彼女の家族




「ほんと、凄かったねぇ。上級生たちの『魔女の戦い』!」

「あぁ……そうだな」

「ピンクのローブ・ア・ラ・フランセーズの先輩の文字通り超火力の魔法連射も凄かったし!」

「紫のバッスル・ドレスの先輩がそれらを魔法で強化した体術と、無駄なく魔力を使った防御とで、捌く様は本当に見事としか言えないな」


 新学生たちは先ほどの『魔女の戦い』の感想を語り合いながら、興奮冷め去らぬ様子で闘技場を後にする。

 もちろん、クロエとそのパートナーであるソウジロウもその中の一組であった。


 入学式はこれで終わり。

 新入学生たちは闘技場で解散、今日はもう帰宅していいことになっている。

 だが、クロエはなんとなくソウジロウと別れ難く、校門までの道のりを歩きながら彼に話しかけ続けていた。


「ねぇ、ソウジロウは留学生だから多分下宿よね」

「あぁ。一人暮らしが良かったのだが、それは家のものに却下されてな。男子留学生たちを専門に受け入れている下宿に世話になっているんだ」

「それ、どのあたりにあるの?」

「学校から山手に少し行ったところだが」

「ねぇねぇ、そこに遊びに行ってもいい?」

「駄目に決まっているだろう。男子ばかりなんだぞ」


 つんと澄ました態度ではあるが、ソウジロウはちゃんとクロエの問いに応えてくれて、会話はとりあえず成立している。

「ねぇねぇねぇねぇ、ソウジロウ」

「今度は一体何だ、クロエ」

「あっちにうちの親たち見つけたから、せっかくだし挨拶していってよ」

「は? 親に挨拶って、お前」


 ソウジロウは目を丸くした。クロエは彼の返事を聞かずに、そのグレーのスーツに包まれた腕を引っ張って、小さく手を振る両親がいる校門前まで連れて行く。



「ちょ……待て! せっかくの新しい制服の袖をさっそく破ってくれる気か!」

「あ、ごめん……」

「パートナーの女子に入学初日から制服を台無しにされるとか、どんな男なんだ俺は」

 クロエが袖を離すと、ソウジロウはぼやきながらも制服を軽く整え、クロエの両親に向き直った。


「……っと……申し訳ありません、こんなところをお見せして。自分は、ソウジロウ・ヒノ。お嬢さんにはこの学園での三年間お世話になることと思います。何かとご迷惑をおかけすることも多いでしょうが……」


 と、ソウジロウのきっちりした挨拶は、弾けるような笑い声によって遮られた。

「うふふふふ、初めまして! こんな可愛い子がうちのクロエのパートナーだなんて嬉しいわ!」

 クロエの母は、少し、いやかなりはしゃぎ気味に早口に話す。サイズがぴったりの手袋に覆われた手のひらは、自身の両頬に当てられている。

 母、クレールはいくつになっても夢見る乙女のような仕草の似合う、かわいらしいという言葉がぴったりの女性なのだ。


「落ち着かないか、クレール。……あぁ、すまないねソウジロウ君。娘と妻が失礼した。僕はクロエの父でアルバンというんだ。よろしく」

 母とは反対に、ゆっくりとした声で隣の男も自己紹介をする。

 父・アルバンは、黒縁眼鏡の奥の瞳は静かで知性的でありながら、体格はがっしりとして堂々としたものだ。


「えぇと、よろしくお願いします……。クロエ嬢は、お二人によく似ておいでなのですね」

「あらあら、ソウジロウ君もやっぱりそう思う?」

「はは、よく言われるんだよ」

「むぅ……そんなに似てるのかな……?」


 実際、ノイライ一家を見た人たちはだいたいそう言うのだ。

 あそこの娘のクロエは両親によく似たと。

 母譲りの薄緑色の髪と緑色の瞳。

 父譲りの高めの身長に、すらりと長い足。

 顔立ちもご両親それぞれのいいところをうまく貰いましたね、と言われることが多い。猫のような瞳の形やつんとした顎は母親からで、すうっと高く整った鼻やくっきりとした眉は父親からだ。


 娘であるクロエとしては、少し複雑な思いである。両親のことは嫌いではない。むしろ大好きなのだが、自分の容姿が自分だけのものではないということが、なんだかもやもやすることもある年頃なのだった。


「ソウジロウ君は、小柄で細身だけど、いい筋肉がついているね。その手のひらも、どうも針仕事だけで作られたものじゃないようだ。なにかスポーツか、あるいは……武術なんかをやっていたのかい?」


 クロエの父の言葉に、ソウジロウは大きな瞳でぱちぱちと、音が出るのではないかというほどにはっきりと瞬きを数度してから応えた。

「……故郷では、剣術をたしなんでいました。他の武道もある程度。……でも、どうしてそんなことがわかったのですか」

 すると、父は穏やかに微笑みながら種明かしをする。

「僕はこの街で仕立屋をやっているんだよ。元はここの卒業生でね、今は魔女の客もいるし、魔女じゃない客もそれなりにいるんだ。筋肉のつき方である程度なら相手がどんな人間なのかわかるんだよ」

「ということはあなたは、アルストロメリア学園を卒業した仕立て師なのですか?」

 尊敬の念がこもったきらきらした大きな黒い瞳が、父を見上げている。

 アルバンは、こくりと力強く頷いて肯定した。


「あと、ひとつ言わせてくれ。君の身につけた剣術は、たしなみの程度なんかじゃ決して無いだろうに。謙遜するのは、そちらの国民性なのかい?」

 ソウジロウの瞳と眉が少しだけ歪み、困惑の表情を浮かべている。それからちらりと己の手ひらを見て、アルバンに向き直った。

「……その……物心ついたときから剣を握っていましたが、自分が剣の道においては若輩であることは確かなので、先程はあのように言わせていただきました。剣術の師匠にも、己の腕をむやみにひけらかすな、とも言われておりますし。ですが、それでそちらの気を悪くしたなら、謝罪いたします」


「いや、すまない。意地悪を言ってしまったようだ。僕は君がそんなに困った顔をするとは思っていなかったんだよ、その」

 まっすぐに、ソウジロウの神秘的な黒い瞳に見つめられて、逆に父が困っているようだった。

「あらあら、珍しく困っているのねあなた。まぁつまりね、夫はこう言いたいのよ。『君の剣術で、娘のクロエを守ってやってほしい。この娘は誰に似たのか、やっかいごとに首を突っ込みたがる性格だから』ってね!」

「クレール!」


 君はどうしていつも。あらあら本当のことじゃないの。だからといって。素直になればいいのに。言葉はもう少し選ぶべきだよ。それじゃあ通じないかもしれないじゃない。……! ……! ……!


 アルストロメリア学園の敷地内だというのに、仲良く夫婦喧嘩を始めてしまう両親。

 そんな彼らのことは嫌いではないが、娘のクロエとしては今だけ他人のフリをしたくもなる。

「ソウジロウ、ごめんね。なんかうちの親が」

「いや……えぇっと、クロエのとこは、家族仲がいいんだな」

「無理にフォローしなくてもいいよ」

「それにしても、クロエの父君がここの卒業生で、しかもアトランティス島に店を構える仕立て師だったとは。とても羨ましい環境だな」

 心底羨ましそうに、そう呟くソウジロウ。

 その姿を見て、クロエは良いことを思いついた。



「そうだ、ソウジロウ。今から私の家においでよ!」




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