漆の舞 自警団とならず者

 集まっていた住人たちが散らばった後、そこには自警団に属している男が面倒臭がりながらも地面に残された数枚の紙を拾い集めていた。その男はよく相良と行動を共にしている木堂という男で、今回は面倒な追う仕事を相良に任せて現場処理を買って出たのだ。と、紙を全て集め終わったところに相良が戻って来た。彼は単独でこちらへと向かっており、その足取りは少々重く感じられた。


「すまない、逃げられた」


 それは聞かなくてもその様子を見れば分かる。足取りの方も真面目な相良のことだからきっと捕まえられなかった自分を責めているのだろう。


「まあいいんじゃねえの。今逃してもあの手の者と出会う機会なんかいくらでもあるだろ」


「だが、それでは…」


「まあまあ、少しは頭を柔らかくな。あの手の仕事はいずれ面倒事になるのは目に見えてはいるが、その結果は結構な利用のし甲斐があるぜ? こういう記事なんか意外な情報が載ってるかもしれないだろ?」


 自警団の先輩も利用できるものは利用して損はない。と言っていたことがあるぐらいだ。情報に関わる相手なら捕まえても捕まえなくても何かしらの利点が生まれるものだ。とまあこういう考え方があっても、真面目すぎて何度助言しても未だ頭に柔軟性が欠ける相良が納得するのはまだ先のようだが。


「そういやあ、本当に報告しなくてもいいのか?お前の見たあの影のこと。もしかしたら例の盗賊かもしれねぇんだろ?」


 木堂は拾い集めた紙に興味本位で目を通しながら、思い出したように相良へと話題を振った。それは昨夜のならず者の件であり、真面目な相良にしては報告内容に穴があったことだ。

 話を振られた相良からは、さも当然かのような答えが返ってきた。


「ああ、報告するには確証がないからな」


 珍しいこともあるものだと思ったが、その理由は普段通りに真面目すぎただけだったようだ。それでこそいつものお前だよ。

 目撃した本人の相良がこう言っているが、世間ではそんな確証など関係ないようで…


「けど、巷にはその線で広まってるらしいがな」


「なんだと…?」


 その言葉に驚く相良に木堂は瓦版の今見ていた箇所を見せつける。そこには記事がちらほらと記載されておりその中で一番目立つ位置に確かにあの義賊が出現したとしっかり書かれていた。


「意外と俺たちの話を盗み聞きしてたりしてな。諺にもあるだろ、壁に耳あり障子に目ありってな」


 冗談半分のつもりで言ったその言葉だったが、意外と真実に近いというか殆ど正解であることに二人は気付いてはいなかった。

 実は迦具夜も驚いていた情報元はこの二人なのだ。正確に言うと、ならず者を連行していた時に呟いていたことがそれこそ壁に耳ありといった感じに何処かで聞かれており、それがどういう訳か誇張されて瓦版に書かれたということである。疑惑だったものが勝手に明言された形になったがそれこそが正しいことを彼らはまだ知らない。


「既に広まってしまったものは仕方ない…。それで、町の反応はどうなんだ?」


「見ての通りだ。俺らが居てもその話で盛り上がってたりする。今更止めるのも面倒だから止めてねえ」


「いや、少しは止める意思を見せろよ…」


「義賊だっけ? 目的は分からねえけど何もないよりは面白いからいいじゃん。…って、言ってる間に着いたぞ」


 雑談をしながらも二人が辿り着いた場所はそこらの大きな店よりは広い敷地を有する物件だった。その物件こそが自警団"白狗隊"が拠点とする場所だ。

 入り口である木製の小さな門を潜り、二人は中へと入っていく。敷地の庭では同じく自警団に属する者が数名木刀を素振りするなど自主訓練をしている。それを眺めながら進んでいると、進行方向に居た男性に声をかけられた。


「おぅ、今戻りか?」


「はい。少々騒がしい者がいたので配っていた物を没収していました」


 二人に声をかけてきたのは二人よりも体格の良い男性。この人が白狗隊を率いる杉田である。白狗隊は全員で十数名の小さな組織であり、杉田はその属する者全てに少なからず慕われている男だ。


「また没収か?…ん?瓦版じゃねえか」


 杉田は木堂の手に握られていた瓦版の束から少々抜き取る。抜き取られた勢いで紙束を落とす木堂を一切気にすることなく杉田は瓦版に目を通す。


「内容は先の件のことか。仕事の早いことだ…ん?この賊って何だ?俺は聞いてないぞ?」


 杉田は記事の目玉部分に首を傾げた。杉田はつい先程まで捕えたならず者たちから聴取を行っていたがこの様子だと大将はそのようなことは言っていないようで、相良も確証が足らず報告はしていないので、確かに知らないのも当然だ。

 すると、その件を少しは聞いている木堂が口を開いた。


「あー、そのことなんすけど、実はこいつがそれっぽい影を見ていたんですけど、賊である確証が無いってことで報告しなかったらしいんですよ」


「相良…なんというかお前らしいと言うか…」


「なんせ真面目なもんで」


「な、なんですか!? 確証の無い証言は虚言と同じでしょう!?」


「いや、それでも場合によっては証言は多い方が良い時もあってだな…」


 相良の相変わらずの真面目さに杉田も苦労しているようだ。当の相良はそんな空気を察して話題を変えようと杉田のしていたことに突っ込む


「そ、それより、捕えた者の方はどうなったのですか?!」


「ああ、それだが――」


「おい野郎、これでいいのか。

む、お前らは…」


 杉田の裏の建物から姿を現したのは、昨日捕えたならず者集団の大将であった男だった。男はその大きな身体にどういう訳か自警団の羽織を掛けて何食わぬ顔で中から現れたのだ。相良と木堂は状況が飲み込めず固まっていると、杉田が振り返って軽い様子で男に応じた。


「おお、結構いいんじゃないか? ちょっと丈が足らない気もするが、中々様になっているぞ?」


「全部疑問形じゃねえか」


「ちょっと待てやおらあああああ!?」


 突然大声を上げる木堂。それにより何食わぬ顔で話を続ける二人どころか、素振りをしていた者たちまでもが木堂に視線を向けた。まあ、大声を上げた気持ちは分からなくもない。というかその原因が問題なんだ。


「うるせえな。突然なんだ」


「何だも何も、何でお前がその羽織を着て出てくるんだよ!お前らはまだ捕まってる予定だろ!」


「あー、それなんだが、昨日の今日だが彼には我ら自警団に入ってもらうことになった」


「「はぁ!?」」


 杉田が軽い気持ちで放ったその言葉に木堂は疎か、隣で状況を理解しようと思考を巡らせていた相良までもが声を上げた。二人は何か反論しようとするがそれより先に杉田は自身の考えを述べた。


「俺は思った。我ら白狗隊は治安を守る立場だがこのまま大丈夫なのかと。俺らは組織としては日が浅い。比べる相手として挙げるのはどうかと思うが、首都のに比べれば我らは人数も戦力も遥かに劣る」


 それはそうだ。向こうの組織は一人一人の戦力や組織としての経歴に留まらず、何より格が違う。大した成果も無くまだまだ新参に含まれるであろう俺たちと比べるのは如何なものかと。


「だから俺は戦力強化として手始めに彼を勧誘した」


「戦力強化と言うことは分かりましたが、何でよりによって捕まえた奴からそれを選ぶんですか!?」


 流石にそれは納得できないとばかりに問い詰める。確かにならず者を率いていただけあってそれなりの戦力にはなるだろう。それはあの場にいた者なら分かる。だが、この者は仲間と共に幾度と秩序を乱してきた側の人間だ。杉田が認めても納得しない者も多いだろう。

 そんなことになるのも分かっていたのだろう。杉田は二人に落ち着けと制止を促した後、そこに至った経緯を簡単に説明し始めた。


「簡単に言えば、俺は彼と取引をした」


「取引? 何をです?」


「彼の部下を釈放することを条件にな。といっても当分身柄はうちに置いてもらうがな」


 その後に続いた杉田の言葉によれば、この男はただの喧嘩好きで、生きているという実感を得るためだけに手段は問わずにそれだけを求めていたという。そこを杉田は手段を問わないのならうちでも満たせるかもしれないと言って勧誘したらしい。彼の勧誘を機に自警団に武力専門の部隊を作ることも少しは考えているらしい。

 意外と頭が回り、仲間想いでもあった男は、仲間の身と自身の望みの両方を得られるその条件を呑むことにしたようだ。その後は二人が見た通りに羽織を渡されたということだ。


「大丈夫なんですかい?今いち納得が出来ないんですが…。裏切りだって考えられるぜ」


「ふん、疑い深い奴らだ。俺にも義理ぐらいはある。それにこういうのも偶には良いだろう…」


 どうやら当人に裏切る意思はないようだ。それどころかもう次のことを受け入れて楽しもうという意思すら感じられた。本当、生の実感を得られるのなら何でもいいのかこの男は。


「他の奴らには後で言うことにしよう。さて、飯の準備でもするか」


「酒はあるのか」


「悪いが今は切らしていてな、水で我慢してくれ」


「待て」


 意識を切り替えて中へと入っていく杉田と男を止める声がした。二人が振り向くと声の主は相良だったのようで真っ直ぐにこちらを見ていた。まだ納得がいっていないのかと思われたがその眼は違うようだ。


「何と呼べばいいんだ?」


「んあ?」


「名前だ名前。お前はもうならず者たちの大将ではないんだ。仲間になるのなら名前が必要だろう」


 仲間になることに関してはもう割り切ったらしい相良がそう言うと、二人のどちらもそのことをまだ考えていなかったようで、杉田は足を止めて横に視線を送りその横で男は少し悩んだ。今言わなければどうするつもりだったのだろうか…。


 男にとって名前とはどうでもよいものだった。戦いさえあればいいこの男にとって名前とは既に捨てたもの。仲間内では自分が上だったこともあって皆この男を大将と呼んでいて名前で呼ばれることはなく、男自身ももう自分の名前を思い出せなくなっていた。


「名乗る名など持ってはいない。好きに呼べばいい」


 一度考えてはみたがこれといって思い付かず、男は諦めたように応えた。


「じゃあ、元ならず者」


「大男」


「好きに」


 木堂、相良、杉田の順番に呼び名が挙げられる。好きに呼べとは言ったがその考える気のない雑な候補はどれも気に入らないらしく、律儀に全てに噛みつく。


「おい、そこの二人。それは人の名前ではなく肩書か何かだ。それとお前、好きに呼べばいいとは言ったが"好きに"と呼べと言ったわけではない!」


「ははっ、冗談だ。怒るな怒るな。

 そうだな……今日からお前の名は大斗だいとだ。ふと思い付いた」


「ふん、ならその名を貰っておく」


 そう言って、大将改め大斗は先程向いていた方向とは別の方向へと歩いていく。杉田が何処へと訊くと捕えたならず者たちの居る牢へと行こうとしたらしい。自身を含めたならず者たちの処遇のことでも報告するのだろう。それならいいと杉田は大斗を行かせ、相良と木堂を連れて三人で改めて中へと向かう。すると…


「隊長!ご報告があります!」


 門の方からそう叫んできたのは相良たちと同じく巡回を行っていた仲間の一人だ。巡回を終えたのか終えていないのかはさておき、そんな彼が急いで戻って来たということは何かがあったということである。


「どうした?」


「町の西の方でまたらしいです!」


「…これで三件目か。早く手を打たねばな…」


 彼が言っている"消えた"とは、ほんの数日前から水面下で起きるようになったとある事件のことである。それは時間を問わず子どもが行方不明になるということだ。始めは子どもが迷子になっているだけだと考えられたが、何時までも子は戻らず、何件も同じような件が起きているということで誰かの犯行であると考えを改めて捜査をしているのだが、情報が集まらずいまいち捜査が進展していない。


 犯人の目星は付いていない。相手の目的も判明していない。相手は子どもを誘拐してもその後に何かを要求しようという動きは今のところ確認されていない。一体何が目的なんだ…


「もしかしたら例の盗賊が何か知っていたりしてな」


「犯人という可能性も考えられるが?」


「それはないだろ」


 木堂と相良がこの件に関して軽い見解を述べているが、木堂が言う通り今巷で知られているあの盗賊はこの件とは無関係だろう。あの盗賊の今迄の行動時期と行動範囲、それから考えられる移動時間と、誘拐事件が起きた時期が多少ずれている。

 だが、犯人ではないだろうが全てが無関係かどうかはまだ分からない。義賊と言われている奴だ。この件を知れば一枚噛んでくることも考えられる。なら、我々はどうするか…。


「…まずは情報整理だな。三件の現場位置から何かしら予想が立てられればいいんだが…」


 それから杉田は自警団の皆を一つの部屋に集め、今ある情報だけで作戦会議と当面の行動方針を話し合った。

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