弐拾壱の舞 月花

 犯人の確保以来、自警団は犯人の根拠地の調査や聴取など、後処理に追われていた。それも直に終わりを迎え、そこで事件は完全に終了したと自警団では扱われる。


 その事件の前線と思しき所まで行き、事件解決に貢献したとも言える相良と木堂だったが、捜査状況を無視した勝手な行動と判断されて罰を受けていた。とはいえ、やはり確保の功績が大きかった為にそれほど大きな罰は受けなかった。しいて言えば、一度昼食が抜かれたぐらい。

 それからは実際の現場の状況を知っているだろうという事で事件の情報を記録する役回りになっていた。


 自警団の拠点の中の一部屋、今迄の捜査資料を保管している部屋で相良と木堂は資料を作成、纏めていた。


「しっかし、面倒臭えー」


「文句を言うな。結果的にそうなったことだとしても、勝手に動いた報いだとでも思え」


 相良はそう言いながら、墨を付けた筆で事件内容を記入していく。

 自らの手で犯人を確保した二人だが、二人は自分たちの力で解決したのではなく、既に誰かが事件を終息へと向かわせていたのだと解釈していた。そしてその誰かに二人は(特に相良は)心当たりがあった。


「本当に奴が解決したのかねえ?」


「だと俺は思う。現に俺はその直前に奴を目撃している」


「ほんと、最近の事件には必ずと言っていい程絡んでるな」


 確かに思い返してみると、町の中での小さないざこざでは現れないが、ならず者の件といい、先の誘拐犯のことといい、それなりに騒動となりつつあった事柄には手を出して静めた形跡が残っていた。まるで抑止力とでも言うかのように。


「一体何が目的なんだ…」


 相良がそう呟いた。それを聞いた木堂は何が可笑しかったのか少し吹き出したかと思うと、当たり前かのように答えた。


「目的も何も以前から分かってるじゃねえか。あいつは義賊だぞ。形はどうあれ俺たちと同じように正義の為に動いてるんだろ」


「………」


「おい、何とか言えよ」


「お前はどちらの味方なんだ」


「俺は自分が付きたい方の味方だ」


 木堂はそう言って笑っていた。随分と気が楽そうな生き方だな。

 それにしても正義か。今にして思えば奴も自分の正義の為に動いていたのかも知れないのか。人を護る為の正義の下結成された自警団、それに対して奴は己の持つ正義か。もしかしたら自警団が結成されなければ俺も自分の力だけを頼りにあのように動いていたのかもな。


「ふっ」


「どうした? 急に笑ったりして」


「なに、気にするな。少し考えを変えただけだ。

それよりこっちは終わったぞ。そっちはどうだ?」


「はっ!?早ぇよ!」


 木堂が相良の作業速度に驚いて自身も急ぎだしたのを尻目に、相良は自身が纏めた資料を収めていく。


 だがまぁ、お互いに正義で動いていようと、義賊も俺たちの対象であるのは変わりない。あの義賊とはこの先も幾度と出会うかもしれない。その時は遠慮なく追わせて貰おうか。


「おう、作業は順調か?」


 木堂の作業が終わるのを待っていると、突然部屋の襖が開いた。誰かと思うと自警団の長である杉田だった。投げ出さず進んでいるのか様子でも見に来たといったところだろう。


「お、相良はもう終わったのか?」


「はい。つい先程棚に並べたところです」


「そうか。相変わらず仕事が早いな。…で、木堂は焦ってるってか」


「おし、これでよし!」


 相良が杉田と話している間に木堂も書き終えたようだ。急いだ為に文章のあちらこちらの文字が雑になっているのはこの際放っておいてやろう。読めない訳ではないし、自警団の中ではまだまともな方だ。男の集まりだからなのか、後で読むことが想定される資料だろうと汚く書く奴など珍しくないからな。

 字で思い出したが、最近驚いたのはあの大斗がかなりまともな字を書いたことだ。達筆とまではいかないが割と読み易い字を書いた。あの見た目からは想像できないが。


 相良は木堂が書き終えた資料を代わりに棚に並べる。これでこの件は終了だ。


「それで、何か用だったんすか?」


「いや様子を見に来ただけだ。

それよりどうだ、仕事終えという事で酒でも呑むか?」


「良いっすね。俺この間肴に良さそうな干物貰ってまだ余ってるんすけどどうすか?」


「ほう。それはいい! 相良もどうだ?」


「すみません。今は気分ではないので遠慮させて頂きます」


 そう言って相良は二人より先に部屋から出て行った。今言った通り酒の気分ではないし、何故か今は無性に歩きたい気分だった。

 出て行った相良を見て、如何かしたのかと杉田が気になっていたが、木堂にも正直分からないことだろう。相良本人にも分からないのだから。


 部屋を出た相良がそのまま廊下を歩いていると、庭の方から賑やかな声が聞こえた。そういえば今日は訓練をすると言っていたな…


「お前ら!その程度の気合で戦いを制すことが出来ると思っているのか!!」


「「「すいません!!」」」


 …何やっているのだろうか、あいつらは。

 相良の視線の先では、大斗に叱られながら数人の自警団員たちが竹刀を振っている。相良が把握していた話では、杉田の意向で粗削りな大斗に剣術の基礎訓練を受けさせようという話だった。筈なのだが……どう見ても大斗が他の団員たちを扱いている。立場が逆転しているのだ。


「もっと力を込めて振れ!」


「「「は、はい!!」」」


 元からいる団員の方が教えられてどうする…。

 とはいえ、実戦では型に囚われた技よりも少し崩れた方が戦況を変えるかもしれない。これは良い機会なのかもしれないなと、相良は心の中で小さく思った。とは思っても自分はそこに加わる気は一切なく、そのまま廊下を通り去って行く。後ろからは模擬戦でも始めたのか、竹刀同士がぶつかり合うような音が響いていた。


 それから相良は目的もなく華乱の町を歩いていた。町の景色は先の事件を知らないかと感じられない程に制限なく子どもが走り回っていたり、ゆったりとした時間が流れている。事件が治まっていない時は子どもの数が今よりも少なかったのが嘘のようだ。


「そういえば、今日『煌々華』の方で芝居をやるらしいね」


 …芝居?


 歩いていると、道の端で集まっていた男女の会話が聞こえていた。その会話に 出ていた『煌々華』とは芸人一門の拠点の一つだ。そこに居る一門は芸人一門の中でも一風変わっていると噂で聞く。その拠点で本日この町では珍しい出し物があるらしい。


「芝居?なんだそりゃ?」


「どう言えばいいのかな…数人の人達が役を演じて一つの物を表現するって感じかな?」


「へぇ、そりゃまた珍しいこった。それにしてもあの屋敷にそんなことが出来る場所があったんだな」


「ねぇ、行ってみましょうよ」


「…そうだな。今日は暇だし行ってみっか」


 そう話を締めると、男女はその煌々華があると思われる方向へと歩いていった。

 それを終始見ていた相良の口からは「芝居か…」と小さく出た。


 ふと思い返してみたら、自警団に入ってからは常に気を張り詰めているようで、木堂とは違って本当の意味で娯楽に興じるということは無かった。自警団で宴会などはすることはあり、楽しくなかった訳では無かったのだが、それでも心の何処かで何かに警戒していた。

 今も作業を終えたと言うだけで別に休暇なわけではないし、治安を守る者に休んでいる暇は無いだろうとも思うが、今だけは少し息抜きをしよう。

 折角だ、噂の種に乗るのも一興というやつだ。


 そうして相良は町中に架かる木組みの橋を渡って宵の方へと向かう。宵の方も数度巡回をしたことのある相良だが、正直に言って存在は知っていても煌々華の詳細な位置は覚えていない。歩いていればそのうち見つかるだろうと思いながら歩いていると、其れらしい看板を出した建物に行き着いた。


「改めて見たが、変わった造りの建物だな」


 商店の割には大きく、宿舎としても違う、その建物こそが目的地である煌々華だ。ご丁寧なことに店先には看板と共に道順を示すかのような紙細工が置かれている。


 相良はそれに従って中へと入っていく。建物の中はそれほど汚れている箇所は無く、掃除が行き届いているのが分かる。


「こっちか…」


 案内用の紙細工に導かれるように廊下を進む。…その前に履物を脱ぐように指示があるので脱いで手に持った上で進む。先に数名は来ているであろうことは予測出来るが、先程の場所に履物が一切なかったのは指示に従った為か。

 そしてすぐに変わった戸の前へと着いた。


「此処だけ他とは違うな。これは…押せばいいのか?」


 近くにもあった指示に従い、戸に手を掛ける。すると立て付けが悪いとは違う重みを感じる音を立てて戸が動いた。

 その先には今迄見たことのある室とは違う空間があり、その場の彼方此方には既に客人と思われる者たちが座っていた。


「あ、お客さんですか、空いている席にどうぞ」


「…ああ」


 相良は近寄って来た案内役と思われる人物に誘導されるように近くの空いている箇所に腰を下ろした。

 周囲ではまだかまだかと待つ者が多い中、相良は先程自分を案内した人物を見ていた。相良はその人物に覚えがあった。


 向こうは特に気にした風は無かったが、あの者は先の事件で助け出された子どもたちの一人だ。どうしてこのような場所に居るんだ?よく見ると他にもそれらしい姿が二、三、見当たる。此処は子どもを雇うのか?

 …などと相良が少し考えていると、先程まで小声が聞こえていた周囲が突然静まり返った。どうやら舞台の上に誰かが現れたことで静かになったらしい。


「――皆さん、この度は私たち火花一門の新たな催しにお集まりくださり有難う御座います」


 舞台の端に立った鈴蘭が坦々と語り始める。それを御客たちは静かに聞きながらも、要所要所に軽い相槌を打っている。迷惑にならない程度に。


「それでは、これより演じますは――この地、花の都『華乱』の歴史を舞台にした群像劇です。ではご覧下さい」


 そう言って鈴蘭が次の準備の為に舞台袖へと捌けたことを合図に、迦具夜たちの始めての舞台の幕が上がった。









「あー、今日は意外と疲れたなぁ」


 初回の公演を終えた日の夜。迦具夜は一人で煌々華を抜け出して夜の町を散歩していた。


 初めての公演はそれなりに成功した。いや、想像以上かな。知人にも見せたいからと再演の予定を聞かれることがあったりしたし、演者観客どちらも楽しんでいた。子どもたちは特に楽しんでいたかな。台詞を忘れた部分は即興劇を入れたりしたのは傑作だったな。ある程度補正が効くところだったこともありながらも自然に喜劇に早変わりだよ。

 そういえば、舞台上から見えたけど、なんか部屋の後ろの方で自警団の見慣れた顔が居た気がするけど、気付いたら居なくなってたなぁ。今日はただお客として訪れただけだったようだ。それならよかった。


「っと、着いた着いた」


 今日の出来事を思い返しながらも歩いていた迦具夜はとある場所に辿り着いた。そこは迦具夜がまだ華乱に来て間もない頃にも辿り着いた町の奥、桜がいくつも植えてある場所だった。

 その桜は丁度良い時期なのか全てが見事に咲き誇っており、月夜ということもあって、幻想的な風景を作り出していた。


「――あれ?」


 ここで迦具夜は気付いたことがあった。舞い散る桜の花びらの中に座っているらしい一つの人影が見えた。それは次第に月明かりに照らされて姿を現していく。


「おや、花見かぃ?」


 そう言ったのは花火だった。

 そういえば、私たちが人員の大半が子どもだったこともあって、演劇を終えて陽が沈む前に労いを兼ねた打ち上げをしている時に、部外者だからと花火は何処かへ出かけて行った所を見た気がする。まさかこんなところに居たとは。何処かで酒瓶まで仕入れてきて。


「何をしているんですか?」


「見て分からんか?夜の花見も乙なものだ。夜闇に映えるは月花見とな」


 応えると花火は再び舞い散る花びらを見ながら杯を傾ける。既に酔っているのか機嫌は良さそうだ。

 迦具夜もとりあえず近くに座ることにした。すると花火は語り始めた。


「お前も此処の場所を知っているとはな」


「前に偶然見つけたもので」


「此処の桜は普通の桜とは種類が違ってな。咲く時期も違ければ、咲いても長くは持たない。だがその花弁は光を当てると七色に輝くとされている。今のようにな」


 確かに花火の言う通り、桜の花弁は月の光を浴びて淡くも七様の輝きを見せている。それと明かりの無い漆黒と空に浮かぶ月。それら全てがこの幻想的な空間を生み出している。普通の桜でもそれなりにはなるだろうが、ここまで幻想的とはいかないだろう。

 ちなみにこの場所にはどういう訳かあまり人が来ないらしい。この桜も元からあったのか誰が植えたのかすら分からないどころか、この場所を知っている人でも桜が変種であることを知らない人が多いとのこと。やけに咲くのが遅い桜と認識。


「今日の見世物だが――」


 景色に迦具夜が見惚れていると、花火が小さく零した。話題は迦具夜たちの演劇に変わったらしい。


「初めてにしては良かったのではないかぃ」


 それは冗談などではない素直な評価だった。


「私としても結構楽しかった。皆と何かをした達成感がこんなに良いものとは」


 迦具夜一人では決して成せなかっただろう。一門の皆や義賊として助けた子どもたちも加わったことであそこまで形になった。さらに言えば題材の為に町の人たちにも力を借りた。あれは迦具夜だけでなく、皆で作った物だと言える。


「そうか……だが、気を緩めるのは早いのではないか?まだ初日を終えただけだ。千秋楽はまだ先だぞ」


 それもそうだ。演劇は一度だけでは終わらない。見たいという客が居る限り、何度でも行うのが興行というものだと個人的に思っている。現に再演を希望した人も居たし、見たかったけど予定の都合上見れなかった人の居るはず。その為にあと何度かは演じる必要はある。


「そうだね。あ、どうせなら花火さんも出ます?」


「出たところで碌な事は出来んよ」


「そんなことないと思いますよ? 台本を知らなくても即興劇という道もありますから」


「ふっ……私を舞台に上げるのは高くつくよ」


「最近はお酒で釣れるじゃないですか」


 そんなこんなで話は続き、夜は更けていく。

 花火が今呑んでいた酒瓶が空になった頃、風に乗って声が聞こえた気がした。町の方見てみると、見慣れた人影たちがこちらへと向かって来ていた。


「あ、二人揃って居ました」


「……綺麗」


 鈴蘭や華に続き、その後ろには紫苑と薊の姿もあった。火花一門勢揃いである。どうして此処の場所が分かったのかについては、紫苑が案内してきたらしい。紫苑と薊の二人はこの場所のことや、時期になると花火が此処に来ていることを知ってたという。そりゃ分かるね。


「私たちも混ぜてください」


「折角ですので色々と持ってきました」


 持ってきたと言う紫苑の手には確かに何かの包みがある。花火が此処に居ることを知っているのなら考えられるのは酒の肴かな。

 鈴蘭たち四人も加わり、打ち上げの二次会とも言えるであろう花見宴会が始まった。



 少女はこの時間を噛み締めながら、新たな道を楽しんでいくことを誓ったのだった。天に輝く月がそんな少女たちを照らしていた。

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咲き乱れるは夜の華 永遠の中級者 @R0425-B1201

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