拾参の舞

「あー……」


 何だろうね。町の歴史を知ることは出来たのだけど、それの為にやけに疲れた…。詳しい人を見つけるのはさほど難しくなく、時間もあったので三人程からそれぞれ歴史を訊くことが出来てかなり真相に近付いた気がする。

 だけど、その度に交換条件を出されたりしたのは正直辛かった。始めの二人はこちらが行った時期が悪かった。とはいえ人助けだからきちんと手伝った上で情報を教えて貰い、結果的に交換条件のようになっただけ。

 本当に面倒だったのは最後の三人目。中年の男性だったのだが、前の二つを見ていたようで、情報と交換で色々と働かされた。あれは悪徳ですよ悪徳。まぁ終わった後に歴史を教えてくれただけ良しとしよう。前の二人とは違った見方の話だったのが良かった。……これで歴史を何も知らないようなら今頃絞めてただろう。お互いに助かった。


 今更だけど、鈴蘭には先に帰ってもらった。何時まで続けるかも分からないし、可能なら事件の方の情報も集めようと思っていたからね。それに鈴蘭も今日も家事の方をするつもりだったらしいから引き留めておくのも悪いからね。


 それで事件についての情報もしっかりと得ることが出来た。人の口に戸は立てられぬという諺があるらしいが、大衆の間でも意外と事件についての話がされていたらしい。それもそうか、身近で人が消えているのに何とも思わない方が少ないか。


 大衆の中には、これが誘拐によるものだと思う者と怪異による者だと思う者がまばらなようだった。

 得た内容の大半が噂程度だったりするがそれでも聴いた情報を纏めると、自警団はこれを人為的な事だと判断して犯人は明けの方に潜んでいると予測しているらしく、千沙から聞いたように犯行は決まって夜に行われているようだ。

 数日前に犯人らしい怪しい人を見たという証言もあったらしいが、それを証言した人はいつの間にか姿を消しており、真相は不明となっているようだ。恐らく口封じか何かがあったのだろう。ただ、その人が見たという犯人の姿は男のようにそこそこ体格が良くて、小さなものを脇に抱えて走っていたという。その抱えていたものが攫った子どもなのだろう。


「口封じの可能性もあったか……」


 人質があると言えど誘拐した子を自分たちの認識の外に出すような犯人なのに、口封じはしっかりとするのか…。でもそれを聞いた者には何もしていないところがあり、徹底して行っているという訳でもなさそうだ。正体が明かされることは大して恐れていない? 行動の邪魔だったからしただけ? 犯人の行動がいまいち読めない。

 行動といえば、世間話の中で犯行現場と思われる場所や消えた子どもの家の場所などの情報も聞くことが出来たが、それらに関係性はあまり見受けられなかった。誘拐する人選もばらばらで、無差別に行っていると思われる。

 誘拐が行われる日も決まっておらず、今のところは連日に起こることは無く、一度起きれば最低でも五日程は大人しくなる傾向にあるらしい。これにはどういう意味があるのか? 警戒故?それとも一度すれば数日は動けなくなる理由でもあるのか? ともあれ被害が多いよりは断然良いことに変わりはない。


「さて、どうするかな……」


 空もかなり暮れてきて、もうすぐ夜が訪れようとしている。今日も行われるとは限らないが、迎え撃つ準備をするならば丁度良い頃合いだろう。迎え撃つと言ってもそんな大層なことは出来ないけど。

 鈴蘭には終わり次第戻るとは言ったけど、これだとまだ戻れそうにないな。叱られそう。


「ん? あれって……」


 鈴蘭のことを思い出し、行動指針が揺らいでどうしようかと悩んでいると、迦具夜は前方に見覚えのある後ろ姿をみつけた。その者たちは二人で行動していて、何かを話しながら歩いており、そのどちらもが同じ羽織を着ていた。間違いない、あれは自警団に属する者だ。


「この辺りも――――」


「――――掴めてない―――」


 距離があることと、内容が内容なのか出来るだけ小さく話している為にあまり詳しくは聞こえないが、これは丁度良い。どうせ今から犯行を待つにしても夜中の可能性があるし、捜査状況を知るいい機会だ。このまま情報を盗ませてもらおう。


 そう決めて、迦具夜は物陰に隠れながら二人の後をついていく。二人は尾行されていることには気付いてすらおらず、そのまま愚痴を零していた。なので耳を澄ませてその内容を盗む。


「そういえば昨日、干物貰ったんだけどさー、あれってどう食うのが一番いいんだろうな?」


 違う、そうじゃない。

 ほら、急に変なこと言うから相手も注意してるじゃないですか。


 思っていたのと違う内容を話していたので、少し時間を空けてからもう一度耳を澄ます。すると、今度はそれっぽい話をしているようだ。


「――夜に誘拐しているのは分かるんだが、なんで夜なんだ?」


「それは人目が減り、それでいて騒ぎも少ないからじゃないのか?」


「いや、それも考えられるんだけどさ……子どもを誘拐するってのに、子どもが親元にいる時間を狙うか?」


「ふむ……言われてみればそうだな。騒ぎの可能性があるが日中の方が接触する機会が多いのは確かだ」


「だろ? それにさ、夜だと誘き出す必要もあるわけだから難易度は上がるはずだろ?」


 聴こえたのは犯行への疑問だったが、興味深いものだった。

 確かにそう考えるのなら、夜に犯行を行うということにも疑問が出る。犯人は一体いつどうやって攫う標的を誘き出したのか、接触は夜だけだったのか、そもそも夜に行っているという事自体本当なのか、もしかしたら夜だけでなく日中にも何かしらの犯行をしているのではないか。

 あー、考え出すと結構な数の情報と予測が疑問に変わっていってしまう。集めた情報によって組み立てられていた真実への予測が根底から揺らいでしまう。

 だけど聞き込んだ結果、それらの類似点や同位点からいくつかは恐らくその通りのはずだ。だがその場合の問題点は、攫う状況のことが説明できないこと。その辺りは幾ら聞き込もうと当然誰も知るはずがないからなぁ……。


「…って、今ある情報だけで考えても仕方ねえな。重要な部分が無ければ真相に辿り着けるものも着けないしな」


「今更言うが、それはここでする話ではない。また誰かに聞かれたらどうするつもりだお前は……」


 ごめんなさいね。しっかりと盗み聞きしました。今聞いた情報は後でしっかり役立てるので勘弁してください。

 …って、今さら気付いたのだけど、盗み聞きした相手って何度か会ったことのある二人組だった。名前は確か…相良と木堂だったか。あの真面目な方の相良にしてはさっきから注意が緩いから気付かなかった。余程疲れているのだろうか? こちらに全く気付いていないのはそれが原因か。


 二人はその後、捜査情報の漏洩を気にしたのか何気ない雑談に切り替えて歩いていく。迦具夜は少しでも他の情報を得られないかと少々期待しながら後を付けていく。そして二人の進行先に芸門のようなそれなりの敷地を持った場所が現れた。二人は入口の門から敷地の中へと入って行く。


「ここが自警団の塒?」


 そういえば芸門と同じような敷地を有しているって話だったかな。

 迦具夜は近付いてその場所をまじまじと見る。すると、入り口付近に気配を感じて再び隠れる。門からは新たに二人組が出てきて町の方へと歩いていく。巡回の交代要員という事だろうか?


 さて、ここが自警団の宿舎だとすると情報を手に入れるには好都合な場所かもしれない。けれどその分最も面倒な場所でもある。治安を守っているのなら人員もそれなりに居るだろうし、下手に忍び込めば…いや、散歩とでも言い訳すればまだ……無理か。


 迦具夜はとりあえず塀沿いに歩いて、覗けそうな場所はないかと探してみた。けどそこは自警団とでもいうのか、壁は綺麗で穴どころか綻び一つ見当たらなかった。いや、手入れが行き届いているというよりかは新しくしたばかり言った方が良いのかな?この状態的に?


「……仕方ない」


 迦具夜はそのまま裏手の方へと回っては、身長より高い塀の上部に跳んで手をかける。そして身体を揺らして勢いをつけて攀じ登る。

 塀から頭を出して中の様子を窺うが、幸い近くには人の姿は無く、こちらを見る視線も無かったのでばれることも無い。とはいえ灯りは確認できても声が聞こえないので目的が達成できない。


「ここからじゃ駄目か。といっても下手に動くと出交すかもしらないからなぁ……っと誰か来た」


 声が近づいてきたことに気付き、迦具夜は頭を引っ込める。

 迦具夜が居る塀の正面に今まさに二人の男がやってきた。その男たちは何か話しているようで、陽が沈んで外の喧噪が減ったことで距離があっても案外聞こえる。


「捜査資料どうすりゃあいいんだよ。俺の方はあんま進展してねえのに」


「ならお前は他の奴の捜査資料に目を通しておけ」


「そうだな。そうすっか。

そういや、今朝変な人がいてさ」


「変な人? 変な奴なんていっぱいいるだろ」


「いやいねえよ……いるのか?」


 何故そこで疑問形。そんなに多くはないよね……いや、色んな人が居るから可能性は有りそう。というか私もそこに含まれそう。


「で、それがどうしたんだよ」


「それが、子どもと遊んでた人なんだけどさ。それだけだと普通なんで少しの間見てたんだけど、一瞬目を離したら居なくなってたんだよ」


「おい、それまさか例の犯人とかじゃねえのか!?」


「俺もそう思って焦って探したんだが、その後に道端でその時の子どもたちと会ってさ。誰一人欠けることもなく。何してたのか聞いたら本当に遊んでただけとか言っててさ、手には貰ったらしい菓子を持ってた」


「なんだよ、只の子ども好きの話か。紛らわしいな」


 まぁ、確かに紛らわしい気がするけど、何か引っかかるような感じもする。けどまぁ、皆そのくらい子ども好きなら良かったのだけど、そうはいかないらしいんだよねこの世の中は。


 と、盗み聞きしながらそんなことを思っていると、会話をしている二人の下に三人目が来たようだ。その男の声を聞いた迦具夜は何処か面倒な気がしてきた。


「おい、そんなところで何をしている」


「うぉい!? 何だ、驚かすなよ大斗」


「俺は声をかけただけだが……」


 大斗は何故だと言ったような顔で小さな息をついた。

 どういう訳か自警団に迎え入れられている元ならず者たちの頭。だけど自警団に入ってからは以前に纏っていた威圧感は少し大人しくなっているような気がする。 それでも勘は鈍ってはいないようで、突然何かを感じ取ったように、塀の方に顔を向けた。


「おいどうした。外なんか見て?」


「――おい、そこの奴、誰だ」


 やばっ!?

 外へと放たれた大斗の低い声に、他の二人も咄嗟に警戒状態へと切り替える。状況が分からなくてもこの切り替えの早さは流石と言える。それに対して迦具夜は冷や汗が止まらない。


 勘付かれようと姿はまだ見られてはいない。迦具夜は相手が動くより先に地面に降りると同時に気配を消して、町の中へと走って行く。


 大斗は塀へと静かに近づいては右手で塀を軽く殴った。加減していた為に塀には傷はついてはいないが、小さな音と衝撃が反対側にまで響く。突然塀を殴ったことで後ろの二人は少々焦っているが、大斗は拳を戻して無言で塀を見つめていた。


「……反応が無い。逃げたか。随分と足の速いことだ。おまけに気配すら感じないか…」


「おい大斗! 壊れたらどうするんだよ! 俺たちまで説教くらうじゃねえか!」


「安心しろ、加減ならした」


 そう言って大斗は興が覚めたかのように立ち去って行く。


 先程感じたのは気のせいではない。確実に誰かがそこに居た。大斗の脳裏に何時ぞや交えた強者の姿はちらついた。あの気配の扱いと逃走の速さ……まさかな。

 大斗はもしもの可能性を思いながら建物の中に戻って行った。







 追ってくる気配はない。どうやら察しはしたが追うまでには至らなかったようだ。宵への入り口まで戻って来た迦具夜は少し一休みすることにした。そこで休むなら煌々華まで戻れと誰かに言われそうだけど、そうしないのは迷っているからである。


 このまま帰るか、もう少し粘ってみるか。粘るのは勿論犯行を待つことである。やっぱり色々推測するよりも現行犯で捕まえた方が早いからね。といってもそれはそれで厄介な展開になる可能性があるのだけど。


「……まぁ、今日のところはもう少し風に当たったら帰ろうかな」


 先程の件でもしかしたら自警団が探してるかもしれないし、今日はもう控えよう。と思ってたところで変な明かりを見つけた。見つけた場所は光があまり届かず夜は真っ暗のはずの路地。


 迦具夜は確認の為に足音を消してその場所に近づく。そして陰から明かりのある場所を覗き込むとそこには変な人物が居た。笠を被り顔を見せないようにはしているが体格からして男だろう。その男の右手には小さな松明があり、反対側には気絶したように大人しい子どもが抱えられていた。


居た!


 迦具夜は今すぐ飛び出そうとした。だがそれにより足に当たった石が音をたてて犯人はこちらの存在に気付いた。そして迦具夜が陰から飛び出すと同時に犯人の左手に握られていた何かが落ち、破裂と同時にもくもくと煙が溢れた。


「煙幕!?」


 煙が視界を塞ぎ、犯人の姿が消える。そして煙が晴れたころには当然犯人は逃げた後だった。


 しくじった。出来れば拘束して情報を吐かせるつもりだったのだけど煙幕を持ってるなんて予想外だった。意外と用意周到な犯人らしい。これはちょっと尻尾を掴むのは時間がかかりそうかもしれない。


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