捌の舞 発見と許可

 迦具夜が火花一門に加わってから四日程が経つ。身を寄せてからは基本的に鈴蘭と共に行動していることが多かった為、生活面のことはある程度覚えることが出来た。店の方はまだ再開する目途が立っていないようだけど、長い休暇みたいなものだと花火が言ってからは焦ることはなく皆気ままに自分の好きなように行動している。


 そんな迦具夜も本日は鈴蘭に付き合って館の掃除をしている。客間などは使っていないといっても埃などは積もっていく。数などの手間のことも考えると掃除はこまめにした方が良いよ?

 なんてことは置いておいて話は変わるが、灯台下暗しとは少し違うが、町は案内してもらってある程度把握出来た迦具夜だったが、実は『煌々華』の中は未だ全ての部屋を把握しているわけではない。というのも生活分だけだといくつかの部屋のみで事足りることが多く、店を開いていない故の客間などは入る機会があまりないのだ。

 そういうわけで、各部屋を順番に回って掃除を始めたは良いのだが…


「迦具夜さん、そちらはまだ掃かないで下さい。既に掃いた場所に埃が飛んで二度手間になってしまうので」


 先程から時折こういった助言や苦情が飛んでくることがある。いつもは緩い感じのある鈴蘭なのだが、掃除を始めた途端、目の色を変えて少々厳しくなったのだ。普段から掃除をしている為に掃除に対して自尊心的なものでも持っているのだろうか。箒で掃く場所の順番や道具を使う力加減から効率的な掃除方法まで普段以上ののこだわりを感じる。


「そういえば、普段も一人で掃除してるんですか?」


「いえ、普段は紫苑姉さんもしていますよ。日によっては太夫や薊姉さんもしますし」


 普段通りの雰囲気で雑談をしてはいるがその手は止めずに動かしている。それとは対照的に話を振るたびに手を止めて振り向いている迦具夜は注意を受けていた。…義賊の時の段取りの良さは何処へ行ったのか。

 それにしても紫苑は予想通りとしてあの二人も掃除するのか。薊はまだ分かるが、正直なところ花火が掃除をするなんて思っていなかった。二人で暮らしていた時は転々としていたから掃除する手間などは無かったし、第一そういうことを度外視してまで趣味に走る印象がある。


「あの人も掃除するの…?」


「え…ああ、太夫ですか?」


 迦具夜の疑い全開の眼を向けられて鈴蘭は誰のことを言っているのか一応は理解したらしい。まあ、未だに薊との仲が進展しないからそちらではないことは察したのだろう。


「そうですね…あれは掃除と言うよりは整理に近かったですね。もう必要ないものを端から捨てたりして」


 それは何ともあの人らしいといえばらしいことで。あの人、普段はどう転んでも対応できるように先の先まで読もうとしたりする癖にどうでもいい事や面倒な事は手を抜いて早々に終わらせることがあったからなぁ。良く言って豪快、悪く言って大雑把だったりと。まだ直ってはいなかったらしい。

 訊けば、花火が整理した後は改めて鈴蘭や紫苑が掃除をするらしい。整理はしても部屋の埃などは残っているから当然か。


「よし。では次に行きましょう」


 雑談をしている間にも鈴蘭がせっせと掃除を進めていたようで、気付くと今居る部屋の掃除は終わっていた。そして道具をもって二人は次の部屋へと向かう。

 その途中、迦具夜は入口付近にある大きな戸が気になった。気になっていたのは前からであるが、戸だけで判断できるがその部屋は他よりも大きくようで、何より趣向が違った。


「ここはやらないの?」


「いいえ、後でやりますよ。とはいえ、そこはこの中で一番広いので一度道具などを仕切り直してからするようにしているんです」


「ふーん」


 鈴蘭はそう言って次の部屋に向かおうとするが、気のせいだろうか?中から何か気配を感じたような…。そもそも何の部屋なのであろうか?先程掃除した客間でも商売をするなら十分な広さがあったが、それよりも広いとなると…。

 迦具夜は一瞬覗こうと戸に手をかけたが、掃除の絡んだ鈴蘭に怒られると思い、どうせ後で掃除する時に見るだろうと鈴蘭の後を追って行った。


 そうして次々と部屋を掃除する二人。意外にも一番時間のかかった部屋が迦具夜自身の部屋だった。元は使っていなかったというのもあるが、これに関しては逆に物が少ないということだった。迦具夜自身花火と共に各地を転々としていた影響だったり元からだったりで、基本的に必要最低限の物しか必要とせず必要となれば現地調達する性質な為、部屋の中には迦具夜に用意された布団と迦具夜が持ってきた衣装ぐらいしかなかった。迦具夜もそれと金銭ぐらいがあれば何とかなると今迄の経験上で認識しており、他のことは下に行けばいいわけだからね。とはいえ鈴蘭からすればそれでは駄目のようで、何か色々と予備の分を分けてもらった。即座に用意しなければいけない時があるかもしれないとかなんとか。成程。


 そんなこんなで自分たちの部屋も終わり、最後に待っているのは例の大部屋である。雑巾などを洗い直してから再び大きな戸の前に行く。


「やっぱりここだけ他より浮いてるよね」


「浮いてる? しっかり壁に填まってますよ?」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 鈴蘭への説明はいいやと思いながら迦具夜は戸に手をかける。だが、横に引けど戸は動かない。念のために反対側にも動かしてみても開く気配は無く、どういうことかと頭を傾げてると鈴蘭が横から手を出して戸を正面に押した。すると、先程までは全く動かなかった戸があっさりと開いた。


「この部屋は前の建物のものをそのまま残していて他と造りが違うんです。何故残してあるのかは知りませんが」


 そういえば何かの建物を買い取って改築したって話でしたっけ。浮くほどの違和感があったのはそのせいか。

 部屋の中は予想通り広かったが、それ以上に造りが異なっていた。他の部屋のように座椅子があったりと寛げるようにしていることから客室であることは理解できるのだが、何よりそれらが向いている奥に数段高くなっている場所が目立って見える。


「これって…もしかして劇場?」


 劇場とはお客を呼んで演劇などを見せる場所である。噂にはそのようなものもあると聞いていたが実際に目撃したのは初めてである。状態から分かるようにかなりのものだが、何故ここにこれがあるのだろうか?改築前の建物ってそういうものだったの?


「確かにこれは劇場ですが、一門の物となってからは一度も使われていませんね」


「え、なんで? 芸とかを見せるには丁度いいんじゃないの?」


「私たちの芸はこういう場で堂々と魅せることが出来る程のものではまだないのですよ。それに、こういう場は芸よりも演劇の方が良い気がしますし」


「…その割には使われた形跡があるけど?」


 迦具夜が言うのは舞台の上。その一部分には誰かが居たと思われる埃ではない汚れが残されていた。やはり先程この中から感じた気配は間違いではなかったようだ。一部分に汚れがある以外は綺麗に整頓されているところから察するに、これは盗みや荒らしではないようなので放っておいても大丈夫だろう。どうやら身内の可能性が高そうだから。


「さて、始めますか」


 雑巾を一度濡らして絞ってから、木製の床である舞台を拭く。これも名残ってことで床は畳ではない。それはそれで水の加減を間違えれば床が腐りそうなので気を付けねば。

 そういえば木製の床には最後に何か油を塗るって前に聞いたような気がするが、そういうのは調理用とは別の油だろうけど、その手の物は結構高価だったりするからなぁ。…そもそも油を塗ったら燃えそうだからあまりしたくないけど。


「鈴蘭さん、舞台裏はどうします?」


「どうなってますか?」


 舞台側の両端から入れるようになっている舞台裏。おそらく小道具や控えを待機させておくためにあるのだろうが、現在は人は勿論、小道具すら置かれていなかった。見たところここは最近触られたような感じは無く、それほど汚れてもいないのでここはしなくてもいいだろう。


「掃除の必要は無さそうです。というか、本当に使ってないんですね」


 謎の人物以外は。

 こんなに空いているのだから舞台裏を倉庫代わりにでも使えばいいのに。あの辺りとか丁度良さそうですよ?あ、でも換気的には微妙かも。


 どうであれ、用途については今は置いておくとして、二人は舞台上と客席を手分けして掃除を行い、外の夕陽が沈み始めた頃には全ての掃除が終わった。

 鈴蘭は紫苑の夕食の手伝いがあるらしいので先に行かせ、使った道具の片付けを引き受けた。好みがいまいち分かっていない皆の分の夕食を作るよりはこちらの方が楽である。


 館の裏手に出て、水を引いては溜めて、使った道具を洗っていく。一度仕切り直している為そこまで洗う数は多くないので、洗いながら迦具夜は空を見上げた。空は紅く染まりつつも少しずつ闇をちらつかせている。


「そういえば…昔もこんなことがあったかな…」


 あの時は一緒に日雇いの掃除仕事をしていた同僚がやらかして、さらに信じられないぐらいに偶然が重なったりして、掃除を始めた時以上に散らかって一緒に怒られたっけ。その後は終了予定時間よりも遅くなって給料も下げられたのは苦い思い出。その時の同僚は元気かなぁ?


「昔ものぅ?」


「ほえっへぃ!?」


 突然、後ろから声がしたものだから反射的に手に持っていた雑巾を放り投げてしまったじゃないですか!落ちてきた雑巾は何とか掴み取ったら、良い感じに乾いていた。


「随分と変な声を上げるわね」


 声で大体分かったけど振り向くと、やはりと言うべきか花火が呆れたような表情をして立っていた。その手には変わらず、煙の出ている煙管が掴まれていた。

 というかいきなり現れないで下さい。


「今迄何処行ってたんですか…?」


「何処って商会やそこらをのぅ。これでも忙しいのよ」


 姿が見えないと思ったらちゃんと仕事をしていたらしい。…その割には顔が少し赤く見えるのは気のせいだろうか? ……夕陽の所為という事にしておこう。


「迦具夜、ちと訊くけど、最近夜の方は如何なの?」


「何ですかその言い方」


 言い方が少し、いやかなり引っかかるけど、おそらく盗賊業のことを言っているんだろうなぁ。

 えっと…最後にしたのが鍛冶屋の刀の件で、その後に花火さんと会ってここに住むようになってからは特に動いてないな。


「ここに来てからはしてませんけど?」


「そう」


「そう、って何かあるんですか?」


「特にないわよ。ただ気になっただけ」


 花火はそう言って煙管を吸っているが、聞かれた迦具夜からすれば釈然としない感じであった。放任寄りなのにわざわざ訊いてくるのだから何かあるのかと思うのは自然なのだが、この人の場合は考えが読めないから困る。


「…そういえば、今日鈴蘭さんと掃除していてそれで劇場に入ったんですけど、あれどうするんですか?」


「あれね、好きにするといいわ」


「え、それだけ?」


 思っていた以上にあっさりとした返答だ。丸投げとは恐れ入る。まさか気まぐれで何となく残したんじゃ…


「…前の建物の名残って聞きましたけど」


「ええ。以前の所有者が諸事情で売り払って数日後に取り壊す予定だったものをみつけて買い取ったの。活動拠点としてね」


「…それで? 他は改築してあの劇場だけ残したことには何か理由があるんですか?」


 すると花火は何処か遠くを見ながら煙管を咥え、静かに煙を吐いた。そして遠い目をしながらに呟いた。


「…一口に芸事と言っても色々あるのよねぇ…」


「…だから?」


「誰か使うだろうと」


「雑!」


 やっぱりその辺はまったく考えてなかったよこの人! その後に、芸の選択肢を増やしておいて損はないだろう?とかなんとか言ってますが結局は他人への丸投げなんですね。

 

「あれが気になるのならお前さんが使えばいい。朝は暇だろう」


 いや別に盗賊業は夜にするから朝は暇ってわけではないですよ。一応は一門に属する身だから手伝いとかしますし。

 とはいえ、それもありかもしれない。芸事の修業をするといっても私自身は自分から望んで門を潜ったわけではないから芸を磨くことは疎かそもそも磨く芸がない。この機会にやってみるのも一つの手か。

 劇場を使うとなるとやっぱり演劇かな? でもそれをするには台本が必要になってくるし、それ以前に人数が足らない。一人なら舞うって手もあるけどどうしようか?


「ふふ、やりたいことがあるのならお前さんの好きにやればいい。だけどその場合は自分で考えることだ」


 そう言い残して花火は館の方へと戻って行った。丁度陽も暮れて黒が訪れた。自分の芸のこともあるが、とりあえず今は洗い終えた道具を片付けて、夕食にしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る