彼と彼



「本当に帰っちゃうの? どうせなら夕ご飯も食べていけば良いのに」

「さすがにそれでは遅くなりすぎるからな。既に陽は傾いているし」

 そんな会話を交わしてから、蒼司郎はクロエに見送られて彼女の家を出た。


 街は秋の長い夕暮れを迎えており、あちこち黄昏色に染まり輝いている。

 蒼司郎は島の山手にある自分の下宿目指し、のんびりと歩いていた。

 この街には路面電車や乗合馬車もあるのだが、今は歩きたい気分だったのだ。

 夕方の街は仕事終わりや学校帰りだろう人々も多く、あちこちの店で客を呼び込む声がとても賑やかだ。



「ただいま戻りました」


 下宿の玄関扉を開けると、初老の品の良い女性――この下宿をきりもりするマダム・テレーズがちょうど通りかかるところだった。

「あら、お帰りなさいソウジロウさん。入学式お疲れ様でしたね。お夕食はいつもの時間通りでいいのかしら?」

 この下宿はなんといっても、料理が美味い。一族内では変わり者扱いされている叔父の紹介ということでここに入ることになったのだが、この点に関しては蒼司郎はかなり彼に感謝している。

「えぇ、それでお願いします」

「そうそう。何か荷物が届いていましたよ。女中にお部屋へ運ばせておきました」

「わかりました、いつもありがとうございます」


 また叔父から何かへんてこな物でも届いているのだろうか。それとも家族が心配して、国のいろいろな物を送りつけてきたのだろうか。

 そんなことを考えつつ、マダムにぺこりと軽く頭を下げてから、二階にある自分の部屋に向かう。

 そして、ドアノブに手をかけて――


「おい――――隠れても無駄だぞ」


「……」

「無駄だと言っているんだ、リオルド。出てこい」

「……なんでわかるんだ、お前はニンジャか、ニンジャマスターってやつなのか」

「お前は図体がでかすぎるんだ。あと、お前がそこの置物の陰に隠れるのはこれで三回目だし、何より隠れきれてないからな」


 そう言ってやると、ようやく彼は置物の陰からのっそりと出てきた。

 見事な金髪、六尺――百八十センチはあるだろう身長と、それに見合った均整の取れた筋肉。彫りが深く、いかにも『男らしい』顔立ちだが、どこか品があるのはイギリスの貴族出身ということだからかもしれない。

 リオルド・アシュクロフト。

 この下宿の仲間で、彼もまたアルストロメリア学園の新入生だ。


「いやぁ、お前のところに何か荷物が届いただろ? もしかしたらスメラミクニのものが入っているかと思ってな、ウキヨエとか」

「普通、仕送りに浮世絵はいれないと思うんだが」

「お前知らないのか。もともとウキヨエは、割れ物なんかの緩衝材代わりに使われていてだな……」

 ……彼は、皇御国すめらみくにかぶれなのだ。なんでもイギリスの両親の影響だという。蒼司郎が皇御国人だと知ったときも、それはそれは大はしゃぎだった。

「わかったわかった。ったく、お前は本当に変なところでうちの国に詳しいな……。まぁそういうことなら入れ入れ。そのかわり荷物開けるの手伝えよな」

「さすがソウジロウ! ウキヨエがあったら貸してくれよ」

「いや多分無いから……多分」



 リオルドに手伝わせて(たとえ、部屋を追い出そうとしてもリオルドは手伝いたがったはずだが)実家からの荷物を開けながら、二人は今日の入学式のことを話す。

「壇上でのお前の自信満々で自慢げな顔、一生忘れんからな」

「お前なぁ。ソウジロウだって壇上ではそういう顔してたぞ」

「俺はしてないぞ」

「いいや、していたね」


 今日の上位席次発表の時に、リオルドは蒼司郎よりも『先に呼ばれていた』のだ。彼の席次は第四位。蒼司郎は七位だ。


「ソウジロウのパートナーは変わった髪色の子だったな、背が高くて」

「リオルドよりは大抵は低いと思うぞ。まぁ彼女の髪の色は変わっていると思う。あんな見事な緑色の髪はそう居ないな。お前の方は……」

「うちのパートナーはな、そりゃもうかわいこちゃんなんだぜ! と言いたいところなんだが……」

 リオルドが木箱から荷物を取り出す手を止めて、ため息をつく。見た目通り豪快なこの男が一体何を悩んでいるのか。

「が?」

「その、外見はともかく中身はかわいこちゃんとは言い辛くてな……」

 大きな手で金の髪をがりがりと掻いてから、彼は言った。


「フランス人なんだ。彼女。で、俺はこの通りイギリス人だろ」


「……それか」

 蒼司郎にはいまいちよくわからないが、海峡を挟んでお隣同士のイギリスとフランスは昔から歴史的に因縁も深く、未だに何かと仲が悪い……らしい。

 ……皇御国でいうと、東と西の確執のようなものだろうか。と蒼司郎はぼんやり理解しておくことにした。


「だからもう、初っ端からツンツンされちまってさ」

「それでも、入学式の後は一緒に行動してたんだろう?」

「目を合わせてくれなかったし、向こうから話しかけてくれることもなかったし、こっちから話しかけても、短い返事だけだったけどな。ちらっと見たけど、そっちはなんか良い感じだったじゃないか」

「良い感じというか、なんというか……」


 蒼司郎は今日のことを思い返す。

 こちらが見るからに東洋からの留学生だからだろうか、最初はかなり身構えられていたし、言葉がわかるのかなんて心配されたりもした。本来は対等なパートナーに対する態度としてはかなり失礼な気がしなくもないが、リオルドのパートナーのようにツンツンした態度よりは大分マシなのだろう。


「良い感じというよりは、なれなれしい、といったところだな」

「贅沢だな。それはお前と仲良くなりたいんだろうに」

「そういうもの、なのか?」

「ったく、羨ましいぜ。……お、このショーユの瓶いいな。粋と雅を感じるぜ。中身を使い切ったら俺にくれよ」

「……ただの何の変哲もない醤油の瓶だぞ。というか、粋と雅が混在してたらただの野暮じゃないかと思うんだが」

 蒼司郎は、皇御国ではありふれた醤油の大瓶を一瞥する。庶民向けの品ではなくやや高価なものなのでそれなりに見た目もいいが、それでも醤油瓶は醤油瓶だ。

「そ、そうなのか……粋と雅……それに野暮……奥が深いな……!」

 はぁ、と蒼司郎はため息をつく。

 もしかしたら、なれなれしいのは西洋人共通の特徴なんだろうか。リオルドもクロエも妙にべたべたしてくるし。


「まぁ、今度ちゃんと会わせろよ」

「会わせるって?」

「お前のパートナーに。俺のパートナーも紹介するから!」

「……考えとく。とりあえずお前のところは、ちゃんと交流できるようになれよ」



 木箱の底に緩衝材として敷き詰められていたのは、浮世絵ではなく新聞だったが、それでもリオルドは「皇御国すめらみくにの文字がたくさん書かれている! エキゾチックだ!」と大喜びしていたので、問題ないのだろう。


「そういえば、お前は部活はどうするんだ?」

「ふむ、部活か……」

 送られてきたハギレ類を仕分ける手を止めて、蒼司郎はしばし考える。

「フェンシング部に、スメラミクニのサムライとして乗り込んでみるってのはどうだ?」

「フェンシング…‥西洋剣術か。悪くはないが、どうせなら文系の部活がいいな。そういうお前はどうなんだ」

「俺は実家でもやってた弓術……アーチェリーだな! そうだ、お前も来ないか? 弓、出来るんだろう? 一流のサムライなら剣も弓も出来るものだと聞いているぞ」

 弓を引くような仕草をしながらはしゃぐリオルドに、蒼司郎は冷たく返事をする。


「お前、俺の話聞いてないだろ。俺は、文系の部活がいいんだ。そうだな……西洋の本がたくさん読めるような、そんな部活がいい」



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