拾捌の舞

「お疲れさま」


 久方ぶりといえど盛況だった宴は予定よりも早く終わりを迎え、煌々華に集っていた客たちはそれぞれ怪しい足取りで自分の家へと帰って行った。当初は日が変わるぐらいまでは続く予定だったのだが、皆思いの外酒が進んだことで酒がなくなり、自然とお開きとなったのだ。

 鈴蘭たちはそれぞれ客を出口まで送るとすぐに片付けに取り掛かる。そんな中でも花火は一人、空に浮かぶ月を見ながら余韻を楽しんでいるが。


「手伝って下さって有難う御座いました」


「あ、いえ。こういう時はお互い様ですから」


 結果的に最後まで付き合っていた千沙はそう返しているが、今でも紫苑に礼として頭を下げられている。

 迦具夜と変わるように途中から仕事を手伝っていた千沙は、気付くと迦具夜の居た時間よりも長く動いていた。迦具夜程早いとはいかなかったが、鈴蘭の補佐もあったのですんなりと仕事をこなしていた。


「後は私たちがしますので、貴女は休んでいてください」


 そう言って紫苑は宴会場となっていた部屋に戻っていった。仕事熱心だこと。

 千沙は言われた通りその場に座り込んで少し休むことにした。とはいえ、自分は此処の門下ではないが、他が忙しそうに動いている中で自分だけ休んでいると言うのはどうもむずがゆさに似た何かを感じる。

 そう思っても好意を無駄にするのもどうかと思うので千沙はそのまま休んでいた。


 片付けで一番忙しなく動いているのは鈴蘭だ。彼女は空いた皿や酒瓶を奥まで運んで行って、戻って来たかと思ったらすぐに次の物を持っては奥に運んでいる。何か急いでいるようにも見えるが気のせいだろうか?

 他の者は同じく運んだり、箒で部屋の掃除をしているが、やはり鈴蘭が一番忙しない気がする。

 運ぶ物も一応はなくなり、まだ先程運んだ物を洗う工程が残っているが、一度休ませる目的で千沙は鈴蘭に声をかけた。


「少し休んだら? 頑張るのは良いけど、あんまり体力無かったんじゃなかったっけ?」


「このくらいだったら大丈夫ですよ…」


 その言葉の割には結構疲れているようだ。

 見兼ねた千沙は鈴蘭を少々無理やり気味に休ませる。もうあれだけ動いたのだから少しぐらい休んでも罰は当たらないだろう。紫苑たちに比べれば年下なのだし。


「それにしても……時間も時間なんだから片付けはまた明日にすればいいんじゃないの?」


「いえ、掃除は早い方が何かといいんですよ?」


 確かに時間を置くと落ちにくい汚れとかはあるけど、ここでそれ程の汚れは無いと思うのだけど。お客は皆騒いでいた割には行儀が良かったから。うちだと誰かが吹っ飛ばされて余計な後片付けが発生することもあるというのに。


 とそんなことは置いておいて、やっぱりまた明日にしたらと言う千沙。だが鈴蘭は心配のお礼を言いながらも止める気は無いようだった。


「明日は明日で何があるか分からないので、出来る時にやっておくんです」


 そう言い残して鈴蘭は皿などを洗いに奥へと戻って行った。

 それからまた一人になり、再度眺めていたが、慣れた手付きであっという間に会場の掃除が完了していた。というより皿や酒瓶を運び出している間にも同時進行で掃除が行われていたようだ。何という連携であろうか。


 襖の陰からそんな様子を静かに傍観していると、部屋の端で月を見ていた一人の女性が立ち上がりこちらへと歩いてきた。あれは火花一門の主である竜胆その人だ。

 よく聞く噂では、確かな芸の技術を持っており、気まぐれに一門を開いた変わり者らしい。それでも芸に生きる者としては一度は会ってみたいという者も少なくない。そんな有名人が今目の前に居るわけだが、実際に見ると何と言えばいいのか分からないが、一言で言うならとても不思議な人だ。才能に溺れているような感じも無ければ、貪欲に何かに固執している様子も見受けられない。…手に持っている酒瓶はこの際気にしない。だからといって芸に飽きている様子もなく、その瞳からは強いものを感じる。

 竜胆はそんな千沙の視線を特に気にする風も無く、出際に一瞥したぐらいでそのまま奥へと歩いていった。本当にあの人はどういう人なのかが分からない。


 竜胆が奥へと向かってから少しすると、鈴蘭が戻って来た。何でも、後はしておくから休んでいいと言われたらしい。だけど、どう見ても休もうとしているようには見えなかった。


「こんな時間に何処かへ行くの?」


「あ、はい。少し心配なので」


「心配?――あ、ちょっと待って!?」


 鈴蘭がそそくさと出かけていくのを後ろから付いていくことにした千沙。何処に向かうのかは知らないが、どうせ千沙の帰り道と途中までは一緒だろうと思ってのことだ。


 鈴蘭は一緒に行くことについて特に反対することも無かった。心配という言葉が聞こえた気がしたのだが、ただ歩いているようにしか思えない。散歩なら今じゃなくとも…


「そういえばさ」


「はい?」


「結局途中に抜けてから戻ってこなかったけど何してるのあの子?」


 やはりと言うべきか、千沙が切り出したのは何処かへ行った迦具夜のことだった。その行方を知っている鈴蘭としては本人でもない自分がそれを言う訳にはいかないのでどう誤魔化そうかと困っていた。そもそも鈴蘭がこんな時間に出かけているのも迦具夜が心配だったからである。

 迦具夜は既に自室に居なかったので、計画通り合図を見つけて向かったのは分かった。だけど早めに終わらせるつもりで向かったはずの迦具夜は未だに戻ってはいないのだ。何かあったのではないかと思ってしまう。かといって自分が行って何が出来るだろうか…


「おーい、聞いてるの?」


「え、あ、はい!聞いてますよ!?」


「それ大抵聞いてない時に言う奴だよね……ま、いいや。それじゃあ私はこっちだから」


「あ、はい。おやすみなさい」


 答えは得られないなと結論付けて話を切り上げて別れる千沙に鈴蘭は別れを告げた――はずが千沙は背を向けたまま歩こうとはせず、閉じてある番傘を縦にくるくると回している。

 鈴蘭が頭を傾げていると千沙は背を向けたまま突然言った。


「何か悩んでるんだったらちゃんと言いなよ。何が出来るかは分からないけどきっと何かは出来るからさ」


 千沙はそれだけ言うとそのまま歩いて帰って行った。

 その場に一人残された鈴蘭は言われた言葉を頭の中で何度も考えていた。そしてあることを思い付くと明けの町の方へと走って行った。


 そして走ること数分。鈴蘭はとある建物の前に辿り着いた。そこは鈴蘭が何度も訪れたことがあり、迦具夜とも訪れたことのある鍛冶屋だった。鈴蘭は何か力になれることを考えてここのことを思い出したのだ。だが時間が時間な為に入り口は閉じられている。というのに、どういう訳か入り口の横にはここの主である男がもたれかかりながら空を見ていた。


「…何か予感がして立っていたが、まさかお嬢ちゃんとはな」


 男は鈴蘭に気付くと、特に驚くような様子は無く、まるで分かっていたかのように口を開いた。


「あの―」


「突然だが、一つ訊いていいかいお嬢ちゃん。お嬢ちゃんは以前、刀を盗り返した者が誰か知っているかい?」


 鈴蘭の声を掻き消すように男は問いを投げかけた。それは確信があるわけではなく、予感に基づくものなのだろう。その予感は間違ってはいない。あれを取り返したのは義賊として動いた迦具夜だ。だが、それをいう事は出来ない。

 鈴蘭が答えられずにいると、その沈黙を肯定と取ったのだろう、男はそれ以上訊くことは止め、自分の影に置いていたものを鈴蘭に向かって投げた。


「あ、や、――おじさん、これって」


「持っていきな。これも何かの偶然だしな。

それに、お嬢ちゃんに渡しておけばそのうちそいつの下にでも行きそうと思っただけさ」


 男は「早く行きな。理由は知らんが急いでいるんだろう」と続けた。鈴蘭は男に対して静かに頭を下げ、その場を後にした。

 鈴蘭を見送った後、男はそれから再び月を眺めていた。


 私は迦具夜さん程身軽ではないし、体力もありません。だけどこれぐらいなら力になれるはず。


 鍛冶屋から受け取った物を大事そうに抱えながら、当てもなく迦具夜の居場所を探す。迦具夜のことだから何か騒ぎになっているだろうと思い、静寂の夜の中で何か聞こえないかと探し回る。

 その時、迦具夜ではないが、鈴蘭と同じように誰かを探しているような人を見つけた。鈴蘭はその人物に見覚えがあった。以前会った自警団の木堂だ。こんな時間に何をしているのかと物陰に隠れて見ていると、どうやら何かを見つけたようで木堂は導かれるように何処かへと向かって行く。もしかしたらと思い、鈴蘭もその後を追っていく。


 そして追っていくこと少し、歩いていた木堂は突然走り出し、進行方向に居た男に向かって跳び蹴りをした。何とも綺麗な動きであっただろうか。その蹴りは無駄に洗練されており、それでいて無駄と感じさせる動き。そこまでする必要は無かったのではと。

 そんなことをて思わせる蹴りを見た後に、こうしている場合ではないと思い直して木堂を見ると、木堂は相良と合流を果たしていた。どうやら相良を探してここまで来たらしい。


「――よく印の意図に――」


「――確かに始めは子どもの遊びの後とでも思ったが、それだととっくに消えてる――」


 二人は雑談をしている近くでは、先程の跳び蹴りを受けたらしい男がのびている。そのさらに後ろには明けの町並みに浮いているような場所があった。微かだけど中から明かりが漏れているのが確認できる。


「もしかして此処に…」


 さらに辺りを確認すると、自警団の二人から少し離れているところに入口があるのが見えた。

 鈴蘭は目的地が此処であると考えて、物陰を使って、自警団の二人が気付かない内に中へと入っていこうとする。悟られないように出来る限り音を出さないように気を付けながら近づいていく。そして気付かれることなく何とか潜入に成功したようだ。


 鈴蘭は中を進んでいく。

 するとすぐに、子どもが地面から生えている植物に隠れながら集まっているところを見つけた。恐らくあれが例の子どもたちなのだろう。その子ども達が逃げているという事は迦具夜が遂げたということになる。

 その子ども達は周りを気にしながらも出口に向かって歩いてきており、一人がこちらに気付くと皆がこちらに対して身構えた。


「あ、大丈夫ですから!何もしませんから!」


 子どもたちは明らかに怪しんでいたが、必死に言うと何とか警戒を解いてくれた。

 それよりも迦具夜が心配になり、子ども達に出口の方向を伝えてから先を進む。


――――!


―――――!


 何かが崩れるような音が鳴り響く。その後には短く金属音のようなものも聞こえた。

 鈴蘭は急いだ。そして視界に飛び込んできたのは地面に伏した男の姿だった。その男は寝ていると言うよりは気絶しているようだった。見た目や近くに落ちているものからして犯人の一人だったのだろうか。天誅ですね。


 その男から視線を外し、周囲を探すと丁度その近くでまた擦れるような音が聞こえた。そちらに目を向けると何かが動いた。

 鈴蘭は急いで駆け寄って動いたものを確認する。それは普段と違う義賊用であろう装束に身を包んだ迦具夜だった。対峙している相手は刀を振り回している危ない男だった。


「――迦具夜さーん!」


 迦具夜が一瞬こちらを向いた時に鈴蘭は声を振り絞り、叫んだ。

 それが耳に届いているかは分からないが鈴蘭は手に持っていた物を思い切り投げた。今の迦具夜の助けになる為に。





 受け取ったそれは黒い鞘に入った短刀だった。

 今も振り下ろされる刀を迦具夜はその短刀を引き抜いて受け止める。


「――これって…」


 引き抜かれたそれは受け止めている相手の刃よりも分厚い刃を持っており、刀にしては短いだけでなくその形も異様に感じられた。分厚いからそう思うのか、この刀は"斬る"というよりも"割る"という言葉が似合いそうではある。まぁどちらにしろ――


 男は一度距離を取り、再び構え直して突進する。

 下からの切り上げを敢えて接近して回転するように躱す。すると二撃目の切り下げが来る。狙いを定めて振り下ろされるそれに、迦具夜は回転の遠心力を利用して自身の刃を接近する刀の側面に叩き付ける。


――相手を無力化出来るのならどちらでもいいのだけどね。


 甲高い音を立てて相手の刃が砕け、鉄の破片が花火のように散る。


「なっ!?」


 砕かれたことに相手が怯んだ隙に、未だ残る回転の勢いのままに相手の腹部を思い切り突く。遠慮は無い。


「かはっ――」


 そうして男は気絶した。凭れかかるように倒れてきたのでその辺で転がしておく。

 恐らくこれでこの件は終わったのだろう。おっと、まだ子ども達が残っていたか。けどその前に休ませてほしい。少し足も痛むことだし。


 迦具夜はその場で座り込み、手にしている短刀を改めて見た。

 普通よりも分厚く短くもしっかりとした刀身、月を彷彿とさせる丸い金の鍔、夜を思わせる黒の柄。結構な変わり物だけど、製作者の高い技術を感じさせる。ふと思ったが、もしかするとこれがあの時の鍛冶屋さんが新たに作っていた刀なのだろうか。


「迦具夜さん!」


 そう言って短刀を投げ渡した人物が駆け寄って来ては抱きしめられた。短刀を投げてからずっと見守られていたらしい。

 言いたいことはあるが、この短刀のおかげな部分もあるので、今更どうして此処に居るかと問うのは無粋だろう。それは問わないけど…


「…お店の方はどうしたの?」


 事が終わってもう顔を隠す必要は無いだろうと顔を覆う布を取りながら迦具夜は訊いた。するとお店は予定よりも早めに終わったらしく、後片付けも大凡終わっているとのこと。それで私を探してここまで来たと。


「そういえば、他の子どもたちは?」


 あの少女を含む数人なら後ろで隠れているが、あれで全員ではなかったはず。


「もしかすると先程会った子たちでしょうか? それなら今頃外にいた自警団の方達に保護されていると思いますよ」


「そう。それなら……ん?」


 え、もうすぐそこまで自警団が来てるの!? 何で!?


 今回は子どもの奪還だけを目的としていて、急ぎで行った為に悪党を黙らせた後のことはその時にでも考えようと後回しにしていた。だから以前のように自警団に情報を流して此処に誘導したりはしていない。

 だというのに、既に近くまで来ていると鈴蘭は言う。この男たちの処理を任せられるのは良いのだが、このまま居て見つかったら面倒事にしかならない。


 救出という目的は達している訳だから、早いところ此処からお暇しようかと再び立ち上がると、まだ残っていた少女たちにまた抱き着かれた。…誰だー、身長差的に結構頭を抉り込ませてくるのはー。それ痛いんですよー。……とりあえず宥めておこう。


「はいはい。それじゃあ後は任せた。向こうに自警団が控えてるらしいからその人たちに家に帰してもらいな……んじゃ行くよ」


「え、待ってくだ――」


「あ…」


 自警団がいつ来るかも分からないので、抱きついている子どもたちを離して、鈴蘭の手を取って反対の方向へと走っていく。後ろで誰かが何かを言おうとしていたらしいが迦具夜には届いておらず、迦具夜はそのまま近くの木を使って塀を乗り越えて外へと逃走していった。


「…行っちゃったね」


「行っちゃった」


「でもこれで本当に自由なんだよね」


「お、こっちに居たぞ。おい君ら大丈夫か」


 少女たちが去って行く迦具夜たちを見送ってすぐに後ろから声がした。声の主は木堂だった。その後ろからは他の子どもを連れている(正確にはついてきた)相良も居た。


「おっと、こいつも縛っとかねえとな」


「にしても、やはりこうなっていたか」


「つーことはお前の見たのは例の義賊だったってことか?」


 義賊…?

 自警団の二人の会話に少女はふと先程の者のことを思い出した。


「――さてと、時間が時間だが送っていくか」


「なら、この三人は俺が引き受けよう」


「そうか。んじゃ、頼むわ」


 そう決まると相良は縛られている犯人の三人を何とか引き摺りながらこの場を後にした。連行している図なのだが何故か一瞬出荷に見えてしまったのは何故だろう。


 そして少女たちは残りの子ども達と合流し、木堂に連れられるようにして町へと歩いていった。

 解放されて自由になった喜びなのか夜だと言うのに元気な子どもたちが町の中を集団で歩いていく姿は、まるで百鬼夜行のようだったと、ある人は言っていた。

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