玖の舞
「あの舞台で演劇を?」
「うん。せっかくだからやろうと思うんだけど、色々と足りなくてね」
劇場の存在を知ってから次の日。いつもと同じように鈴蘭と街に出かけていた迦具夜は早速見つけた劇場の使い方について話していた。恐らく手を借りると思うので一応報告はしておかないと。
ちなみにあれから少しは自分で考えたが、やはりただ芸をするのではなく、それをも加えた演劇の方が良いだろうという結論に至った。
「よく許可が貰えましたね」
「あー、意外とあっさり了承されたよ。そもそもあれは誰かが使うことを見越して残してあったみたいだから」
本当はもっと雑な感じだったけど、それは別に言う必要性がないので黙っておく。とはいえ主から勧められた上に許可も貰ったのだから、やらなければあの劇場が勿体ない。そういえば誰かが隠れて使っていたみたいだけど大丈夫かな?何か言われたりしないかな?
「そうなんですか。それで、どんなことをするつもりなんですか? 私に出来ることがあれば手伝いますよ?」
「ありがとう。何をするかはまだ決まってないけど流石に一人じゃ厳しいからね」
本当はある程度目的が決まってから人手を集めようと思っていたけど、向こうから手を貸してくれるというのならありがたい。といっても、欲を言えば念のためにもっと人手が欲しいところ。
「とはいえ、まずは演劇の題材を決めないとですね」
「そうなんだけど……それがなぁ…」
やろうとは言ったものの、演劇なんて迦具夜は一度もしたことがない。それどころか実際に見たことも無い。なので当然どのようにすればいいのかも分かってはいない。
まずは台本を考えようとは思ってはいるが、噂で聞いた程度の漠然とした印象を頼りに進めている為に中々うまくいかない。
「何か題材によさそうなものはないかなぁ……」
「ははは……そんな都合よく出くわしたりはしませんよ」
今回の外出はそれを探す目的でもあったのだが、町は普段と同じく変わったことはない。いや、そうそう面倒事が起こられてもそれはそれで困るのだが。
平和な日常を題材にするというのも少しは思ったが、感覚を掴むための練習としては良いかもしれないけど、見世物としてはいまひとつな気がする。まだ始めだからそんなに目標を高くするのは無理とはいえ、もう少し変化とかがある方が楽しめるような……。
うむむ、と悩む迦具夜の頭にちらりと裏の職とも言える盗賊の活動が過ぎる。見世物の題材としては変化や動きを付けやすくていいかもしれないが、下手をすると正体がばれる恐れがあるので下手には使えない。これは止めておこう。
「鈴蘭さんは何か変わった思い出とかはないですか?」
「え、私ですか?」
自分の経験から題材を探すのは色々と問題があるので、隣で一緒に考えてくれている鈴蘭に振ってみた。すると、少し記憶を遡ってくれたようだけど何を思い出したのか顔を赤らめて両手で顔を隠し始めたので止めた。何故そうなったか気になるけど恥ずかしいのなら無理に思い出さなくてもいいからね?
「えっと、すいません」
「いやいや、手を貸してくれてるだけでもありがたいですから」
題材になりそうなものが見つからないのは残念だけど、それでも有難いので感謝を示すと、
「なら、他の人にも訊いてみてはどうですか?」
「他って言うと一門の皆とかかなぁ…?」
言われてみれば確かにあの人たち、特に花火さん辺りは特殊な経験とかしていそうだから興味深くはあるけど、何だろう…根拠はないけど代償を払わねばならない気がするぞ? そんなことになったら即逃走だね。うん。
そうなっては堪らないのでとりあえずこの件は保留という事にしておこう。命が惜しいし。
「やっぱり自分で考えないと駄目かぁ……ん?」
結局は自分一人で脚本を考えることとなり、面倒臭がるように意気消沈する迦具夜。頭が下がり脱力しつつあると、そんな迦具夜の耳に何かが届いた。
聞こえた音は小さかったがおそらく喧噪の類。先程までは聞こえなかったはずのもの。迦具夜は気になって下がっていた頭を上げてその音の出処を探した。隣の鈴蘭はそんな迦具夜の急な変化に驚いてどうしたのかと訊いてくる。どうやら鈴蘭には聞こえてはいなかったようだ。
迦具夜は周囲を見渡すが喧噪どころか争っている人すら見当たらない。だけど先程の音は聞き間違いなどではなく確かに聞こえたものだった。
それからも周囲を探ると、遠くに見える民家の間の路地の入口付近に何事かと人が集まりつつあるのを見つけた。
「あそこかな?」
「え、迦具夜さん!?」
迦具夜は駆け足でそこに近付く。近づくにつれて先程聞こえたものと同種と思われる声も聞こえるようになっている。出来つつある人混みの後ろから背伸びをしながらその路地の様子を見るとこちらに向かって走ってくる男の姿があった。
「捕まってたまるかぁ!!」
掴まってたまるかって言っているから場所は合っているはず……ん?
走ってくる男の勢いに圧されて集まっていた人たちが退いて、先程までは無かったはずの道が出来ている。丁度、様子を窺っていた迦具夜の居る方向まで。だからなのだろうか……
反射的にその人の腕を掴んで背負い投げをしてしまった。
「ちょっ、ええええええええ!?」
当然こんなことになるとは予想してはいなかったのだろう。男の身体は素直に浮かび上がった。そして男は受け身も取らずに地面に叩き付けられて、口からは唾が飛び出ていた。
「あ、やば……」
迦具夜は冷静になって投げた相手を見るが、男は完全にのびているようだった。状況を理解していない為なのか、投げておいてなんだけど少し気の毒に思えてきた。…とりあえず謝る意味でも手を合わせておこうか。
「迦具夜さん大丈夫で……何をしているんですか?」
「何となく謝ってる」
謝ることも大事ですよね。この場合はどうなのか分からないけど。
後から追い付いた鈴蘭に状況を簡単に説明をしていると男が来た道から見覚えのある男がやって来た。その者たちは揃って羽織を身に着けている。自警団だ。
「すみません、お手数お掛けして……君は」
「おい相良さっきの奴はどうしたってまたこの娘か」
現れた自警団は以前にも会ったことのある相良と木堂だった。また会うことになるとはね。それにしても町で自警団を見かける度に決まってこの二人な気がするのだけど、まさかこの二人ぐらいしか町に居ないの?
「確か…迦具夜と言ったか?」
「はい。合ってますよ。それより誰ですかこれ?反射的に投げちゃったんですけど、良かったですかね?」
「あ、ああ。…やっぱり君がしたのかこれは」
迦具夜がのびている男を指差して言うと、二度目なこともあって驚かれたりはしなかったが何故か額の辺りに手を当てている。その反応はどういう意味さ!?
そう思っても声に出していないので伝わるわけも無く、相良は倒れている男の身体を起こして背負う。
「正直投げてくれて助かったな。こいつさっき子どもを誘拐しようとしててな、今調査してる事件の容疑者かもしれないってんで捕まえようとしたら逃げてさぁ」
「調査してる事件って?」
「それが最近子どもが」
「おい、勝手に喋るな木堂」
木堂が軽い気持ちでぺらぺらと事情を話しているとやはり話しては駄目なものまで言おうとしていたのか、真面目な相良に止められた。それはそうだよね。
それにしてもこの二人、相良と木堂って言うんだ? この間は私は名乗らされたけどこの二人は名乗ってなかったんだよね。今に思えば不公平じゃないかな?
「おい、その程度の相手に何時までやっているんだ」
突然、別の方向から自警団に対して向けられたと思われる声がした。声質からしてこれも男性だと分かるのだが、この声最近何処かで聞いたような?
迦具夜は声のした方向に振り返る。すると、そこにはここに居ることが不思議な者がいた。
「悪ぃな大斗、こいつが真面目すぎるもんで」
「それは関係ないだろう!」
木堂がやって来た大男に冗談半分で応えると、後ろにいた相良に反論を受けていたが、そんなことよりも迦具夜はその男が気になった。
男は体格がかなり大きく、それ故に二人と同じく身に着けている羽織に袖が通っておらず身体に被せている感じになっている。腰には二人と違って得物がないが拳でどうにか出来るからなのだろう。それよりもその顔だ。髪型が少し異なるが、その顔は紛れもなく以前に鍛冶屋から刀を奪い、迦具夜が襲撃して自警団に捕まったはずのならず者の大将だった。
「(どういうこと? 何で捕まえた自警団と一緒に居るの? それも同じ羽織を着て…)」
状況を理解できず、迦具夜はその光景を見ていた。その間も大将は自警団の二人と親しげに話していた。その顔は少し不服そうではあった。
「なんだ、時間がかかっていると思えばもう終わっているのか」
「残念だったな大斗、この子がのしたから出番はねえぞ」
「ほぅ、そいつがねぇ…」
木堂が示したことで迦具夜に気付いた大斗。じっと見据えているようなその眼からは何やら疑っているように感じられた。これは下手をすると暴かれる恐れがある上に、自警団に捕まる可能性まである。軽率な行動は避けないと。
「……ふむ」
慎重にせねばと気を引き締めていると、大斗はおもむろに迦具夜の頭にその大きな手を置いた。迦具夜はどういう事か理解できずにいると、大斗は何かを考えているような素振りをしながら迦具夜に乗せた手で弾ませるように上下に動かしている。おい、私は毬じゃないよ。
「…何をしているんだ? 下手な真似をしているようならお前も捕まえるぞ?」
「いや……何でもない」
相良に問われて、先程まで乗せていた手を戻す大斗。本当に何だったのか。様子から察するに迦具夜があの時の盗賊であることには気付いてはいないようだが、手を離した後に何やら大きさとか丁度とかって言葉を呟いていたのだが、あれはどういうことだったのか。
それからというと、特に怪しまれたりすることもなく、大将を含む自警団の三人は先程のびた男を連れて何処かへと向かって行った。おそらく一度帰るのだろう。
「迦具夜さん、先程の自警団の方々と面識があるのですか?」
やっと近付いてきた鈴蘭に問われる。
まぁ、あることはあるね。一人に関しては思いっきり蹴ったことだし。というか、その一人は面識はあるけど気付かれなくてよかった。
それにしても、先程木堂?が言っていたことが気になる。詳しくは聞けなかったが、最近子ども絡みのことが起きているらしい。それも誘拐が関連しているようなことが。これはこれは仕事の時間かな?
「迦具夜さんどうかしましたか? 急に考え込んだりして」
「いや、何でもないよ」
まぁ、仕事の気配はするけど内容が分からない以上動くことはできないね。盗むことが無理ならあまり出番はないわけだし。
それよりも今は脚本の方が優先だ。まだ少しも思い付いてはいないからね。とはいえ、使えそうな題材ならあったけど…自警団みたいな治安維持のものを私がするというのは……何だろう、皮肉のような気がする。
あ、するとなったら詳しく知るために調査しないといけないのか…。もしかしたら取材とまでなるかもしれない。出来れば極力関わりたくはないのだけどなぁ……。よし、やめよう。
「って、それだと振り出しじゃないですか!」
「!? やっぱりどうかしましたか?!」
「何でもない何でもない!」
うがー。こうなったら切がない。いっその事、舞台ですることを変えてみるってのも手か。舞台で行われることは他にもあるらしいし、それこそ舞だったり漫談だったりと。だけど、演劇をするというのは自分で言い出したことだから退くわけにもいかないし。それに退いたら後で何を言われることか……。
「えっと…迦具夜さん、一度気分転換をしませんか? 題材の件で悩んでいるようですし、甘いものでも食べて―――あ、ごめんなさい」
悩んでいた迦具夜を甘味に誘おうとしていた鈴蘭だったが、そちらに気を取られていた為に向かいから歩いてきていた人に気付かずにぶつかってしまった。鈴蘭はすぐに謝ったが、ぶつかった相手は何も言わずに立ち去って行った。
「何あれ?」
「何だったんでしょう? それより気分転換に行きましょう。お金なら私が出しますか…ら……あれ?」
「…どうしたの?」
鈴蘭が自分の巾着袋を漁ってから、次の行動に出ない。まさか……
「さっきまで持っていたはずのお金がありません…」
しまった、やられた!脚本のことに気を取られて人混みでのその可能性を考えてなかった!
迦具夜はすぐに先程の相手の向かった方向を見る。どうやら相手は自然を装うあまり、すぐには身を隠さずに暫く歩き続けていたようだ。その様子からして相手は素人のようだ。……手練れがこんなところに居ても困るけど。
その相手が角を曲がったと同時に迦具夜は地面を蹴って犯人を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます