はじめての授業



 はらり…………と、赤い木の葉が舞い落ちた。


 それを見て、蒼司郎は今が秋であることを実感する。

 蒼司郎の生まれた皇御国すめらみくにでは入学の季節といえば、桜舞う春の季節だった。なのでどうにも西洋の、入学式は秋というやり方は違和感を感じてしまう。



 高い校門をくぐると、高い塔がいくつもある古城のような建物――アルストロメリア学園の校舎が見える。

 今日から、この学園での学びの日々が始まるのだ。



 そのとき、足下で白いボールのようなものが転がっていった。と思ったら白い猫だった。

 近所で飼われている猫だろうか。しかし、ところどころ汚れているようにも見えたので、野良猫なのかもしれない。


 紅葉しはじめた楓の並木道を蒼司郎が歩いていると、見覚えのある薄緑の髪の女子生徒が別の道からこちらに向かって駆けてきた。

 あんな珍しい髪の色の生徒がそうそういるとは思えない。蒼司郎のパートナーであるクロエ・ノイライに違いないだろう。


「ソウジロウ、おはよう!」

「あぁ、おはよう、クロエ」

 彼女は走ってきたにも関わらず、息を切らせていない。かなり体力があるようだ。

「ねぇ、せっかくだし一緒に教室まで行きましょ。今日の最初の授業は合同授業だったし」

「……まぁ、構わないが」


「あら、もう仲良しなのね。一年生なのに」

「そうね、可愛い子達が仲良くしているのは素敵ね」

 ……女子生徒が二人、こちらを微笑ましく見ながら追い越していった。

 制服に紺色の肩リボンは三年生だ。片方はマントがついた魔女科の制服、もう片方は短い白エプロンがついた仕立て科の制服。彼女たちはおそらくペア同士なのだろう。


「……なぁクロエ、やっぱり別々に」

「だめ、私たちはペアなんだから仲良しするの、そういうものでしょ?」

「……仕方ないな」

 皇御国では『男女七歳にして席を同じうせず』を叩き込まれてきた蒼司郎にとって、少し恥ずかしい思いをしながらの登校となった。




「お前ら早く席に着くように……って言っても、とっくに席に着いている生徒しかいないようだな。感心感心」

「あら、最初の授業なんだもの。このぐらい出来なきゃ、ね?」

 作業スペースも設けられた教室に、男性教師と女性教師が一人ずつ入ってきた。ちなみにこの教室の生徒達は、ベルがなる直前ぐらいには既に全員席についている。


 男性教師が大きな黒板になにやら文字を書く。が、蒼司郎にはさっぱり読めない言語だ。おそらくは……名前なのだろうな、ということはわかった。

「じゃあ、自己紹介からだな。俺はイジャード・シハーヴ。この教室にいる仕立て科の生徒の担当指導教官だ。何か授業でわからないこと、学園生活で困ったこと、その他にも相談があれば俺のところに来ればいい」

 皇御国の多くの学校と違い、この学園には『自分の組の教室』が無ければ『担任の教師』というのもいない。その代わりに、担当指導教官という存在が居て、学園生活における相談などに乗ってくれるようになっている、らしい。

 イジャードは三十代半ばぐらいの、彫りの深い顔立ちの男だ。浅黒い肌と、短い黒髪と短く整えられたひげ。それに金色に見える瞳がエキゾチックだった。


 そして、今度は女性教師がイジャードの名前の隣に名前を書く。今度は英語だったので蒼司郎にも読み取れた。

「ふふ、マグノリア・レイよ。この教室に居る魔女科の皆さんの担当指導教官に選ばれました。仲良くなりましょうね。遠慮無く相談に来てちょうだいな」

 ……どちらかというと、男子生徒の方が彼女と仲良くなりたいと思っているかもしれない。マグノリアは薄紫色のふんわりした髪と、ぱっちりした澄んだ青い瞳を持つ華やかな美人だ。三十歳は過ぎているようだが、こういう色っぽい年上女性に憧れる生徒も多いのだろう。


「それじゃ、さっそく授業をはじめましょうか。皆さんテキストを開いてね」

 ちらりと隣を見ると、クロエは蒼司郎とは別のテキストを開いていた。魔女科と仕立て科では同じ授業でもテキストが違うようだ。



「――ドレスのサイズが合わないと、さまざまな弊害がある。特に、激しく動く場合……『魔女の戦い』等で着用するドレスは、魔女の体にきちんと合ったものでなければ、本来の力が出せないことだろう。まぁ、そのぐらいは諸君らもよく理解していることだろうが」

「そうでなくても、自分の体に合ったドレスというものは動きやすくて、気持ちまで変わってくるものですからねぇ」


 イジャードが黒板に簡単な人物の絵を描いていく。

「採寸すべき箇所は、胸回りに胴回り腰回り、それに胴から腰までの距離である腰丈。後ろ首から胴までの距離である背丈。それに袖丈と股上。これらが最低限採寸すべき箇所となる。このほかにも手首周りや肩幅なども測ることもあるな」

 人物の絵に、採寸すべき箇所として横線や縦線がどんどん引かれていく。

「でもねぇ、採寸の時間が長いっていうのはちょっとした負担なの。何カ所も測られていると嫌になってくることもあるわ。そのあたりを仕立て科の皆さんは、ちゃんと気を遣ってあげて欲しいわね」

「というわけでだ」

 イシャードが妙に神妙な面持ちで手にしていたテキストを、ぱたんと閉じた。


「今から、仕立て科の生徒はパートナーの採寸をするように」


 魔女科の女子生徒たちが、不服そうなうめき声をあげる。

 そのほとんどは、男子生徒をペアに持つらしい女子生徒だった。


 ……まぁ、わからなくもない。

 蒼司郎だって自分がうら若き女子だったら、下着かそれに近い姿で同年代の異性に体のあちこちのサイズを測られるというのは……ちょっと嫌だな、と思わないこともない。


 ちら、とクロエを見てみる。

 ……不満ぐらい顔に出ていそうなものだが、彼女は平然としたものだった。

 こちらの視線に気づくと「よろしくね」と微笑んでさえ見せた。

「……平気なんだな」

「うん、普段からお父さんに服を作ってもらってるから、採寸は慣れてると思うよ」

「なるほど」

 向こうが平気だというなら、こちらが変にどきまぎしてみせるだけおかしいだろう。



 とはいえ、クロエのように採寸に慣れている者ばかりではないようだった。

 照れているのかなんなのか、採寸が終わると顔を真っ赤にしてそむけあっているペアもいたし、魔女科の女子がパートナーを恨みがましくじっと睨みつけているペアもいた。


「では次は……ソウジロウ・ヒノとクロエ・ノイライね、いらっしゃい」

「はい」

 マグノリアに呼ばれ、カーテンで仕切られたスペースに向かうクロエ。

「はい、今行きます」

 ソウジロウは小さいノートや筆記具、巻き尺などを持って彼女の後を追いかけた。



「それじゃあ、次は袖丈測るぞ」

「わかった」

 蒼司郎がそう言うと、クロエは測りやすいように腕を少し曲げてくれた。本当に採寸に慣れているようで、やりやすい。

 むき出しの肩から、手首の小指側の骨のところまで巻き尺をあてて、袖丈を測る。

 クロエは白く薄い下着シュミーズ姿。衣服がない状態だと、彼女はさらに手足が長くすらりとして見える。細いのではなく、胸回りはかなり豊か。ひとことで言えば、ドレスの似合う美しい体型。

「次は背丈はかるから、後ろに回るぞ」

「うん、お願いね」



 はじめての採寸が終わって、仕切りカーテンをめくりながら彼女は呟く。

「どんなドレスが出来るのか、楽しみにしてるよ」

「最初は、テキストの手本通りに作るんだぞ」

「それでも、楽しみだよ。ソウジロウの作るドレス」


 そう言って、クロエ・ノイライはにっこり笑った。





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