仕立屋・運命の女神にて
「はい、到着! ここが私の家だよ!」
クロエがソウジロウの腕を引っ張って、学園から賑やかな通りに向かってしばらく歩くと、あっという間に帰宅だった。
「ここが……仕立屋……それも
予想通りというべきか、ソウジロウは大きな黒い瞳をきらきらさせて建物を見上げている。
大きさ自体はそれほどでもない、この通りにある標準的な商店よりも少し小さいぐらいなのだが、外観は黒い柱に真っ白な壁で目を惹く。大きなショーウィンドーから見えるのは秋物ドレスを着たマネキン。店先に下がった金属の看板には『仕立屋・運命の女神』と刻印されている。
「ソウジロウ。ようこそ、仕立屋・運命の女神へ。ようこそ、私の家に!」
クロエは両手を広げて、この美しいパートナーの来訪を心から歓迎した。
クロエは店舗側の鍵を持っていない上、両親もまだ追いついてきていないので、住居側の勝手口から中に入ることにする。
「さ、入って入って、遠慮しないでね」
「……お、お邪魔します」
ソウジロウを招き入れると、彼はほんの一瞬だけ、自分の履き物に手をかける仕草をしてから、軽く首を横に振った。
「今のって?」
「……まぁ、その、故郷での習慣みたいなものだな。あまり気にするな」
「ふぅん」
いろんな習慣がある国があるものだな、と思いつつ、台所を見渡す。
母・クレールが作った、夕食用らしいスパイス入りトマトスープの良い匂いがかすかにしたが、目当てのものは見つからない。
「お茶とお菓子どこにあったかなぁ……。あ、ソウジロウはその辺の椅子に座っててちょうだい」
「わかった」
応えながらも、ソウジロウは台所を見回している。外国の家が珍しいのだろうか。
「うちはごく普通の家だと思うんだけど、珍しい?」
「珍しいといえば珍しいかな。実家は国の伝統的なつくりだったもので。下宿先でも厨房に足を踏み入れることはなかったしな」
「まぁ、うちはあちこち小さいからね」
「そうは言うが、調理用魔器らしいものが随分たくさんあるじゃないか」
「うーん、そうかなぁ。この辺の家ならどこでもそんな感じだよ?」
「そうなのか……さすがはアトランティスだな。かけらとは言え、魔法帝国の名残ということなんだろうか……」
と、その時。ようやく父母が帰宅したので、クロエがお茶とお茶菓子を探す必要はなくなった。
「紅茶をどうぞ。濃いめに淹れたアッサムだから、ミルクとお砂糖を多めにすると美味しいわよ」
「あ、ありがとうございます」
「こっちはお茶菓子のレーズンクッキーよ。ソウジロウ君はレーズン食べられるかしら?」
「大丈夫です」
「よかったわ、レーズンは苦手って子も多いから」
ことり、と母クレールがテーブルに置いたのは、いつもはお客様用にしている青い花模様のティーセット。今までクロエの友達には普段使い用ものしか使ったことがないのに。どうやら、母はソウジロウがかなり気に入ったようだ。
「ねぇー、母さん。私の分のクッキーは?」
「はいはい。こっちがクロエの分よ。あまり食べ過ぎないようにね」
「やったぁ」
クロエは小さく手を叩いてから、クッキーの皿を受け取った。
「まったく、我が娘ながら食い意地が張ってるんだから。あんまり食べるとまた太るわよぅ?」
「ふ、太ってるんじゃなくて、その、これは、成長だもの、仕方ないじゃない」
「あら、まだ身長伸びる気なのかしらこの子。ねぇ、ソウジロウ君、きっとこの子のドレス作りは楽じゃないと思うわ。すぐにあちこちにょきにょき伸びちゃうんだもの」
からかうようなクレールの言葉に、ソウジロウは生真面目にも返事をした。
「むしろその方が、勉強になりますから」
「ソウジロウ……そういうのはちゃんと答えなくていいの」
「いいのか?」
「そうなの!」
「ふふ、ソウジロウ君ってば真面目なのねぇ」
母はにこにこと笑って「それじゃ、あとは二人で」と言い残し、さっさと台所から立ち去ってしまった。
ソウジロウはお茶のマナーも堂に入ったものだった。クッキーをかじる姿さえも美しい。外国人ということで、変なお茶の飲み方をされたらどうしよう、と密かに思っていたのだが、そんな心配はいらなかったようだ。
「お国からはずっと船で来たの?」
「合衆国まで船旅だった。そこから列車を使って横断して、そこからまた船でアトランティスまで来たんだ」
「船かぁ。外国まで行く船ってなるとすごく大きいんだよね」
「まぁ、そうだな。俺の乗った船は南の島々にも寄港して、それから合衆国へ向かうものだったから、船旅も長くて。そのせいで髪がこんなに伸びてしまった」
と、ソウジロウは首の後ろでくくった黒髪をつまんで、クロエに見せてくれる。
艶があってなめらかそうで、綺麗な髪だ。きっと手入れも怠っていないのだろう。髪紐は模様入りの硝子玉が編み込まれた赤い紐で、いかにも異国情緒を感じられる品物だ。
「私は男の人の髪型のことはよく知らないけど、ソウジロウには似合うと思うよ」
「……ありがとう。実は自分でも少し気に入ってるんだ」
頬を僅かに赤く染めるソウジロウは、可愛らしい。男でも美人というのは羨ましいと、クロエは心の片隅で思った。
こんな綺麗なパートナーがいることはちょっと誇らしくもある。
アルストロメリア学園で教師や生徒が思い描く理想のペアというのは、ひとそれぞれではある。あるものは恋人同士かそれに近い関係になるべきだというし、あるものはあくまで学業上の関係が望ましいともいう。それこそ、ペアによりけりだと唱えるものもいる。
クロエ個人としては、パートナーというのはなるべく親しくすべきものである、と思っている。そのほうが学生生活がスムーズなのもあるし、なによりいがみあっているよりは楽しいはずだ。
「へぇ、合衆国に叔父様が住んでいるのね」
「一族からは変わり者扱いの叔父なんだが、気のいい人でね。入学試験まで滞在させてもらってたんだ」
二杯目の紅茶を飲みながら、ソウジロウの話を聞く。アトランティス島からほとんど出たことのないクロエにとって、彼の話は興味深いことだらけだ。
「入学試験……」
「あぁ、クロエも受けたんだろう? 入学試験」
ソウジロウがまばたきを三回ほどしてから、こちらを見つめてきた。
「私、アルストロメリア学園の入学試験受けてないよ。通ってた中等学校から推薦を受けて入ったから。適性検査だけは受けたけどね」
「そういうのもあるのか……地元、恐るべし……」
「といっても、私の通ってた学校からは二人だけしか推薦なかったけどね。私と、もう一人だけだね」
「……厳しいのはどこも一緒なのか、アルストロメリア学園恐るべし……だな」
「そりゃそうだよ、アルストロメリア学園の制服はこの島の子みーんなの憧れの的なんだもの」
そう言って、クロエは制服のスカートをつまんでひらりと広げてみせた。
「俺たちの席次は第七位だ。ということは、クロエは少なくとも四つ、あるいは五つの魔法系統が使えるんだな? アルストロメリア学園の席次十位以上の魔女志望生の条件は、四つの系統の才があることだったからな」
「うん。私は火精、風精、肉体強化に、魔器召喚の四つだよ」
魔女は少なくとも一つ、最高で五つの魔法系統を扱う才を持つ。魔法を使うには、その系統の才があり、同じ系統の
例えば――火精の魔法が使いたいのなら、火精系統の才を持つ魔女が火精魔法用に作られた
「四つか。それもその系統なら……状況に合わせて変えていくのが良さそうだな」
人間の身で着けられる
まず下着。それから衣服。あとは帽子だったりかばんだったり日傘だったりショールだったりの小物類となる。
「ふむ……それなら火精魔法はドレスに持ってくるべきか、そして魔器召喚を小物類で……いや、だが、風精魔法もなかなかに……」
ドレスのことを考えはじめてしまったソウジロウに、温かい紅茶のおかわりを淹れるべく、クロエはそっと席を立った。
彼は、ドレスに対して真剣に向き合っている。
ならクロエも、真剣に向き合わないといけないだろう。これまで以上に。
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