相棒





 数日に渡る学年末試験も終わって、蒼司郎たち一学年は中庭で打ち上げと称した大騒ぎ中だった。



 賑やかな輪の中心に居るのは、シィグ・アルカンナとそのパートナー。彼らは見事に今回のトーナメントで優勝を果たし、二学年においても席次一位は間違いないだろうと言われている。




 そして蒼司郎は――

「ソウジロウ、なぁなぁ、お前も飲んでるかー? せっかくの席なんだしさぁ」

「ほら飲め飲め、せっかくの杯だぞ」

「そうですよ、リオルドの言う通りです。フランスのワイナリーで作られた一級品の葡萄果汁ですよ」


「これ以上飲んだら腹が破裂するぞ! というかなんで葡萄果汁で酩酊してるんだお前らは!!」

 シィグ・アルカンナ、リオルド・アシュクロフト、そしてレベッカ・ルヴェリエにずっと絡まれていたのだった。


「そりゃ、まぁ、雰囲気ってやつかなー?」

「黙れこの馬鹿。じゃない、黙れこの天才。本当に意味分からん……」

 最近思う。この天才は――シィグ・アルカンナは仕立てにおいては超人的だが、それ以外はまるっきり馬鹿なんじゃないかと。


「ソウジロウ、そろそろ諦めたほうがいいよ」

 向かいに座って、そう呟きながら葡萄果汁を飲んでいるのは、クロエだ。……彼女も既に目がうつろだった。

 こういう時に助け船を出してくれるフェリシィは、パートナーと一緒にどこかに消えてしまっているし、これはもう諦めて葡萄果汁で泥酔してる連中の仲間に入る方が良いのかもしれない。


「ソウジロウ・ヒノとそのパートナー、クロエ・ノイライの戦いに乾杯!!」

「かんぱーい!!」

 ……ちょっと離れたとこれで、シィグたちが盛り上がっている。

 それを蒼司郎もクロエも他人事のように眺めていた。


 クロエは、あの戦いで魔力も体力も使い果たしていた。

 次の日にすぐに戦えるわけもなく、結局次の戦いであっさりと格下相手に敗退。だが、彼女も自分も負けたことそのものはまったく気にならなかった。


 例の友禅のドレスも、先生方がすぐに洗濯と補修に出してくれていた。ありがたいことだ。今年の夏休みが終わる頃には、無事手元に戻ってくるだろう。





「まぁまぁ皆様、差し入れに来ましたわよ。とても盛り上がっているようですわねぇ」

 突如降ってわいた、涼やかな声。

 誰もが聞いたことのある、美しいその声の持ち主は――


「学園長!」

 伝説の美しき魔女ユミスの登場に、一学年全員が驚愕の声をあげたのだった。


「うふふ、そんなに緊張なさらないで。ほら、おつまみ代わりにいろいろ持ってきましたわよ。甘いものもありますわ」

 ユミスは学生達の緊張をほぐそうと、笑顔で差し入れをすすめる。

 なんだかんだで食べ盛りの学生達である。それらにすぐさま飛びついたのだった。


 あっという間に学生達に囲まれるユミス。彼女に挨拶ぐらいした方がいいのだろうかと蒼司郎は一歩踏み出そうとした、のだが。

「ソウジロウ」

 クロエによって制服の袖を引っ張られていて、前に進めなかった。

「ちょっと、話があるの。できれば静かなところで」




 校舎から少し離れれば、そこはもう学生達のはしゃぎ声も聞こえなかった。

 クロエは緑生い茂る並木道を、のんびり歩いている。蒼司郎もその少し後ろを歩く。


 唐突に、彼女が振り返った。

「ねぇ……隣、来ないの?」

「……今行く」


 並んで、ゆっくりと穏やかに歩きながら、クロエといろんな話をした。

「ソウジロウは夏休みはどうするの?」

「下宿で過ごすつもりだったが、合衆国にいる叔父からうちで過ごさないかと誘われていてな。というわけで、この夏は合衆国だ」

「へぇ、いいなぁ。私は合衆国は初等学校の旅行でしか行ったことないよ」

「そうだったのか、てっきり合衆国もヨーロッパも行きなれているものかと思っていた」

「親が店をやってるからねぇ。お父さん仕事が趣味みたいなひとだから、あまり休みもとらないし……そっか、この夏は、ソウジロウに……相棒に、会えないんだね」


 蒼司郎はほんの一瞬だけ、歩みを止めた。

「お前」

「でも、夏が終わって、二学年になったら……また会えるもんね、私の相棒!」

 クロエがにかっと笑いながら振り返る。

 その笑顔は、まるで夏の太陽のように眩しくて。


「あぁ、そうだな。俺の相棒!」



 そうクロエに言いながら、自分たちが一年かけてようやくここまで来たのだということを、噛みしめる蒼司郎だった。




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