拾伍の舞
"数日後には店をまた開けるわ"
確かに花火はそう言っていた。聞き間違いはない。だけど……実際には次の日の午後だった。その所為で今は忙しいです。している場合じゃないんだけどなぁ。
「やっぱり早いって!」
本日から数日後じゃなくて今から数時間後の間違いでしょ!
…なんて言ってもどうしようもないので迦具夜は大人しく他の面々と共に開店の為の準備に取り掛かっていた。厳密には店内の掃除や仕入れた品の確認、宣伝等々。掃除はこの間行ってからあまり時間は経ってはいないが念のためにするらしい。接客業は大変である。
「迦具夜さん、そう言わないで頑張りましょう?」
まぁ決まってしまった以上は、間に合うようにしないといけない。それは分かってるのだけど、もう少し余裕があれば裏仕事も進めておけたのに。
そう思いながらも現在は営業を復帰することを広めるために鈴蘭と共に町に出ている。掃除ならもう終わっている。他の二人も町へと出ている頃だ。え、花火さん?知らん。
「で、宣伝は普通に言い触らせばいいの?」
「言い触らす…というより、常連さんを中心に伝えに行くんです。お客さんが多くなるのはいいですが、下手に誘ったりするとご迷惑になることもあるので」
「まぁ…分からなくもないかな?」
常連といえど人の子だから、自身の予定で動いているものね。そこに無理言ったりするのも違う気がするし。それに誘うではなく復帰することの報告だからね。そこは間違えてはいけない。
…そういえば常連ってどれくらい居るのだろうか? 復帰一発目ではあるが、迦具夜の仕事具合の確認も兼ねる為か、今回は大部屋一つだけを使っての営業らしいのだ。一部屋だけだと色々と人数が限られるが、一体どれくらいの人が来るのだろう?
「でも、急に今日からって伝えても常連だからって来るとは限らないよね?その辺どうするの?」
「それもそうですけど、意外と来る人が多いんですよ。みなさん息抜きをしたがっていたりするみたいなようで」
「息抜き……出来る?」
息抜き出来るのかどうかには疑問が浮かぶ。何故か千沙さんのところの師匠さんが頭の中に出てきたけどあれとは違う、大丈夫。お酒飲んではっちゃけさせれば大抵何とかなるだろう……多分。
「迦具夜さんも役割がありますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよあれくらい」
紫苑から聞いたが迦具夜は営業中は注文や空いたものを運んで回ればいいらしい。酒瓶とか皿とか。これくらいなら楽勝だろう。賊の時は不安定な場所で走ったり、沢山の物を運んだりしてたし。
ちなみに営業中の指揮は基本的に紫苑が執るらしい。年齢や在籍では薊の方が上のようだがこういうことは向いていないのでしないという。その変わりに仕事や芸に途轍もない集中をみせるらしい。紫苑なら落ち着いているし安心なのだが、そうなってくると花火さんはどうした?
「これでも平衡感覚とかは良い方だし、運ぶって言っても高が知れてるよ」
「だからっても物を投げ飛ばしたりはしないでくださいね」
「しないから」
冗談だとは思うけど、何処かでそんな印象を与えてしまったのだろうか? 昔何度か盗んだものを文字通り叩き返したりしたことはあるけど、最近はしてないし、皆の前でしたこともないはずなんだけど……。まさか無意識にやってたりするのだろうか?
とまあいつまでも雑談している場合じゃなく、しっかりと宣伝をしなくては。貼り紙とかは使わず口頭だけで広めるから結構大変だ。人の噂は広まりやすいと言っても、人の噂も七十五日とも言うからね。確実に伝えるべき相手にだけは伝えておかなくては。
迦具夜たちは明けの町を歩きながら、偶然出会った常連の人やお世話になっている人などに伝えて回る。こうして回ってみると意外と常連が居るものだ。別に舐めていたわけではないのだけど、十分受け入れられていたようだ。その証拠に再開報告に行くとお祝いとして何かをくれる常連さんが結構いた。そのお蔭で報告はまだ終わっていないというのに腕の中は色々と頂き物があったり。
「それで次はどっち?」
「えっと……あっちですね。三軒隣のお店の店主さんがよく来るんです」
「へぇー、どういうお店なの?」
「……そういえばよく知りませんね?」
「……え」
なんて謎を呼ぶ会話があったりはしたが、実際にそこの店主は会ってみたところ、何ら怪しい雰囲気はなく普通にこれまでの人と同じようにお祝いの品を頂いた。頂いたものが干物などの乾物だったから何のお店なのかさらに分からなくなった。だって干物のひの字も店には無いのだから。……訊いたらこれは趣味で作った物らしい。あ、そうなの。
交換のような形になるが、折角なのでお返しに腕の中にある物を渡すことにした。いっぱいあるからね。押し付けじゃないよ?
「干物なら太夫が偶に食べているのを見ますよ?」
「うわぁ…酒の肴にするつもりだぁ…」
なんなら先に食べてしまおうか。でも干物って食べたことないんだよね。どう食べるのが正しいんだろう?七輪で炙ってるのを以前に見たことがあるけど…七輪あるのかなぁ? まぁ次の人にでも渡してしまえばいいか。
それにしても、今日はあまり例の事件の情報を得ることが出来ていない。同じ内容しか聞かないというのもあるが、何よりそれに触れることを控えているような雰囲気がある。自警団が箝口令でも敷いた?それは今更過ぎるか…。じゃあ一体……
巷の変化の理由を考えている迦具夜に気付いてか気付かずか、鈴蘭はそのことには触れずに次の場所へと前を見ていない迦具夜を誘導していく。そんな状態のまま一軒を済ませた時、道中でまた出くわした。
「……随分と縁があるようだな」
「お、毎度の嬢ちゃんか」
毎度お馴染み、出会ったのは自警団の相良と木堂である。今日も今日とで見回りをしているらしい。本当に奇妙な縁があるようだ。情報を得る機会とは思えるが、出来ることなら深くは関わりたくないものである。とはいえ、今回はあの大男が居ないだけましか。
二人はいつもと同じように羽織に身を包んでいるのだが、その様子はかなり気を抜いていた。あの真面目で煩い相良までもが。
「珍しいですね。職務怠慢ですか?」
「勘違いするな! ただの休憩だ」
「捜査が思ったより進まずに萎えてるのさ。あー、何かこう…重要な手掛かりが転がってこねえもんかねぇ?」
「そうそう転がってくる程、相手も馬鹿ではないだろう」
どうやらあの相良が捜査状況の暴露に何も言わない程萎えているようだ。確かに、迦具夜も情報を集めてはいるが、行動の予想は立っても未だに確信的なものは掴めてはいない。犯人がまだこの町に留まっている内に手を打たなくてはならないというのに。
そういえば自警団は朝に子どもと遊んでいたという人物を目撃したらしいが、それに関して何かしら追究したのだろうか? 前もって対象と接触しているかもしれない犯人の可能性としては零ではないと思うが。……鎌でもかけてみようかな
「そういえば、朝に変な人見ましたよ。子どもと遊んでた割には変な格好の人」
「え、迦具夜さん今朝はむごご……」
実際に迦具夜と共に居て嘘だと分かっている鈴蘭の口を塞ぐ。相良たちはその行動に少々不審に思いながらも深くは考えないようだ。それだけ疲れているようだ。
「子どもと遊んでる人? 知ってるか相良?」
「そういえばそんな子ども好きの報告をしている奴がいたな。だが、それがどうしたと言うんだ?」
この反応からして、自警団はその人物を無関係と判断しているようだ。その人物は自分で調べないと駄目か。残念。
「いえ、そういった人がいましたよってだけです。あ、これ一杯貰ったんですけどよかったらどうぞ」
そういって迦具夜は貰い物の中から干物を取り出した。始めは何だと思われたが、出した物を理解した二人、特に木堂が喜んで受け取った。どうやら今出した干物は酒の肴として人気だったらしい。花火に渡していたら真っ先に酒に走っていたところだっただろう。危なかった。あの人は少しお酒を控えるべきですよ。干物は紙で包まれているので木堂はそのまま懐に忍ばせた。
とはいえ、今の会話で少しは調査をしてくれる気になってくれたら私的には良いのだけど。
「悪いね。こんな良い物貰っちゃって」
「いえ、他にも色々貰っていて、持ち切れなかったので大丈夫です」
「お、そうか?」
「では、私たちは他にも行くところがあるのでこれで」
迦具夜は二人に別れを告げて鈴蘭と共に再び歩き出す。
さて、朝の件は一回確認をしないといけないなぁ。と言っても今日はもう昼を過ぎているからまた明日からか。それに、犯行が毎日ではないことを考えると、毎日居るとは限らないからこれは確認だけでも長くなりそうだ。
「…ちょっと待ちたまえ」
去ろうとしていたら後ろから相良に呼び止められた。わざわざ呼び止めて、まだ何かあっただろうかと思っていると、相良は言い忘れていたと言って忠告をした。
「君たちも夜には気を付けるように」
差し入れのお礼なのか、親切な忠告だった。
今度こそ別れを告げて迦具夜は次の場所へと歩き出した。と思ったが荷物が多いので一度煌々華に戻ることにした。そういえば他の二人は終わったのだろうか? 私たちは今みたいに寄り道とかがあるからなぁ。もしかしたら終わってるかもしれない。
そんな事は無かった。誰も居なかった。煌々華に荷物の殆どを置いてきた二人は残りの分の報告を再開した。そして常連の分の報告もあっという間に終わり、まだ空も明るいこともあって二人は通りから外れた場所にあった木の下で少し休憩を取ることにした。
「今晩からって急な事言っても結構受け入れられるんだね」
迦具夜は貰い物の中から干し柿を取り出して齧りながら言う。その干し柿は中途半端だったのか、まだ渋みが残っていた。それとは対照的に迦具夜から受け取って同じく食べている鈴蘭の方は、特に問題は無い様だ。干し柿は嫌いではないけど、やっぱり甘い方が良いよね。
一つ目を飲み込み、二つ目に手を出す。今度はちゃんと渋さが抜けていて美味しく頂けた。
干し柿を食べながらそんな休憩を取ること数分、何処かから叫ぶような声が聞こえる。その声の様子からして何かを追っているようで、恐らくは自警団のものだろう。そしてその声は段々とこちらに近付いてくる。
「鈴蘭さん、ちょっとここで待ってて。少し見てくるから」
そう言って迦具夜は通りの方に歩いていく。路地の先の角から顔を覗かせるように声の方向を確認した。すると、それと同じ頃、曲がろうとしていたのだろう子どもとぶつかった。
「っ!」
ぶつかった相手を確認すると、以前に出会った例の事件に関わる子どもだった。それと、今ぶつかった拍子に顔を隠していたものが外れて、少女であることが判明した。大きくなったら結構な美人さんになりそうだ。
「あ……」
その少女も相手が迦具夜であることが分かったようだ。何かを言おうとしたが、後ろから聞こえる追っ手の声を聞いて、焦っている。
「何処へ行った? こっちか!」
どうやら建物の陰や角を利用してことで、一時的ながら追っ手の視界から外れているようだ。とはいえ声は確実にこちらへと向かって来ている。
迦具夜は反射的に少女の手を引いて、道の奥へと走って行く。
「鈴蘭さん、もっと奥に!」
「え、あ、はい!」
通り過ぎていく迦具夜たちに状況を掴めずにいたが、置いていた荷物を持ってその後を追っていく鈴蘭。そして三人は路地を突き進んでいき、追っ手の声どころか人の気配すらあまりない町の端の方までいくと足を止めた。
「はっ…はっ…はっ…」
息を切らす鈴蘭と少女とは違い、一人平然としている迦具夜。そんな迦具夜は掴んでいた少女の手を放し、少女が追い付いて話せるようになるまで待っていた。そして動悸が落ち着いたのを見て、今度は何かと訊いた。この質問は今の状況を求めたものである。要は「またか」という確認。
「盗ってこいって……それでこれを…」
よく見ると反対の手に何か持っていた。それは迦具夜たちが報告で回った場所のひとつの商店が置いていた品物だった。
迦具夜はとりあえず没収と言ってそれを取り上げるが、少女は以前とは違い何も言わなかった。その代わりに泣きそうな顔で迦具夜を見つめていた。
「もう…限界なんです……このままだと誰かが……」
「お、落ち着いてください、ね?」
鈴蘭が段々と泣いてくる少女を宥めるが涙は止まらない。どうやら状況はあまり好くは無いらしい。人身売買の為に集めた子どもといえ、その扱いが良いとは限らない。少女の様子からもそれは察することは出来る。
とにかく早く行動に移すべきではあるのだが、場所が特定できていない以上動くことはできない。本当なら朝の不審人物が犯人だった場合、そこから辿って本拠地に辿り着こうと考えていたのだが、悠長にしている時間は無いようだ。
迦具夜は少し考えた。こうなったら一か八かの賭けに出るしかないかな。けどこれはこの娘にも危険が…
「たす…けて……」
それは明確な救援信号だった。助けを求められた以上動かない訳にはいかないな。
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