拾弐の舞

「着いたよ。ここが私の通う場所」


 案内されて迦具夜たちがやってきたのは、一般の住居よりも広い敷地を持った場所だった。入口には木製の扉があり、その向こうに『煌々華』程ではないが、家屋にしては大きな建物が立っている。その家屋も何故かは分からないが、大きさ以外に何処かしらが一般と違って見える。何故だろう?


「それにしても、結構広いね」


「こういった一門を開いている場所は皆、それなりの土地を設けられていますからね」


 広いとは思ったがそういうことらしい。確かにこういう人が集まるであろう場所が狭かったら色々とあるからね。特によく身体を動かす芸などは、狭かったら周りが危ないし、出来ないことだってあるだろう。

 訊けば、他に人が集まるところはこのような形態が多いらしい。ここやうちのような芸能一家に限らず、自警団などの団体もこのような敷地を設けているらしい。

 あと、うちのようなとは言ったけど、火花一門は敷地は確かに広くとってはいるけど、それを埋めるのは殆ど店の建物だから微妙に違ってたりはする。


「ん? ここに立て掛けてるのも曲芸の道具?」


 敷地の入り口の隣の壁の裏に立て掛けられていたのは木材を組み合わせただけの簡単な梯子だった。それに乗れば屋根の位置が低い家屋には楽に登れるだろう程度の梯子。これを使えば縦の移動が楽そうではあるけど、これが役に立つ高さは自力で登れるから私的には要らないね。それに、これを使ってたら回収が手間だからね。


 なんて、盗賊時のことも考えてしまった迦具夜の質問に千沙は肯定と取れる返事が返ってきた。


「昔はそうだったんだけど今はただの道具かな」


「昔はこれで何をしていたんですか?」


「えっと……私は実際に見たことないけど、何て言ったかな…鳶職? 要は不安定な高い位置で芸をするとかなんとか」


 ほぇ。芸の為にそこまでやるとはやるねぇ。高い位置なら私でも出来そうではあるけど、あれに乗りながらは面倒かな。するなら近くの屋根に飛び乗った方が楽ではある。

 まぁ、今はしなくなった理由は意外と冷静に危険だかららしい。実際に壊れて落ちた人もいたとか。なら何故一度は始めた……。


 説明をし終えた後、千沙は出しっぱなしの梯子を担ぐ。あれ、そこそこ太い木材ではあるけど材質が良いのか結構軽いらしい。そのまま敷地内の何処かへと向かおうとして、その前にこちらに振り返った。


「これ直してくるから、ちょっと待ってて」


「あ、はい」


 どうやらわざわざ元の位置に直してくるらしい。その真面目さ、何処ぞの誰かにも見習わせたいものである。何処の誰とは言わないが。

 

 千沙が戻ってくるまでの間、人の敷地なので勝手に動き回るのはどうかと鈴蘭が言うので、大人しくその辺での様子を見ておくことにした。

 それにしても、先程から外に出ていた門下生と思われる人たちが迦具夜たちを見ていることには気付いていたが特に何かを言ってきたりはしないようだ。これはあれかな、普段は見かけない客人が来たから見ていると言ったところだろう。部外者なら追い出すところを、先程まで千沙が一緒に居たものだからそれも出来なかった……ぐらいだろうね。ま、向こうが何も言ってこないなら本当にこの場で待つだけなんだけど。


 そう思いながら迦具夜はその場に腰を下ろしてしゃがみ込んだ。隣に居た鈴蘭は礼儀などを気にしたのか、体勢を崩すことなく立ち続けていた。壁に凭れるくらいすればいいのに。少しは楽だよ?


「こうして見てると、芸を磨く場ってこういうのが正解なのかな?」


 此方を見ていた者たちは、迦具夜たちが居座る意思をみせてからはもう気にしないようにしたのか、再びそれぞれしていたことに没頭し始めていた。

 右方に見える人は細い棒の上に皿を乗せて回していたり、前方に見える人はお手玉をいくつも投げては手元で球を追加して己の限界数を越えようとしていたり、左方に見える人はもう一人が乗った木塊の山に木槌を叩きこんでいたり……これだけなんか違くない?今だって息が合わずに崩れたし…。…ともかく内容は違えど皆、自由に己の芸を磨いていた。


「この形が一般的とも言えますが、芸の磨き方は人それぞれですので…」


 それもそうか。下手にお膳立てされていても自分の時期で始めるって人もこの世には結構居るからね。私は特に何もしてないけど、うちだって人目を忍んで練習している人も居るようですし。……そもそも皆が普段練習しているところをあまり見ていないぞ?


「そういえば、鈴蘭さんも何かの芸を練習していたりするの?」


「え、はい。以前は少しはしていたんですけど、今は再開の為に色々と忙しい時期ですからあまり出来ていませんね」


 確かに皆で色んな方面に掛け合ってるらしくて、今日も他の人たちは何処かへと行っていたはず。鈴蘭も迦具夜と一緒に居ながらも補充をしている。花火さんも重要な時以外は大体店に居て情報整理とか計算とかをしているらしい。稀に酒を飲みに行ったとしか思えないこともあるがそれも本人曰く仕事だとか戯言を言っていた。

 まぁ、予定を建てれば出来なくもないが、そんなこんなで練習の時間は無いと言えば無いのかもしれない。けれども…


「偶にはみんなの芸も見てみたいなぁ…」


「お店が再開すればそちらの余裕も戻りますから。その時は迦具夜さんにも体験していただくかもしれませんので覚悟していてください」


 茶目っ気の効いた笑顔の鈴蘭に対して、迦具夜は少し引き攣ったような顔をした。それはそれで楽しみというのもあるが、何をさせられるのかという恐怖も無いわけではない。鈴蘭のことだから厳しいことはなさそうだけど、それでも……ね。


「それはそうと、決めましたか題材は?」


「ん……まぁ、今一度考えたらこれかなっていうのは決めたけど……」


 手を合わせて話を切り替える鈴蘭に迦具夜は頭を掻きながら答えた。


「そうなんですか? では何にしたんですか?」


「……何というか、この町のことをしようかなってね」


 改めて考えてみて気付いた。まだ少ししか住んではいないけど、私はこの町が好きみたいだ。色んな人が楽しく好きなように生きているこの町が。治安を守る自警団が居ようと今でも誘拐などの悪事は絶えないが、それでもこの町が気に入ったのである。だから私はこの町もここに住む者たちも含めたものをやりたい。


「良いじゃないですか」


「でも方向性はまだ決まってないけどね」


 この町を舞台にすることは決まったが、それをどう生かせばいいのかは分からない。その辺の普通の日常を真似るのも一つの手ではあるけど、それはそれで面白いかと訊かれれば分からない。別に面白さを無視して伝えるという事を重視するならばそれでもいいのだが。


「じゃあ歴史なんてどうですか?」


「歴史?」


「はい。この町の基盤となったものや成り立ちなどを組み込むんです」


 確かに、何がどうなってここまで大きくなったのかとか、その辺には興味はあるけど、何処で調べれば分かるのだろうかそういうことは。何処かに資料でも作られてたりしないかなぁ。

 情報を得る手立てに悩んだので素直に聞いてみると、歴史の詳細は知らなかったが、如何すればいいかは教えてくれた。


「それなら年配の人やその手のことが好きな人に訊けばいいと思いますよ。明けの方に詳しい人が居た筈ですけど…」


 そうなんだ。それなら覚えている内に探しに行こうかな。ここの見学が終わった後にでも……と思った時、物凄い勢いで顔の横を何かが通り過ぎた。

 後ろから凄いが響いて振り返ると、そこにはぶつかったのだろう軽い凹みが付いた壁と、その下に転がった一つのお手玉……。え?

 今の…あのお手玉でやったの? あり得ない速度と衝撃音だったんだけど。壁も凹んでるし……。あと、それなのにお手玉は破れてないってどういうことさ。


「今のは一体……」


「お手玉豪速球となると、訊いた話だと一人しか当てはまらないんだけど」


 千沙さんの通う一門で人を撃退しかねない球を飛ばすような人……。客に球を当ててから傘でぶっ叩いたという噂の危険な師匠さん……!


 それを理解してから反射的に身体が顔を庇うように腕を出すが、二撃目は来ない。それどころか外にいる他の人たちがこちらを気にも留めずに、またか…みたいな顔で飛んできた方向を見ている。……随分と慣れていらっしゃるようで……。


「二人共、大丈夫?」


 直しに行った千沙が戻って来た。戻ってきたところ悪いとは思ったが、すぐにこれは何事かと訊くと、案の定例の師匠さんの仕業だった。何やら荒ぶっているらしい。


「なんか誰かがやらかしたらしくてさ、そのお仕置きだったんだけど……流れ弾に当たらなかった?」


 もう少しずれていたら顔に当たってたところでした。

 流石にね、気の緩んでる時に不意打ちに飛んでこられちゃあ、反射運動でも防ぎようがないって。あれだけの速度で飛んで来たんだから当たったらさぞ痛かっただろうなぁ……お手玉なのに壁が凹むぐらいだし。


「まぁまぁ、無事ならいいじゃない。それにあれでも控え目な方だよ。最近は鞠を投げ飛ばしてたりするし。

それよりどう? うちの練習光景を見て?」


 どうと訊かれましても……、こういった切磋琢磨な感じが向上を促す場として望ましい形なんだとか、あのお手玉がもう凶器の域に達してるんじゃないのかとか、常にあれの恐怖に晒されているのかとか…。というかさっき鞠って聞こえたのだけど、鞠ってお手玉よりも大きいよね……危険度が増す。


「その顔はお仕置きのことでも考えてるなぁあ?」


 何故分かった…。ちゃんとそれ以外も思ってますよ? …あれの恐怖が思考の大半を占めてるけど。


「さっきのはさておき、こういう空気も良いなぁとは思ったよ。

『煌々華』は再開に向けてばたついてるみたいだし、私もまだ本格的にしたことないから、こう熱心に打ち込んでる姿は見てて眩しかったり…」


「そう…。じゃあ、せっかくだから少しぐらい体験していく?」


 そう言って千沙は自身の番傘と一つのお手玉を差し出してきた。どうやら千沙のしていた芸をさせてくれるつもりらしい。

 せっかくだから、と言って迦具夜はその傘を受け取って開いてみた。傘なだけあって軽い。素材もかなり軽さを重視しているような気がする。


「じゃあ、球は私が投げるから傘回しといて。速すぎたら駄目だからね。球が弾け飛ぶから」


 言われた通りに傘を回すと、少しして千沙は傘の上に乗るようにそっと球を投げ入れた。

 すると、球は少しの間傘の上で転がったかと思うと、あらぬ方向へと飛んで行ってしまった。


「ありゃ。でも結構筋がいいね。それじゃ次行くよ」


 迦具夜は再び傘を回し始め、そこに球が投げ入れられる。今度は傘越しに透けて見える球の動きをじっくり見ながら慎重に回す。


「よっと、よっ」


「おぉ、うまいうまい」


 おお、先程よりも回ってる! この調子でいけば……なんて少し考えてしまったからなのか、一定になりかけていた球の動きが少しずつ乱れる。そして、球が傘の外へと弾けてた。


「あ、ちょっ、待っ!」


 迦具夜は咄嗟に飛び出た球に向かって足をのばした。そしてその足の先端で球を蹴り上げられ、球は変な方向に。迦具夜はそれを追いかけては蹴り上げるということを合計三回程繰り返し、傘で受け止めてもう一度回し始めた。

 迦具夜はその後も落としては蹴り戻し、落としては蹴り戻すを繰り返し、周囲は傘から落ちた球を足で蹴り上げて傘の上に戻すという荒業を披露されて驚いていた。


 そして何度も繰り返したからなのか、蹴り戻すということも慣れて世間話が出来るまでの余裕が出来てきた迦具夜。…まず傘から落とさないというのは無理。


「そういえば千沙さん」


「なんでそんなに動き回ってて普通に話せるかなぁ……まあいいや。で、何?」


「さっき言ってた子どもが消える話、あれっていつから起こってるんですか?」


「あれ? さぁ…。私も知ったのは最近だしなぁ…」


 何時からなのかは分からないか…。ならば作戦変更。


「何か共通点でもあったりするの? 人とか場所に。明けとかじゃなくて」


「さぁ……あ、でも毎回朝になってから噂を聞くから夜に何かあるんじゃないかって誰かが言ってた気がするけど……さっきから何?こんな質問して?」


「いや、護身の為に少しは聞いておこうかなって……なんか物騒みたいだから」


 本当は犯人を捜すために情報が欲しいのだけど、そんな事情は言えないからね。

 千沙はそんなでっち上げの理由に釈然としないようではあったが、深くは追及しなかった。


 その後、ついでのように町の歴史を聞いてみたりし、借りていた傘とお手玉を返してお礼を言って、この場を後にした。

 まだ陽は沈んでいないので、次は歴史を知っていそうな人を探して明けの方へと向かった。

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