拾壱の舞

 さて、どうしたものか。

 例の件を早めに動くためには情報収集をしなければならないのだが、それをしていると脚本の方が遅れる。別に脚本に締め切りとかは無いのだけどやっぱり意識してしまう訳で。それに脚本が出来ていたとしても他にも道具やら人員やらのこともあるから少しでも時間が惜しいところがある。

 と言っても第一、題材が決まってないからなぁ……。


「ほんと、いい加減に題材くらいは決めないとなぁ……」


 そう呟きながら迦具夜は町の景色を見る。改めて見てみると、町の奥の方に行くにつれて、何かしらの芸を披露していると思われる人が目につくようになっていく。今更だけど町のこちら側にはそういった職種の人が多いのだろうか?

 向こうでは歩きながら鞠を器用に足で操ってる人も居るが……蹴鞠って芸事っていうより遊びだよね?それも一昔前の。


「そういえば、火花一門以外にも芸事関係のものがあるんだね」


「はい。沢山ありますよ。

 華道や茶道や、変わったところでは剣道などもありますね」


「剣道って、なんかそれだけ方向性が違うような」


 剣の道って言うのだからもちろん刀剣を使うのだろうけど……、基本的に相手に対して魅せるものである芸事としては、桁外れな程に殺伐としていそう。

 その後に鈴蘭が言った説明によると、剣道は力を証明するのではなくそれを扱う技術で魅せるらしく、何より精神力を鍛えるとかなんとか。よかった、流石に殺しの技を教えたりはしないよね。そんなものがあったならちょっかいを出していたところだった。


「あとは……最近ですと、絵師という方も居ましたね」


「絵? 絵なんてどうするのさ?」


 砂に描かれた子どもの落書きとかならこれまでに何度と見たことあるし、暗号のように描いて他人に伝えることもあったが、それを本格的に職にする人は見たことが無い。人気の多い所となると他とは変わったことも栄えている様だ。


「それは勿論絵を描くんですよ。他には描いたものを展示したりしていましたね」


「それはまた……。鈴蘭さんはその絵を見たことがあるの?」


「はい。以前に展示をしていたのもちらっと見ただけですが。その時の絵は風景画だったのですが、綺麗でした」


 へぇ。それは機会があれば一度は見てみたいものである。それにしても聞けば聞くほどこの町は芸事が十分に栄えた町なんだなぁ。……そんな一つを極める門が多い中で、多方面に手を出しているのは火花一門ぐらいだけど。そこには花火さんの性格が出てるなぁ。

 とまぁ芸事事情は分かったのだけど、そんな中で気になることが出てくる。


「栄えてるのは分かるけど、なんでみんなはここに集まってるの? 首都の方が何かといいんじゃないの?」


 魅せるのなら観客は多い方が良いだろう。それならばここよりも人口が多く、

各地方からの人の往来も多い首都の方が良い筈だ。有名になりたいのなら尚更そちらで成果を上げた方が何よりも近い筈。その反面、周りからの重圧が強くて下手なことが出来ないという事もありそうだけど。


「確かにそれもそうですね。ですけどここには様々な方が居ますから、それが関係しているのではないでしょうか?」


 鈴蘭はお茶目にそう言った。確信も信憑性も全くない回答ではあったが、何故だか否定する気にはなれない。考えてみればまだ少ししか居ないけど、私自身もここの空気は割と好きだからね。ゆっくりとしているけども止まっているわけではなくて騒がしくもある、そんな町。


「―――私、意外と染まってきたんだなぁ……」


「何か言いましたか?」


「いや何も」


 二人で歩き続けて「煌々華」まで戻って来た。まだ明るい時間ということもあって他の皆はまだ戻ってはいないようだ。と言っても花火さんは居るんだけどね。理由は知らないけど当分は動かないとかなんとか。引きこもり宣言ですか?


「あれ? そちらはどなたさん?」


 鈴蘭が戸を開けて館内に入ろうとしていると何処かからかそんな声がかけられた。迦具夜は声の聞こえた方向を見てそれらしい女性を見つけると相手は頭を下げてきた。あ、これはご丁寧に。


「あ、千沙せんささん。こんにちは」


 迦具夜が頭を下げ返していると鈴蘭も相手に気付いて挨拶をした。どうやらこの女性は鈴蘭の知り合いのようだ。

 千沙と呼ばれたその女性は、鈴蘭よりも迦具夜のように動きやすさを取り入れた着物を着ており、襷で袖を縛っていることもあって、長い手足を露出させた格好をしていた。そして雨も降っていないのに番傘を手にしている変わった人だった。


「こんにちは。それよりそちらは見たことないのだけど新入り?」


「はい。先日、うちに入ることになった迦具夜さんです。

 迦具夜さん、こちらはよくお世話になってる曲芸師の千沙さんです」


「実際お世話されてるのはこっちなんだけどねー」


 私も人のこと言えないけど、色気より動きやすさを取る服装をしているだけあって、思った以上にさっぱりしている人のようだ。気が軽い。


「曲芸師? 曲芸ってあの曲芸?」


「…どの曲芸なのかは知らないけど、それに比べれば私はまだまだだって。未だに球回しぐらいしか出来ないしね。こんな風にねっ」


 そう言って千沙は自身の腰元から取り出したのだろう二つのお手玉を空に投げ、片手で持っていた番傘を自分の回転によって一瞬で開いては、落ちて来た球を受け止めて傘から落ちないように器用に回し始めた。よく見てみると回しながらも傘を上下に動かして球にさらなる動きを加えている。


「おお。回る回る」


「今日は多めに回しておりませんがね」


 そう言うと、転がしていた球を上空に突き上げて、始めと同じでありながら逆の順序で回りながら傘を閉じて落ちてきた二つの球は差し出した手の平の中に綺麗に収まった。

 おお。とりあえず拍手を送っておこう。それにしてもよく回す人ですね。球だけじゃなくて自分まで。


「てな感じのことをやってるの」


「器用なものですね」


「いやいや、だからこの程度はまだまだだって。私の師匠なんて一度に五個なんてざらだし、それを打ち飛ばして観客倒したりもするからさ」


 いや、それは駄目でしょ千沙さんの師匠さん!

 誤解があったと思ったのか、千沙がその後にした補足によると、ただ理由もなく観客を打ち倒したのではなく、行儀の悪い相手に球を連続で当ててから傘で思い切りぶっ叩いたらしい。あぁそれなら……いや怪しいよ!? どう考えてもやり過ぎてると思うんだけど!?


「やっぱりー?」


 一応、駄目そうという意識はあったらしい。行儀の悪い相手が居てもそこまでしないでね? …あれ?よく考えたら私も結構際どいことしていたような……。


「そんなことより今日はどうかしましたか?」


 鈴蘭が思い出したように両の手を合わせて話題を変えようとするのだが、そんなことで済ませてしまっていいのだろうか……。…二人共、特に問題のなさそうな顔をしているのでいいのか。


「いや、散歩してただけで特に用って程じゃないんだけど」


「散歩と言いながらそれを持ち歩いてるんですか?」


「ああこれ? これは商売道具だからね。基本は持ち歩いてるよ。それに結構日常で役に立つこともあるから」


 そう言いながら番傘を回しては地面をこんこんと突く。商売道具だから肌身離さず持っているとは大したものである。

 迦具夜も今は大半を自室に置いているが、昔は商売道具(というより装束)を常に身に付けようとしたりしたことがあったのだが、何せ服装なものだから、常に着ていれば正体をばらすことになり、下に重ねて着れば圧迫して少々動き辛くなったりはみ出していたりしたことがあった。

 最終的には別で用意したり表裏で別の意匠を施すなどに至ったが。


「それでいうと君は何かするの? 見たところ私と似た格好しているけど」


「この格好は特に関係ないんだけど…」


「迦具夜さんは特には決まっていないんです。これから進めようとしていることはあるのですが」


 確かにあの舞台をみつけてからは演劇のことを考えてはいるけど、別にあれを使うのなら演劇じゃなくてもいいんだけどね。こんなに脚本を考えるのが難しいとは、演劇を選んだことを少し後悔している。それでも一度ぐらいはやらない限りは止めないけどね。少しはやりたいことが見えたような気がしなくもないし。

 鈴蘭は千沙に演劇のこととその内容に詰まっていることを簡単に説明すると、千沙は何か思い付いたような素振りで言った。


「ねぇねぇ、それならうちに見に来ない? 参考になるか分からないけどたまには別のこともいいでしょ」


「…確かに他の門には興味はあるし、それはありがたいですけど……」


 余所者が行っては迷惑ではないか、と迦具夜は言おうとすると、それを読んだのか迦具夜が言うよりも先に大丈夫と言った。


「うちはそういうことには寛容だからね。邪魔だったら師匠にぶっとばされるだけで」


 それが一番問題なのだと思うのですが…。なんか……そういう事ばかり聞いているからその師匠さんに会いたくないんですけど。

 それにしても余所は人の流れに対して意外と緩いんだね。火花一門は現在の人数の少なさから結構基準が高かったりするっぽいのに。まぁこれは入門の話だから流石にうちでも訪問くらいなら……いや、大丈夫かな? 


「それに私も君のすることには興味あるしね」


 そんな期待していることを感じるような眼を向けられましても……。脚本が一向に進んでいないのだから演劇が完成するのはいつになるか分からないのに。例の件もあるのに、興味を持たれているのなら少しでも急がなくてはと思ってしまう。


「それじゃあ行こうか。連いておいで」


「あ、待ってください」


 すぐにでも歩き出そうとする千沙を制止し、鈴蘭は開いたばかりの戸を再び閉める。それから三人で千沙が在籍する一門のある場所に向けて歩き始めた。

 その道中も世間話は続いていた。


「へぇ、この前にこの町に来たんだ? それでよくあの選ばれた者しか入れない一門に入れたね」


「やっぱりそういった言われ方してるんだ……。まぁよく入れたっていうか、その主と昔の知り合いで、数日宿でも貸してくれないかなって行ったらいつの間にか入ることになっててね」


「へー。人脈もどうなってるか分からないものだねー。

 そうだ、この前来たんならこれは知ってる? この町ってこっちと向こうで名前を呼び分けてるんだよ?」


「え、そうなの?」


 千沙が言っているのはこの町の町並みの異なる二つの地区だ。他の村でも見かけるような一般的な家屋が多い側と、迦具夜たちが生活している紅い町並みの側。同じ町中で在りながら境界が存在しそうな二つだったが、どうやら呼び分けがあるらしい。


「私たちの居るこっちが"宵"、向こうが"明け"って感じにね」


 明けと宵、朝と夜ってことか。となると私たちの居る側が夜の町ってことになるんだ? 確かに、こちら側の紅い町並みに明かりが灯れば十分夜に映えるから、どちらかと言えば夜の町と言えなくもないね。


「活動時間の違いもそこに関係してたりするんだよね。"明け"の方は大抵が夜になれば店を閉めたりするんだけど、こっちは逆に夜にこそ稼ぐ店もあるからね」


「うちもどちらかと言えば夜型の経営でしたね」


 それは実際に経験してなくても分かります。それにしてもそちらには一切関わってないのだけど再会の目途は経ったのだろうか? 提供内容を絞れば出来なくもないとか以前に言ってた気がするけど。……今思ったけど、再開しなかったら演劇はどうすればいいんだろうね?


「うちはどっちかと言えば日中でやってることが多いかな? 町中ですることも多いし」


 やっぱりああいう芸は道具さえあれば場所に囚われないんだね。いや、やり方を考えれば他のものにもそれは当てはまるかも? でも、慣れた場所とかの方が何かとし易いか。


 そんな世間話をしながら歩いていると、途中で千沙が無言で明けの町の方を見ていることに気付いた。その視線を辿って緑がある水路の向こうに見える明けを見る。そこには何やら貼り紙が張ってあるであろう立て看板があった。


「ああ…この辺だったんだ。子どもが消えたの」


「子どもが消えた……? それは最近起こっているあのことですか?」


 千沙の呟きに鈴蘭は訊いた。"子ども"と聞いて例の件に関係しているのではと思ったのだろう。どうやらその予想は外れてはいなかったようで、千沙は肯定した。


「これが怪異なのか誘拐なのかは分からないんだけど、偶然なのか、消えるのは決まって明けの方でばかりらしいんだよね」


 分からないとは言ってるけどこれは誘拐で確定である。それで千沙から得た情報では、どうやら宵の方では被害が出ていないらしいが、この行動の意図が分からない以上、この情報だけでは犯人の場所を特定することは難しい。

 明けでのみ被害が出ているのは、明けに犯人が居て近くの子どもを無差別に攫っているとも、逆に犯人が宵に居て敢えて自分の位置を外しているとも取れてしまう。


「…なんかごめんね。さぁもうすぐだから行こっか」


 千沙は黙って考えているところをどう取ったのか、話を切り上げて再び目的地に向かって歩き出した。


 予想外に情報を得られたことは良いけどこれだけでは足りない。最低でも行動範囲の詳細が欲しい所。もっとこの件に詳しそうな人は居ないのだろうか?

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