二日目・占い師と、生き残りバトル
クロエは今日の午前中だけ、占術部の出し物である『占いの店・水晶のきらめき』の占い師をすることになっている。これはかなり楽といえば楽なほうだった。
リオルドとレベッカなどはかなり忙しいようで、二日の間ほとんど弓術部の展示スペースに詰めるのだと聞いている。
昨日は父母と一緒に、あちこち見て回ったのだ。
西洋文学部の『ブックカフェ』で本を読んだり、アーチェリー部の弓術体験で弓を射ったりもした。弓を構えた姿は、父より母のほうがサマになっていたが。
そんな父母は、今日も店を休んで学園祭に来ると言う。
これだから地元は、と今日ばかりは思っても許されるだろう。
クロエは大きな鏡で、占い師用の衣装に身を包んだ自分を見る。
緑色の髪はみつあみをほどいてなびかせている。そして、薄布で顔の下半分を隠すことでエキゾチックな雰囲気を演出。
腕や首にはそれらしいアクセサリーをいくつもつけている。
そして、お腹を大きく露出するビスチェと上衣、ゆったりとしたズボン、腰にはひらひらした布と飾りベルト。薄布のショール。
クロエの緑髪緑目に合うような、青系の色でまとめられた、先輩曰くの『砂の国の
「大丈夫かな……実際に砂の国から来た人に見つかったら、怒られるとかないよね?」
思わず呟いた言葉に反応してくれたのはフェリシィだ。
「クロエー、それだったらー、わたしの場合は本物の妖精に見られたら、怒られる感じかな?」
「……多分、妖精ならそんな怒らない気がする。多分だけどね」
先輩が、ぱんぱんと両手を叩いて注意をうながした。
「はいはいー。皆さん、そろそろ開店時間ですから持ち場について!」
「「「はーい」」」
クロエは、自分の持ち場――布で簡単に仕切られたスペースでタロットを確認する。
実際に席に着いてしまえば、テーブルに隠れておへそのことはほとんど気にならなさそうだったのが、救いといえば救いだ。
「クロエさん、こちらの方をお願いします」
案内係をする先輩に連れられてやってきたのは、男子学生二人組だった。
彼らは物珍しそうに、クロエやタロットカードをのぞきこんでいる。
「では、今日は何を占いましょうか?」
「な、なんでも占えるんですか、たとえばその……恋のこととか」
純朴な男子学生に、クロエは愛想良く応える。
「えぇ、もちろん」
「それじゃあ……ちょっと前に見かけただけのひとなんですが、一目惚れで……」
「なるほど」
「多分、演劇部に所属している一年生らしい人で……『黒髪の君』ってぼくは呼んでるんですけど。その人が、ジュリエットの衣装で、バルコニーから悲しげに『あなたはなぜロミオなの?』と呼びかける姿が……切なくて、不覚にも恋をしてしまったんです」
……一年生、黒髪、ジュリエットの衣装。
嫌な心当たりがありすぎる。
「その『黒髪の君』は東洋系の方で、ソウジロウと周囲に呼ばれていました。これが彼女の名前だと思うんです。あの、名前がわかれば占いはできますか?」
「……できますが、その……占いというのはあくまで道を示すものでして、恋の成就をお約束できるものではない、ということは先にご理解頂きたく……」
説明をしながらも、ひくひくとひきつるクロエの口元。顔の下半分を隠す薄布にはまったくもって感謝しかない。
すべてが謎の、黒髪の君。極東の真珠。東天に輝く星。
その名はソウジロウ・ヒノ。
どうやら『彼女』は、ここ最近でずいぶんと信奉者ができてしまったようである。
そんなこともあったものの、おおむねは順調。
占いの手順や、説明で大きなミスをすることもなく、交代の時間を迎える事が出来た。
「クロエー、お昼はどうする?」
早々と着替えを終えたフェリシィが尋ねる。クロエはアクセサリー類を外すのにもたついて、まだ着替えが出来ていない。
「ルネサンス研究部の出してるピザが美味しいらしいから、そこにしない?」
「おぉー、いいねいいねぇ。わたしマルゲリータとかがいいなぁ。じゃあ先にアウレリアとソウジロウに合流してるねー」
と、言って部室を出たフェリシィが、数分もしないうちに微妙な顔をしながら戻ってきた。
「どうしたの?」
「……なんか、ソウジロウのところに一年生の男子とか先輩たち……やっぱり男子がずらっと並んでね……皆、プレゼントとか持ってきて、告白してたの」
「……は?」
「で、それをソウジロウが自分は男だから気持ちもプレゼントも受け取れないって、一人ずつ頭下げて断ってた。いたたまれなくて、見てらんなくて、戻ってきちゃった……」
フェリシィは沈んだ声でそう呟いた。
「そ、そう……」
「……ようやく来たか」
ソウジロウの前から男子生徒の列が消える頃合いを見計らって、二人は合流した。
「なんだか大変だったみたいね、ソウジロウ」
苦笑いしながら、クロエはそしらぬふりで言葉をかけた。
「あぁ、リオルドが知ったら大爆笑することだろうよ」
「……もうすでに、大爆笑してる、気がする……かな」
ぼそっと、いつものそばかす顔でアウレリアが呟く。
そういえば、ソウジロウが告白されている間、アウレリアはずっと一緒に居たはずだ。お疲れ様と、ピザの一枚ぐらいおごってやらねばならないだろう。
軽く昼食を終え、クロエとフェリシィは午後のバトルロイヤル『魔女の戦い』に備えて闘技場に移動する。
更衣室は、満員御礼。もはや軽く戦場の様相だった。
「ねぇ、耳飾り片方ないよ?!」
「その手袋とってよー」
「サッシュの結び方これでいいかな」
「鏡の前に移動したいから、ちょっと道開けて!」
「うわぁ……」
アウレリアは、勘弁して欲しいと言いたげな表情だった。
まったく、表は華やかで澄ましていても、準備中はこのありさまだ。
「闘技場からは遠いけど、別の更衣室使う?」
「そうしよー」
ちょうどその時、レベッカも校舎方向から駆けてくるのが見えた。
「申し訳ありません! 弓術部のほうが忙しくて遅れてしまいました……」
「いいのいいのー、私たちもこれから着替えるとこだもん、セーフセーフっ!」
「じゃ、着替えに行こうか」
――闘技場。
その中央にある円形舞台にのぼれる機会はそう多くはない。学園祭と、学年末試験。それに新入学生の歓迎会のときぐらいだと聞いている。
つまりクロエにとって、今はその貴重な一回であった。
広い舞台には、
開始のタイミングは、自分たちにはわからない。
次の瞬間に始まってもおかしくないし、五分後かもしれないし十分後かもしれない。
じりじりと、お互いの様子を探り、距離をはかる。
うっかり集中攻撃に巻き込まれてはたまらないということなのか、席次一位をはじめとした学生からは距離を距離を取るものが多い。
席次七位であるクロエも、それなりに皆から距離をとられていた。これはこれで、都合が良いといえば良いのかもしれない。
そして。
「始め!!」
唐突に、それは告げられた――
まずは、予想通り席次一位の学生が集中攻撃にあってリタイヤとなった。彼女もある程度対策はしていたのだろうが、多勢に無勢が過ぎた。どんなに防御をしても、次々に打ち込まれる魔法の前には耐えきれなかったようだ。
それから順番に、二位と三位の学生が狙われた。
もちろん彼女たちも何もしないわけではない。僅かなスキをついて反撃し、相手の人数を減らしにかかる。
そして席次四位のレベッカ。彼女は樹花魔法で妖精樹を呼び出し、その中にこもることでどうにか集中攻撃を防ぎ、反撃の機会を狙っているようだ。
クロエはというと――
「……っ!」
相手の魔法による攻撃をよけそこね、足に傷を負い、追い詰められていた。
だが、問題ない。
自分のドレスさえ傷つかなければ、クロエにはこの局面は問題ないのだ。
「クロエ、今治すからね!」
上空から、フェリシィの声が降ってくる。風精の力を借りて飛んでいるのだ。
「許し、許し、許し、乞い、恋い焦がれて」
くるり、くるり、パラソルを回してフェリシィが空中でステップを踏む。
「愛の光たる、あなたさまに乞い願うは、癒やしの輝き」
詠唱とともにフェリシィのパラソルから降る光が、クロエの傷を包み込み――そして完全に癒やす。
「よし……問題なし!」
もともと不意打ちによる負傷さえなければ、ものの数ではない相手だ。
「我が手元に現れよ。妖精の剣、堕ちたる剣――それは湖の貴婦人が授けし輝き!」
クロエは左手の白いレースの扇を円を描くようにゆらりと動かす。
「さぁおいで、アロンダイト!」
その呼び声とともに、クロエの右手の中に輝く妖精の剣――魔器・アロンダイトは召喚された。
魔器召喚魔法。それは、さまざまな魔法の武具や道具を召喚する魔法系統。伝承にうたわれるような魔剣も、召喚し、振るうことができる。
「吹っ飛べぇーーー!!」
クロエは、アロンダイトを勢いよく振り下ろす。
ここまでするのは正直、かなりの魔力を持っていかれる。だが、実力を見せておく。あるいはそれ以上の力を見せておく、というのは大事なのだ。
クロエと相対していた魔女は見事に倒れ、余波に巻き込まれて場外となった者もいるようだった。
このぐらいしないと、生き残れないもんね。
魔力大喰らいのアロンダイトを『元の場所』に送り返しながら、クロエは心の中でつぶやいた。
「あー……結局最後まで残れなかったかー……」
控え室のソファでばたばたしながら、クロエは悔しさからそうこぼす。
最後の五人には残れたのだ。
だが、大物の魔器ばかり召喚していたために、魔力があまりにも足りなさすぎた。
「クロエ-。あんまり暴れないでよ、ちゃんと治療できないじゃんー」
そう言いながらも、魔法で治療してくれているフェリシィ。彼女もクロエの次に倒れたようだ。
そして。
「あなた方はまだいいじゃありませんか! 私なんて反撃の機会もなくやられてるんですよ?!」
レベッカはおかんむりだった。わかっていたが、この形式は彼女には不利だったということだ。
「……でもさぁ、席次一位から五位ぐらいで手を組んでれば、正直勝てなかったと思うんだけど、どうなの。そういう話とかしなかったのー?」
「「「……!」」」
フェリシィの言葉に席次上位の学生たちが、揃ってその手があったのか……! という顔をしている。
「なんていうかさ、成績の良さは必ずしも頭の良さってわけじゃないんだねぇ」
フェリシィはピンクの髪を揺らしながら、呆れたようにクロエにささやいたのだった。
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