弐拾の舞

 斯々然々。


 少女が訪ねて来てから数日が経った。

 迦具夜の足もすっかり良くなり、監視されていたので好きに動けなかった分の時間で脚本もある程度は仕上がったという事で、早々に次の段階へと移っていた。


「やっぱり今のところ、小道具持ってた方が良かったかな?」


「そうですね、どちらかと言うと持っていた方が自然ではありましたね」


「そっか。…華、その辺りに置いている小道具持ってきて」


「うん…」


 迦具夜が舞台の端に向かってそう言うと、一人の少女が小物を手に持ってやって来た。その少女は勿論例の少女である。名前は華で通している。以前訪問してきた日から毎日やってくるようになっていたところ、四日目辺りで花火が何かしたらしく、その日の夜から正式に火花一門に身を寄せるようになっていた。正式になる前から出入りしていた影響で皆からは華として受け入れられている。

 華の一門内での立ち位置は新入りではあるが、どういう訳か迦具夜の付き人みたいなことになっていた。よく一緒にいた為か。


 そして現在、劇場の部屋で実際に舞台の上に立ち、色々と段取りを確認していた。一応演技の練習もしているのだが、なにせその手の分野が得意な者が居ないので正解が分からない。しいて言えば自然か不自然かぐらいしか見ていない。

 ちなみに道具は使えそうなものはある程度揃えてある。背景などの大道具は語り手を採用するので今回は無理には使わないことにし、その分小道具に回している。巷で購入してきたものや、個別で自作のものなど様々。(ただしとりあえず数を揃えてあるだけで全て使うとは限らない)


「ちわー、酒屋でーす」


「いつから酒を配達する仕事に就いたんですか千沙さん?」


 部屋の戸を開いて現れたのは千沙だった。その手にあるのはいつも通り番傘で、勿論酒は無い。今の発言は只の冗談である。

 千沙が此処に訪れたのは単なる偶然でも、ましてや冗談を言いに来ただけではない。彼女も今回の演劇の人員の一人なのである。彼女を呼んだのは単に人数が欲しかっただけではなく、歴史の内容的に色んな芸があった方が良いのでは?という事で呼んだのである。当の本人も断る理由も無く、楽しそうということで了承してくれている。

 同理由で紫苑も参加が決まっていたりする。頼みに行った時は何か言われるのではと思ったが、その心配も杞憂だったようで、あっさりと受けてくれた。

 薊にも頼みに行ってみたが、こちらは興味が無いと言って断られた。

 後、花火さんについてはお察し下さい。


「それで、私はどうすればいいの?」


「それじゃあ、試しに芸をしながら舞台袖から登場してみてくれません?」


「となると動きながらになるね。球はどうする?」


「そこは自分で安定する個数でお願いします」


 了解と言って千沙は舞台の端へ。観客の居るであろう場所からは見えないはずのところまで行くと、番傘を開いて早速回し始めた。手前から奥は意外と広めにあるので舞台の端と言えど、傘を広げてもまだ十分に嵩ばる心配はない。

 問題なく傘で球を回したまま此方へと進んでくる。もしものことを想定して華に隣を通ってもらっても、特に問題なく中央まで辿り着いた。これなら本番で舞台上がごたごたしていても大丈夫そうである。


「鈴蘭さんも練習した方が良いんじゃない?」


「…そうですね、自身が無いので練習します」


 迦具夜の手から巻物を受け取って鈴蘭は千沙とは反対の舞台端へと向かう。

 この演劇においての鈴蘭の役目は基本的に語りである。舞台背景の説明や進行を兼ねている重要な立場である。本人からは「そんな大事な仕事できません」と言われ、迦具夜がした方が良いのではと返されたが、迦具夜は結局は動いている方が合っているので、説得の末鈴蘭に任せることにした。

 ちなみに他の配役は、決まっていると言えば決まっているし、決まってないと言えば決まっていないという状態。鈴蘭も含めて全員がある程度役を兼ねていたりするのでよく分からない状態なのである。

 と言うのも、背景の為に名も無き役などが存在するからである。これは仕方がないことなのだ。大道具を使わないので代わりに人数で町などを表現しようとするとこうなるのである。少なくとも迦具夜の脚本では。この道で仕事している人ならもっと他に表現法があるのかもしれないが、迦具夜は結局のところ独学で進んでいるだけの素人なのだ。


 とはいえ、人員の件は割とどうにかなったものである。始めは人手で困っていたというのに人数で表現するという手が出来ているとは。世の中何があるか分からないものである。


「「「こんにちわー」」」


「あ、こんにちわ」


 再び入り口の扉が開かれ、姿を現したのは数人の子どもたちであった。勿論、この子ども達は例の件で助け出した子たちである。人数をどうするかと話していた時に提案され、華が集めてくれたのである。

 この子たちも迦具夜が自分たちを助けた義賊と知っているからかかなり協力的である。念のために確認したが、迦具夜が義賊であることは秘密にしておいてくれるらしい。有難い。


「さて、結構集まって来たし少しずつ合わせていくよ!皆配置について!」


 配置と言っても殆ど舞台袖だけど、と迦具夜が呟きながらも、皆は袖へ移動し、脚本を確認する。


「それじゃあ始めから行くよ。鈴蘭さん宜しく」


「あ、はい! それではこれより――――」


 鈴蘭さんの読み上げから始まり、迦具夜が舞台上に出る。自分で書いただけあって迦具夜は脚本の大体は覚えている。なのでそれに従って進めていく。演技力はこの際さておき、難なくこなしていく。内容が進むにつれて他の人員も舞台上に出たり、場面転換の為に交代で下がったりする。


 それから稽古は続く。少し前に戻って内容を調整してみたり、演技後に変更点などの意見を出し合ったりしながら、開始から数十分経った頃、またもや扉が開かれた。


「あら、随分と賑やかになりましたね」


 もう怒りを感じないのほほんとした表情で入って来たのは紫苑だ。これで一応決まっていた人員は全員揃ったことになる。

 紫苑の手には小袋が二つ掴まれている。差し入れというよりは遅れた詫びのつもりなのだろうか? 紫苑も用事があってのことだから気にしないでいいのに。


「皆さん、少し休憩にしませんか」


 紫苑がそう言うと真っ先に子ども達が喰いついていった。やはり子どもは協力するとは言っても稽古よりも食べ物の方がいいらしい。

 子どもが駆け寄ってくると紫苑は近くにあった台の上に小袋を置き、小袋の中から丸い何かを取り出して子ども達に配る。お饅頭らしい。

 迦具夜たちも持っていた小道具をその場に置くと、紫苑の下に行って饅頭を貰うことにした。


 貰った饅頭はもちもちとした生地の中に甘さを控えめにした餡子が入っていて、よくある基本系だからこその美味しさがあった。お茶が欲しい。紫苑なら一緒にお茶を持ってきそうなものだが、用意していないのは人数を把握していなかったからだろう。


「それにしても、よくこれだけの人が集まりましたね」


「それは…色々ありまして…」


 義賊の仕事どころか、まだあの件も知らないらしい紫苑に鈴蘭が誤魔化す。同じく事情を知らない千沙も加わってどう返したものかと困っていたが、当の迦具夜はその近くで静かに饅頭を食べていたりする。下手に加わってやらかす危険があるのでここは丸投げである。…別にこの二人なら知られてもいいかなとも思いはしたが結局は放置する迦具夜だった。


「さてと、それじゃあ練習再開するよー」


「「「おー!」」」


 そんなこんなで休憩を終え、紫苑を加えて再び稽古を始める。休憩を入れた為か入れる前よりは皆動きが良かった。そのまま稽古は日が沈む頃まで続き、それから解散となった。


 それからというもの、主に芸人業の関係上全員が揃うことは限られていたが、欠けていようと毎日のように練習が行われていた。

 そういった日が数日続き、演劇もそれなりに形になったということで、いよいよ披露する機会を決めて、それに向かって行動していた。


 晴れたある日、迦具夜と鈴蘭と華は町に出ていた。紫苑と千沙だけでなく数人の子どもたちも用事などで集まれないということで、この日は広報活動に出ているのであった。紙なんてないので勿論口伝で。


「――ということなので、宜しくお願いしまーす」


「お暇ならでいいので、お越しください」


「…お越しください」


 なんて、朝から言い回っている。

 それを聞いてくれた人たちは、全員が演劇というものを知っているわけではない様子だった。演劇自体、上流の娯楽なんて認識が少なからずあるらしく、芸人が集うこの町でもあまり広まってはいないようだ。…それなら何故、煌々華の改築前にはそれに関わる物件が存在したのだろうか。それを今更疑問に思っても答えは得られそうにないな。それよりも今は宣伝しよう。


「演劇か…これはまた珍しいな」


「うちでも初めての事なんです」


「へぇ。それでどんなことをするんだい?」


「えっと、この町の歴史を基にした話です」


「あ、そういえばその子が何か昔のことを聞いて回ってたわね」


 どうやら迦具夜が歴史を調べていたことが少しは広まっていたらしい。まぁ色んな人に訊いて回っていたのだから、それが一部の人の間で広まっていても変ではないか。噂は早いからね。

 興味を示して集まってくれていた人たちと別れ、迦具夜たちは次の場所へ。集まって訊いてくれた人はそれほど多くは無いが、すぐに広まることだろう。


 それからも世間話程度には宣伝を行っていると、迦具夜たちの眼にあるものが止まった。


「あ、この間の一件のことが書かれているようですね」


 それは最新――といっても数日経っている――の情報が書かれた張り紙。瓦版ではない正規の掲示物。


「何々、『秘密裏に動いていた自警団。連続子ども誘拐犯を確保!』…確かにこの間のらしいね。これで町の人も安心できるんじゃない?」


「でも、私たちを助けたのは――」


 渦中にいた子どもの一人である華が真相を口にしようとしたが、迦具夜が指を口に当てて公言を止める。

 別にこの結果は間違いではない。自警団も自警団で動いて、逃げていたらしい男を撃退しているし、犯人の後処理もしてくれた。ただ迦具夜に関することが抜けているだけ。別に目立とうとして行ったことではなく、正体を隠している迦具夜としては望ましい結果だ。


「ま、全て解決したのならいいんじゃない」


 そう笑いながら迦具夜はまた歩き出した。

 まだ言いたいことがあるのかもしれないが、華と鈴蘭はそれ以上その件に触れることは無く、迦具夜の後を歩いていった。


 宣伝に関してはその後も軽めではあるが続いた。皆物珍しさが勝つのか相手の興味がよく釣れた。それだけこの町では珍しいんだな。噂では知っているが実際に見るのは初めてという感じ。私もだけど。


「さて、大体回ったからそろそろ戻る?」


「あ、その前に寄って行きたいところがあるんですがいいですか?」


「ん? いや別にいいけど何処?」


 鈴蘭が寄って行きたい場所って何処だろうと気になりながら付いていくと、それは意外なことに鍛冶屋だった。いや、意外というのは間違いかな。最近、事あるごとに関わってる気がするからね。多分今回来たのもきっと…


「こんにちは」


「…嬢ちゃんたちか。今日は何の用だい」


 訪れた迦具夜たちを見た鍛冶屋の主人は、丁度休憩にしようとしていたのか、手入れをしていたのだろう刀を鞘に戻して傍らに置き、こちらを見た。お客優先ともとれる。


「先日は有難う御座いました」


 鈴蘭がそう言うと、主人は一瞬何のことか理解できなかったようだが、すぐに思い至ったようだ。


「別に構わんさ。まだ銘の無い刀だったが、恩人に届いたのだったらな」


 鈴蘭が言っていた通りのようだ。本当に礼としてあの刀を手放したらしい。

 なんて思っていると鈴蘭は別の所に喰いついたらしい。


「銘が無かったのですか?」


「ああ。いつもとは違う形に打ったからな、全く思い付かなくてな」


 確かに異質ではあるからね。短刀にしても分厚いし、包丁にとも言えないし。

 まぁ、刀の話はこれくらいでいいんじゃないかい?


「鈴蘭さん、宣伝」


「あ、そうでした」


「宣伝? 何のことだ」


 鈴蘭が思い出したのでここで軽く宣伝を。別に報告であって強要はしていません。興味があればの話なので。


「そうかい。……気が向いたらな」


「はい。それではこれで失礼します」


 さてそろそろ帰ろう、と軽めに言う迦具夜を誘導で三人は鍛冶屋を後にしていく。その光景を眺めていた主人はその姿にあるものを見つけた。


 迦具夜の腰元にちらりと見えた、夜のような配色の刀を。


「そうかい。そういうことかい」


 布の隙間から見えただけだが、この主人が見間違えるはずはない。

 主人はそれで最近の事の全てを察した。

 

 それから主人は、察しようと誰に言う訳でもなく、黙々と新たな刀を打ち始めたのだった。

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