冬の学園生活
街には、雪が薄く積もっている。
学園の並木道も同様で、蒼司郎は既に何人もの足跡がついた雪の上を歩いていた。
このところの冷え込みは厳しい。
そういえば、冬の始まりにクロエに食べ物をねだっていた猫……あの白猫はこの寒さの中で大丈夫なのだろうか。
「おはよう、ソウジロウ」
「あぁ。おはよう、クロエ」
別の道からやってきたパートナーのクロエと、軽く朝の挨拶を交わす。
そういえば、クロエはアトランティス本島に住んでいるから、ユミスのことには詳しいかもしれない。国際魔女連盟の長であるユミスは、アトランティスにおける国家元首のような存在。ある程度のことは知っているだろう。
「……なぁ、クロエ」
だが、そこで言葉は止まった。
このおせっかい焼きのパートナーに、年末のあの出来事は話していないのだ。
……どう説明しても、信じてもらえる気がしなくて。
自分自身でも、あの日のことがまるで夢のようで、信じられないでいる。
なのに人に信じてもらえるような説明ができるなんて、思えない。
「なぁに?」
「その、すまない。なにを言おうとしたかを忘れた」
「ぷっ……なにそれ! ソウジロウってば」
我ながら下手だな、と思うごまかしをしながら、ソウジロウはクロエとともに校舎への道を急いだ。
アルストロメリア学園では、仕立て科の学生が二着目に作る
「一着目は全員同じデザインを元にしたドレスを作ってもらったが、今回は諸君らの『作りたいもの』を作るように」
仕立て科の教師イジャードが改めてそう告げた時、教室内ではそれぞれに声が上がった。自らに気合いをいれるかけ声だったり、喜びをあらわす声だったり、決意の呟き声だったりだ。
ここにいる全員は、なんだかんだでドレスを作りたくて仕方のない連中だ。
自分の作りたいものを作りたいように作れと言われて、目を輝かせないわけがなかった。
ソウジロウはデザインスケッチ用の白ノートを取り出す。
何を作るかは大体決まっていた。
クロエが白いドレスがいいと言っていたので、白をベースの色に使う。
デザインは、ロココの時代に流行したローブ・ア・ラ・ポロネーズだ。ローブ・ア・ラ・フランセーズの系譜とでもいうべきドレスのかたちだが、大きく違う点はスカートだ。まずは裾が短い。靴どころか、くるぶしまで見えるような丈。そして上スカートの後部をたくし上げて、幾重にもドレープを作っている。
軽やかさと優雅さを兼ね備えたドレスといえる。
ソウジロウが生きる二十世紀から見れば、過去のヨーロッパではずいぶん装飾過多なドレスが何度も
装飾の多さを重視する傾向は東洋でもみられた。皇御国の
だが、装飾が多ければ当然動きにくくなっていく。
つまり、詠唱や魔法動作の速度や精度に関わってくるのだ。
最近では単純な威力よりも、こちらのほうが重視されつつある。
実際にクロエの『魔女の戦い』を見てわかったが、彼女は元々の身体能力がとても高い。
それに加えて、持っている魔法系統には魔器召喚と肉体強化が含まれる。この二つの系統を生かすのは、装飾の多い重いドレスよりも、軽く動きやすいドレスというのが常識。
つまり――軽く動きやすくそれでいて華やかなローブ・ア・ラ・ポロネーズはクロエ向きのドレスと言えるのだ。
提出用に、デザイン画の清書をする。
色は白。模様の色は青色を中心とした寒色系。
「どうだ?」
生徒たちの作業の進み具合を見て回っているイシャードが、デザイン画をのぞき込む。
「なるほど、
「レースの扇を作る予定です」
「ほう」
イシャードが、低い声でそう呟いた。
「なるほど、基本をしっかりおさえてくるものだ」
どうやら褒められている、らしい。あまりそうは見えないが、イシャードの金色の目は嬉しそうに細められているからそうなのだろう。
「何か質問があればいつでも答えるぞ」
「……」
そう言われて、蒼司郎はほんの一瞬――ユミスの事を聞きたいと思ってしまった。
イシャードは、この学校で少なくとも十年は教師をしている。それならば、在学中のユミスを知っているはずだ。
蒼司郎はその考えを打ち消すように、首をぷるぷると振った。
「……?」
案の定、イジャードはいぶかしんでいる様子だ。
「……いえ、何も。大丈夫ですので」
「そうか。いろいろあるだろうが……いつでも言うんだぞ」
「はい」
アルストロメリア学園には巨大な図書館がある。
蒼司郎の所属する西洋文学部の活動場所でもあるのだが、今日やってきたのは部活動をするためではない。
蒼司郎は学園の昔の記録――卒業記念写真や、名簿の類を探していたのだ。
「こっちは……違うか……。こっちは古すぎる……」
ユミス・ラトラスタ・アトランティスは現在二十六歳。
彼女がこの学園に学生として通っていたのは、だいたい十年前。
十年前の記録を探して、指と視線を動かし……それは見つかった。
ちょうど十年前の、学生名簿。
席次順に生徒の名前とごく簡単な情報が記されているというその冊子を、めくる。
ユミスの名前は、すぐに見つかった。
『ユミス・ラトラスタ 席次一位 魔女科所属』
そして蒼司郎は、そのユミスの名と並べられている名に視線を走らせた。
『ツキコ・ユキシロミヤ 席次一位 仕立て科所属』
あ……と、小さく声が漏れた。
「ツキコ……ユキシロミヤ……雪白宮……月子?」
名前を声に出して、その事実に思い至る。
ユミスのパートナーだった仕立て師は、女性だ。
「雪白宮……だと、まさか……」
この名前、見覚えがある。ありすぎる。
雪白宮家は――皇御国において皇族の
月子、という女性のことはわからないが、そこのご令嬢であることは疑いようがない。
「……」
ユミスと、月子。
蒼司郎は、彼女たちの事が気になりはじめていた。
ユミスは、なぜあの日、あんなにも、泣きそうな表情で……月子のことを教えてくれたのだろうか?
ちらりと視線を走らせた窓の外では、真っ白な雪がしんしんと降り続いていた。
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