第8話

靴箱の上には無造作に置かれた鍵がある。2つの鍵が安っぽい銀のリングで繋がっている。アパートの鍵と車の鍵のようだ。

右手でそれを掴むと、くたびれたスニーカーに足を突っ込みドアを開けた。

すると、逆光で眩しかったが目の前に人がいた。「あらっ?山城さんこんにちは!あらあら?どげんしたと?そのお子さん?親戚の方?」50歳ぐらいだろうか?年配の恰幅の良いおばちゃんがいた。小奇麗にしているが記憶にはない。スーパーかコンビニのパートに良くいそうな感じの人だ。

「あ、はい妹の子で、しばらく預かるように頼まれて…」とっさにそんな言葉が口から出る。

「へぇーかわいかねぇ。男の子?おいくつ?お名前は?」

「あ、はいそうです。2歳です。ヒロトです。広いに北斗七星の斗です。」

「うわぁニコニコしちょる。本当にかわいかねぇ。2歳ならまだおむつ?まだ寒いからちゃんとまめに交換しなきゃ風邪引いちゃうからね。気をつけんばよ。」

「はい。ありがとうございます。」

「あの…郵便局どこでしたっけ?」

「え?あなた越してきて1年も経ったのにどげんしたと?そこの坂をまっすぐ下って突き当たりを右折!車で道なりに走って5分ぐらいで、左手!」

そう言いながら右手にある白い軽自動車をちら見する。どうやら俺の車のようだ。

「すいません。ちょっとばたばたしててボケちゃったみたいです。」

「大丈夫と?お子さん預かってるのならしっかりせんば!なんかあったら相談せんね!これでも3人の子供育て上げたけんね!」

そう言いつつ隣のドアを開け入っていく。どうやら隣人のようだがやはり記憶にない。

「はい、お願いします」

「あーなんか関東の人と話すとイライラしてこっちまで変なしゃべり方になるわ。」笑いながら部屋の中に入っていった。

表札には「細渕」と書いてある。「全然細くないじゃん。」と突っ込みたくなった。このアパートに1人暮らしなのだろうか?部屋の間取りからすると家族と同居とは思えない。離婚かな?そんなことが頭を掠めたが今はそれどころではない。とりあえず郵便局に行かなければ、そして買い物もだ。

「ブーブー」広斗がさきほどの白い車を指さしている。うん!悪い名前じゃない。とりあえず名前は広斗ということにしておこう。

車に近づきリモコンキーを押すと車のロックが開いた。

やはりこれは自分の車で間違いないようだ。

車の中はすっきりしているがチャイルドシートなど子供を感じさせるものはなにもない。

安物でいいから買わないと、警察に止められたらやばいな。

広斗を助手席に乗せるとなんとかシートベルトだけつけて取り繕った。

後部座席にナップサックを放り投げるとエンジンをかける。

うん、車の運転は覚えている。脳の記憶というより体が覚えているのだろう。

いずれにせよあまり時間がない。郵便局へ急がねば。教えられた道を反芻しながら車を発進させた。


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