅のほうだな。ラングレーズはフランセーズほど装飾も無いし、スカートを膨らませるパニエが無いから、クロエ自身の機動力も生かせそうだな」

 ソウジロウの指さす方向を目で追って、ようやくその青いローブ・ア・ラングレーズをまとった魔女を見つけることが出来た。

「わ、本当だ……ドレスのあの青色、深みがあって綺麗……。それに、シルエットがあの先輩にとっても合ってる……」

「だな、あれはかなり考えられて作られてるドレスだよ」

 長くカーブしたまつげに縁取られた黒い瞳を細めながら、ソウジロウが満足そうに『無い胸』を張るような仕草をすると同時、それは響いた。


「一年生のためにも、ひとつ『魔女の戦い』をお目にかけようじゃないか!!」

 轟音とも言えるような、歓声があがる。

 何もかもが懐かしい。

 一年前は自分たちも大興奮で、歓声を上げていた。……そして、今もだ。


 

 着飾った三年生が一人、また一人と退場していき、最後に残ったのは……赤と青。


 西に、可憐な花のように立っているのは、赤いローブ・ア・ラ・ポロネーズの魔女。

 華やかさを極めしロココの時代に誕生したドレスだが、スカート丈は足首が見えるほどに短く、どちらかというと軽やかな美しさを持った作りのポロネーズ。それを、炎のように真っ赤な色の生地をメインとして、少し薄い赤を下スカートに用いている。

 そしてちらちらと見える絹靴下ストッキングは鮮やかなサーモンピンク。靴はヒールのある、足首のリボン飾りが愛らしい赤みを帯びた茶とベージュのもの。

 ドレス自体も色のために派手な印象だが、このコーディネートの主役は間違いなく足だった。


 東に、凜と涼やかに立っているのは、青いロマンチック・スタイルのドレスを纏った魔女だ。

 十九世紀前半、帝国の崩壊に伴いあらゆる貴族的なものが復古しつつあった時代のドレス。かつての豪華絢爛さを取り戻したいという気持ちが込められた、そんなデザイン。

 ほっそりとしたなめらかな肩を強調するオフショルダーと、十六世紀にも流行していた膨らんだ袖、それに大きく膨らんだスカートが特徴だ。

 これは、雲一つ無く晴れた日の空のような青と、夜明け前の空のような紺色、それに差し色として太陽のように輝くプラチナ色を用いた、まさに大空そのもののようなドレス。

 たくさんのフリルとレースでふんわりとしていながら、可愛らしいだけではなく清々しい印象を与える。



 どちらも見事なドレスだ。

 そして――間違いなく、強い魔呪盛装マギックドレスである。


「始め!!」

 そのかけ声とともに、彼女たちはお互いに詠唱と動作を行い、魔法を繰り出す。


 赤の魔女が肉体強化を行い、火炎を纏いながら舞い踊る。

 可愛らしい靴と絹靴下に包まれた足を、ほとんど目には見えない早さで繰り出す。


 青の魔女は、風精の力を借りてふわりふうわりと空を歩む。

 ドレスにちりばめられたプラチナ色が輝くたびに、魔法による幻が生まれる。


 まさに、夢のような美しさの『魔女の戦い』だった。



 アルストロメリア学園で一年学んだ今のクロエになら、それなりにわかることがある。

 三年生達によるこの戦いは、観客を楽しませるということに特化したものであることを。

 なるべく盛り上がるように、それでいて長引くようにしているのだと。

 例えば、魔法による詠唱や動作は決して短縮しないし、相手の詠唱を妨害することもない。

 けれど、一年生はとても盛り上がっている。きらきらした瞳をしている。



 美しくて、人を楽しませられる。

 それにこしたことはないのだと、クロエは学んで――またちょっぴり大人になった気持ちだった。



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