水晶のきらめき
三月ともなると、木々の新芽もほころびはじめる。
クロエたちは一日の授業が終わると、占術部の部室に早足で向かった。
他の生徒たちも、各々の持ち場に急いでいるのだろう。
教師たちは「アルストロメリア学園の春の風物詩ですねぇ」なんて笑っている。
占術部で出す占いの店の名前は『水晶のきらめき』に決まった。なんでも毎年恒例で、同じ名前を使っているという。「なにかいい名前があれば提案してちょうだい」なんて先輩は苦笑いしていた。
「それじゃあ、次は占い師を担当してもらう人たちの衣装決めに移りましょうか。いつもと同じ制服だと気分出ないってお客に言われて、それからは『それっぽく占い師です』って格好してもらってるのよ」
占術部に所属しているのは、ほとんどが魔女科の学生だが、仕立て科の学生も少数いる。作るのが
「よろしくね、クロエさん、アウレリアさん。私が衣装担当ですよ」
「よろしくおねがいします、先輩」
「可愛いのつくってくださいね、先輩!」
フェリシィのその言葉に、先輩は白エプロンをつけた腰に手をあてながら、胸を張って応える。
「もちろん、そりゃもうとびきりのをデザインしてきましたもん!」
そして先輩が取り出すのは、デザイン画。
「こっちはフェリシィさんのですよ。花の妖精をイメージしたんです」
「「おぉー……」」
緑とピンクの頭は、そろってデザイン画をのぞき込む。
ベースとなるのは、グラデーションのかかった白とピンクの生地。ところどころに差し色として緑色が入る。袖や裾は花びらをイメージしているのだろうふんわりとした布が、幾重にも重なっている。背中にはレースでできた小さな
「先輩、これ可愛いよー!」
「ですよね、ですよね! このドレスデザインはなかなかに自信がありますよ!」
「それじゃあ、クロエのはどんなのなんですかー?」
そうフェリシィに問われ、先輩は笑みを深める。
よほど自信があるらしい。
そんなに良いデザインなのだろうか。
「クロエさんにはねー。これ!」
「「……」」
取り出されたデザイン画を見て、緑とピンクの二人組は何も言えなかった。
確かに、占い師という雰囲気は出ているが、同時に出してはいけないものまで出しているような気がする。具体的に言うと、露出度が高い。
「……先輩」
「クロエさんには似合うって! スタイル抜群、でるとこ出てるし、背がすらっと高くて足も長いし!」
そういう問題なのだろうか。
ソウジロウ、ごめんね。
先日、ソウジロウがメイド服を着ているのをみて、私、似合うとか可愛いとかしか言わなかったね。
あのときのソウジロウの複雑な気持ち、今ならわかる気がする。わかり合えるよ私たち。
クロエがデザイン画をぼんやり見つめても、そこに描かれたものが急に変わったりはしなかった。
「はいはい、それじゃあこれから各々のパートナーさんに、最新の採寸データをもらってきてください。できるだけ詳細なのがいいですね。私がすみずみまで測ってもいいんだけど、パートナーさんにちょっと悪いしね」
そう言って、先輩はウインクをするのだった。
なぜそんな気遣いはしてくれるのに、クロエの衣装デザインには配慮してくれなかったのだろうか。
先輩によって部室を追い出された二人組は、ともにパートナーがいる西洋文学部の部室へ向かった。
「……はぁ」
クロエはため息とともに、憂鬱な気持ちでドアを開ける。
と――そこにはエキゾチックな黒髪黒目の美しいお姫様がいた。
『……まさか、クロエ……お前なんでこんな時に』
言葉の大半は、よくわからない異国の言語。だけど自分の名前だけは聞き取れた。
それにこの、少女としては少し低めの声。
「あなた、ソウジロウ?!」
ヘッドドレスが飾られた艶のある黒髪、星のように輝く黒い瞳。ほんのり薔薇色の頬に、オレンジ系の口紅がぬられた唇。
中世のお姫様を思わせるような、可愛らしい赤のドレス。
それはまるで、悲劇の舞台劇のヒロインのような――
「えぇ、本当にソウジロウなのー? どっからどうみてもジュリエットって感じだよぅ!」
お姫様――いや、ソウジロウはヤケなのか、高い声を作ってささやく。
「あぁ、ロミオ。あなたは本当にロミオなの?」
「最っ高……! どっかのお屋敷のバルコニーで言ったらもうコレ完璧だね!」
「あぁ、さっき演劇部のセットで言わされたぞ。それも四回もな」
「ソウジロウ……あの、盛り上がってるところ悪いんだけど」
「ん、なんだクロエ」
「なんで、その格好を?」
そのクロエの質問に、ソウジロウは『無』の顔で答えた。
「演劇部とかけもちしてる先輩に言われて……断り切れなかったんだ……」
「そ、そう……」
思わず、クロエまで『無』の顔になる。
ソウジロウのさせられていることに比べれば、自分の占い用衣装などなんでもないかもしれない。いや、たぶん、なんでもないことなのだろう――きっと。
「で、お前たちはなんでここに? 先輩に呼ばれてきたとかじゃないよな?」
向こうで、二年生の男子学生が「信用ないなー、俺ら」「あんただけだよ」なんて言って笑っている。多分、ソウジロウにこの格好をさせたのは彼らなのだろう。
「え、えっと……学園祭で占いの店をやることは知ってるよね、で、それで衣装を作ることになったと、それで新しい採寸のデータがいる。でいいかな」
「なるほど、充分理解した」
クロエはほっと安堵のため息をついた。
あとは、採寸のデータをもらうだけ。
「ところで、クロエはどんな衣装を着るんだ?」
「……」
「おい、なんでそこで『無』って感じの顔になるんだ」
「……笑わない、かな?」
「笑うかもしれんが、笑わないかもしれん。とりあえず気になったので、言わないと採寸データは提供しないことにする」
ソウジロウはからかうようにそう言い、澄ました表情をしてみせた。
……どうやら、先日のメイド服姿に引き続き、今回のジュリエット衣装を見られたことがくやしいらしい。
クロエはほんの少しの間、迷った。
ここで採寸データをもらえなければ、結構面倒くさいことになりそうだ。
「仕方ないなぁ……」
「お」
クロエは深いため息をついて、自分が着る占い衣装の概要を告げる。
「砂の国で王様の
別にクロエだって、砂の国風の服が悪いとは言わない。アトランティス島で見かける砂の国の女性たちはすっぽりと布をかぶっていることが多いが、あの中にはきらびやかなドレスを纏っていると聞いたことがある。それはそれでいいと思う。彼らは美しいものをあまり人目に晒すことがないというだけだ。
ただ――お腹を大きく露出しているのと、ゆったりしているとはいえズボン姿というのはいかがなものか。しかも腰まわりを強調するように、派手な布や飾りがついているのだ。
このデザインは、お年頃のクロエにはかなりつらいものがある。
「ふむ……」
「お腹を露出するのはどうかと思うんだけどね。先輩がそこは譲れない! って」
「まぁ、似合うには似合いそうだな。クロエはスタイルがいいしお腹もぺたんとしてる。へそだってちゃんとしたへそだから、腹のひとつやふたつ見せても問題ないだろ?」
「へそとかいわないでよ。なんか恥ずかしいから……」
クロエは頭を抱えた。これからはもう、他の人が変な格好をしても何も言わないようにしよう。絶対。善意であってもその人が困るようなことを何度も言ってはいけないし、ましてや馬鹿にするのはとてもいけない。
「ほら、これやるから元気出せ」
ソウジロウがこつんとクロエの頭にぶつけたのは、折りたたんだ紙。
「なにこれ」
……広げてみれば、それにはたくさんの数字と『胸回り』『胴回り』『腰回り』といった言葉が並んでいる。
「ソウジロウ、これって」
「お前の採寸データだ。一番新しいやつな」
「……ありがとう」
「う……礼を言われるようなことじゃないはずだ。その、すまない。……そういえば、その」
お姫様、もといソウジロウがそっぽを向いて頬を染めながら、何か話題を探している。
「その、一年魔女科の、バトルロイヤルの方ももう大分準備が進んでるんだろう?」
「うん!
「禁止事項か、どんなものがあるんだ?」
「そうだね、たとえば……空は飛んでいいけど、たとえ空中でも舞台の端から出たら場外で失格扱い。とか、そういう感じね、けど上に飛ぶ分にはいくらでも構わないんだって」
「なるほどな」
「バトルロイヤル、仕立て科もサポートしてくれるって聞いたよ」
「サポートというか、まぁ」
そこでソウジロウはちょっと苦笑いをした。
「仕立て科は今まで作った
「おーい、クロエー。採寸データもらえたよー、戻ろ」
「あ、うん」
時間がかかっていたのは、どうやら採寸データを別紙に書き写していたらしい。
その書き写していたアウレリアが小さく手を振って、クロエとフェリシィを送り出してくれる。
アウレリアは、なんだか以前よりも美しくなってきているように見える。顔のそばかすが薄くなりつつあるからだろうか?
――春の学園祭に向けて、忙しく日々は過ぎていく。
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