春の新緑・家族・メイドさん

ヴィクトリアンメイド




 アルストロメリア学園祭。


 悲願花ひがんばな祭とも言われるこのイベントでは、学生達が部活動グループなどの単位で、さまざまな展示や出し物を行う。

 演劇部であれば舞台劇を、音楽系の部活も演奏を、馬術部なら馬術体験やミニ競馬(もちろん現金をかけるわけではない、念のため)、盤上遊戯研究部だったらゲームカフェ――みんなそれぞれ、活動の成果や学園で学んだことを他の者に披露するのだ。なるべくわかりやすい形で。


 そして、蒼司郎の所属する西洋文学部で毎年恒例となっているのは、ブックカフェ。つまり本が読める喫茶店といったところだ。

 普通にコーヒーや紅茶も飲めるが、店内には本棚が設置され、客は自由に読んでいいことになっている。他にも、接客担当の学生が注文の時に本をおすすめするのだとか。

 回転率は大丈夫なのか、と聞きたくなるが学園祭は他の展示も回りたい者ばかりなので、何時間も居座る客はめったにいるものでもないという。そして時間制限もつけているので、その「めったに」が来たとしても大丈夫だそうだ。



 そこまではいい。理解できる。

 だが、なぜ蒼司郎は――女装させられているのだろうか。

 そこが理解できなかった。



 イギリス・ヴィクトリア朝のメイド服のデザインを模しているのだろう、黒のロングワンピースと真っ白なエプロン。

 ただ、生地はとてもしっかりした質のいいものだし、ところどころに高級なレースがあしらわれている。そして何より、これではメイドの仕事が出来ないだろうというぐらいに、あちこちフリルがひらひらしている。



「ソウジロウ……かわいい……」

 賞賛に、わずかな嫉妬をにじませた声で、蒼司郎のパートナー・クロエは呆然と呟いた。誤算だった。まさか彼女が、わざわざ部室に見に来るとは思わなかったのだ。

「私よりかわいい……」

「はいはい、ありがとう。さっき演劇部と掛け持ちの先輩に『舞台劇用のドレスを着てみないか』とお誘いも受けたよ。ちくしょう」

「着ればいいじゃない、私は見てみたいよ」

 クロエはにこにこと無邪気に微笑みながらそう言った。


『……どうせドレスなんて着たって、魔法が使えるわけじゃないんだ』

 蒼司郎は皇御国の言葉でそうぼやく。

 

 男に生まれたことを後悔しているわけじゃない。

 ただ、蒼司郎は魔女になれない。

 そのことだけが口惜しいだけだ。

 ただ――未練をひきずっているだけなのだ。


「……ソウジロウ?」

「あ、あぁ、すまない。なんでもない」

「そう?」



 占術部の先輩に呼ばれ、慌ただしくクロエが帰ったあと、アウレリアが着替えて出てきた。

 もちろん、アウレリアも蒼司郎と同じようにメイド服である。

 二人は思わず、目を見合わせた。死んだ魚のような、うつろな目を。


「……ソウジロウ君は似合っていて……いいね」

「それは褒められていると受け取っていいのだろうか」

「ほ、褒めてるよ……。可愛いのが似合う人、羨ましいなって……わ、私はこういう可愛いの、似合わないもの……」

 アウレリアはスカートをつまんで、自嘲の笑みをもらす。

 似合う似合わない以前に、アウレリアは自分が女性として美しくなることを諦めている節がある。

 美しいものは好き。だけど、自分ではとても身につけられない。せめて美しいものを作って、美しい人に着てもらいたい。

 彼女が仕立て師を志したのは、おそらくこんなところなのだろう。


 蒼司郎とアウレリア、二人はそろって盛大なため息をついた。




 メイド服を着ての所作や接客の練習を終えて一休みしていると、ぱたぱたと賑やかな足音が聞こえてくる。

「ひゃっほーう! フェリシィ・ペルティエ参上なのだよぅ!!」

 勢いよくドアを開け、現れたのは派手なピンクのふわふわ髪。


「ふ、フェリシィちゃん……」

 突然のパートナーの登場に、アウレリアはおたおたしながらも、どうにか蒼司郎の後ろに隠れようとする。


「むぅ、なんで隠れるのよぅ、わたしには見せてくれないの?」

「だ、だって……似合わないもの、私は可愛くないから、こんな可愛い服、なんて」

 蒼司郎の背中に隠れながら、アウレリアは泣きそうな声でそう言った。

 多分、このあとはどうにかフェリシィがアウレリアをいつもの調子でなだめて、おずおずと蒼司郎の背中から離れてくれるのだろう。

 ――そう思っていたが、あまりにも予想外のことが起こった。


「それなら――似合うように可愛くなるの!!」

 フェリシィの一喝。


 彼女は、いつもにこにこして、とらえどころがなくて、明るくて、可愛くて、人を怒鳴ったりなどしない人間ではなかったのか?


 あまりのことに蒼司郎は、目玉がこぼれ落ちそうなぐらいに瞳を見開いた。

 アウレリアはおびえが頂点を通り越して、ぼろぼろ泣いている。


 同じ室内に居る西洋文学部の先輩方はほとんど、我関せずといった顔だ。「後輩たちが青春してるねー」などとのんきなものもいる。


「……怒鳴ったりしてごめん。でもねぇ、アウレリアが可愛いを諦めるの、わたし見てらんないの」

 そう言って、フェリシィはアウレリアパートナーの手を取り、椅子にむりやり座らせる。

 持参した大きなポーチから手鏡を取り出して、目を白黒させているアウレリアに持たせ、自らは化粧コンパクトを持った。

「可愛くするってのはね、楽しいことなんだよぅ」


 そう言って、アウレリアのそばかすが残る肌に、おしろいをのせていく。

「あの、でも……私」

「いいの! 女の子が可愛くなるのに、理由も何もいらないのだ!!」

「……い、いいの、かな?」

「あたりまえだよぅ」

 フェリシィは、おしろいをぽふぽふしながら、あっさりとそう言ってみせた。


「そうだ! この際だから、髪型も工夫してみよっかー。メイドキャップもいいけど、ヘッドドレスもきっと似合うよ、リボンでまとめるのもなかなかいいよねー」

 ぽふぽふ。

 おしろいでそばかすが消えるたびに、アウレリア・ステラはなんだか美しくなっていくようだった。


 それは外見のことだけではなく、きっと――






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