三人の魔女と三人の仕立て師



「地図では、このあたりなんだが……」


 ある休みの日。

 蒼司郎はリオルドと一緒に、アトランティス本島の山手の街を歩いていた。途中でレベッカも合流したので三人だ。



「それにしても……」


 唐突に、レベッカがげんなりとした声を出した。

「……今日はせっかくのクロエさん達とのお茶会だというのに、なんであなたはそんな野暮ったいイギリス式の格好なんですか、リオルド!」

「お前な」

「皇御国人のソウジロウのほうが、よっぽどちゃんとした格好をしているではありませんか! 細い腰を強調しすぎたラインのスーツのせいで、彼は似合わない男装をした少女のようになってますけど、それでもリオルドのイギリス式よりよほどいいです!」


 ……このスーツは、あとでほどいて直そう。特にジャケットはこんなに腰部分を細くする必要などなかった。ないったらないのだ。


「悪いなソウジロウ。レベッカは本当のことを言わずにいられないだけなんだ。……その、似合ってはいるぞ今日のスーツ」

「黙れ」

 蒼司郎は手にした飴色のステッキ――刀を仕込んだ杖を震わせながら、そう呟いた。

 自分の容姿は特にコンプレックスとはしていないつもりだが、こうも言われるとさすがに傷つかないわけではない。




「あ、ここではないでしょうか? ティーサロン『虹の架け橋』って」

 しかしソウジロウが仕込み杖を抜く前に、目的地は見つかった。

 確かに『虹の架け橋』と看板にある。

 ここがクロエたちとの待ち合わせ場所――今日のお茶会の会場だ。




 からんからん、とベルを鳴らしながらドアを開けると、お茶とお菓子の甘い匂いが漂ってくる。

「何名様でしょうか?」

 店員にフランス語で話しかけられたので、レベッカが対応してくれる。

 あらかじめ、ここはフランス式の店だと聞いていたので、ソウジロウも慌てずに済んだ。


「一番奥のテーブルらしいです。もうクロエさん達は来ているようですよ」




「ソウジロウ、よく来てくれたわね。リオルドもレベッカも、今日はありがとう」

 テーブルクロスがかかった大きなテーブルの席に三人の少女。

 その一人であるクロエが、椅子から立ってソウジロウたちを出迎える。

 彼女は、今日は薄いベージュのワンピースドレスを着ていた。飾りリボンやサッシュは淡くくすんだ緑なので、彼女の瞳や髪の色にもしっくりきていた。


 あと二人の少女のうち、派手なピンクの髪の少女は愛想良く笑って座ったままだった。もう一人の少女はおろおろとした様子で椅子から立って、こちらにぺこりと一礼した。

 ……その姿に、どこかで見覚えがある。

「アウレリア、か?」

「……あ、ソウジロウ君……こんにちは」

 アウレリア・ステラ。

 蒼司郎と同じ、西洋文学部に所属している一年生だ。これは妙なところで縁がある。


「あれ、ソウジロウはアウレリアを知っていたの?」

「同じ部活でな」

「ふぅん……そっか」

 なんだかクロエの声が少し冷たいのは、ソウジロウの気のせいだろうか。



「まぁ、立ったまま挨拶するより、座って座って」

 クロエのその言葉に、ソウジロウたちは遠慮なく席につく。一応、ペア同士は隣り合うような席順だ。


 注文をする前に、知らない顔もいるということでまずはお互い自己紹介をしようということでまとまった。

 一番手としていそいそと名乗りをあげたのはレベッカである。その次は彼女のパートナーのリオルドだ。


「私は、席次四位の魔女志望生レベッカ・ルヴェリエ。フランスから留学中です。好きな物はパリ式のマカロン。嫌いな物はイギリスとイギリス人」

 …………あのおおらかなリオルドが頭を抱えている。

「レベッカお前……席次とか、嫌いな物は今この場で言う必要があったのか……」

 クロエはなんだか、緑色の瞳の奥にめらめらと対抗心の炎を燃やしているように見えるし、アウレリアなど「ごめんなさい……席次は二十位です……」とうつむいてしまっている。

 ただ、派手なピンクの髪の少女だけは「すごいねー」とにこにこしていたのだが。


「あー、じゃあ俺も自己紹介。こいつの……レベッカのパートナーのリオルド・アシュクロフトだ。出身はイギリス。こっちにいるソウジロウと同じところに下宿している。好きな物はスメラミクニのウキヨエ……こんなところでいいか。じゃあ次は」

 一通り言い終わったリオルドが、自分の隣に座るピンクの少女に視線をやる。


「うん、じゃあ次はわたしだね! 席次は二十位だけど仲良くしてね。魔女志望生のフェリシィ・ペルティエだよ。アトランティスが地元なんだけど、何代か前にフランスから渡ってきたみたい。確か革命がどうのこうのなんだって。そっちのクロエとは家族ぐるみの付き合いなんだ。好きな物は可愛い物と占い、水晶占いが得意だよ!」

 大きな茶色の瞳をくりくりさせながら彼女は自己紹介をして、隣に座るアウレリアをつついた。


「あ……えっと……。私は、仕立て師志望生のアウレリア・ステラ。フェリシィちゃんのパートナーをしてる……。い、イタリアから、来たの。おばあちゃんが仕立て師で、小さい頃から針仕事を教わって……それで……。好きな物は……本、かな。特に、シェイクスピアとか……文字が規則正しく整然と並んでいるのは、とっても綺麗だと思うの……!」

「どうしよう。入学からそんなに日数たってないのに、早くもわたしパートナーの事が理解不能だよ……文字が並んでいるだけなのが、綺麗……?」

 今度はフェリシィが頭を抱えていた。どうやら彼女は本が苦手らしい。


「次は俺か」

 アウレリアの隣、ということでソウジロウも自己紹介を始める。

「仕立て師志望生、ソウジロウ・ヒノだ。皇御国すめらみくにから来た。故郷はこちらとはずいぶん文化が違うので、妙なことをしでかすかもしれないが、その時はちゃんと指摘してくれると助かる。あと一応……席次は七位だ」


 と、自己紹介を終わらせようと思っていたら、フェリシィが小さく挙手をしていた。

「ソウジロウはなんで女の子なのに男の子の格好してるの? あ……もしかしてお国での決まりかなにかだったりするのかしら」

「……」

 なぜ、西洋人はよってたかって蒼司郎のことを女扱いするのだろう。皇御国にいたときはもうちょっとマシだった気がするのだが。

「フェリシィ、あのね、ソウジロウは男の子だよ」

「ほんとに? ねぇクロエ、ほんとにちゃんと確かめたの?」

 ……確かめる、とは一体どんな手段でなのか。

「え、だって……下宿だってリオルドと同じところだって……あ、でも授業で採寸してくれたときとか、まったく動揺とかしなくて……」

「ほほう、あやしいね!」

「……」

 クロエが疑惑と謝罪と、ひとかけらの好奇心を瞳にたたえて見つめてくる。

 やめてくれ、俺はワケありで男装を強いられている婦女子とかではないんだ。ないんだ。


 その後、ひとしきり笑い終えたリオルドが「ソウジロウは男だぞ、胸がなかった!」と保証してくれたお陰で、どうにか男であると理解してもらえた。


「あ、私の自己紹介がまだだったね。ソウジロウのパートナーのクロエ・ノイライだよ。席次七位の魔女志望生ってことになるね。アトランティスが地元。お父さんは仕立て師で、お店をやってるよ。フェリシィのおうちから布地を仕入れてるんだって。うちは、貴族の仕立て師だったんだけど、革命が起きてフランスから渡ってきた……って聞いたことがある。好きな物はタロット占い。部活も占術部、フェリシィと一緒」

 クロエもご先祖はフランス系だったらしい。そういえば、以前「私の名前はフランス語で新緑を意味するんだよ、五月生まれだからそう名付けられたんだって!」なんていつか言っていたか。



「あぁ、おれはロイヤルミルクティーを」

「リオルドあなた、フランス式のティーサロンで、よりにもよってイギリス式の紅茶だなんて、何を考えているんですか! あ、私はこの『今日のきまぐれティザーヌ』をお願いしますね」


「わたしもティザーヌにしようかな、ローズとハイビスカスの。アウレリアは決まった?」

「ティザーヌって、たしかフランスでハーブティのことだよね……じゃあ、私も同じのにする……」


「ソウジロウ、注文決まった?」

「……ミルクの入っていない紅茶の方がいい。砂糖もなくていい」

「ストレートで飲むの? それなら……」



 お茶会は、まだまだ賑やかに始まったばかり。

 秋にふさわしいモンブラン菓子。収穫されたばかりのリンゴをたっぷりつめこんだタルト。それに、カラフルで可愛らしいパリ風のマカロンをつまみながら、学生達はゆっくりおしゃべりに花を咲かせる。

 主な話題は、はじめての魔呪盛装マギックドレスのこと。

 もうすぐ、それは完成予定なのだった。




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