参の舞 夜業
陽が沈み、黒く染まりつつある中で『華乱』は賑わいの赤光を放っていた。
それとは別に人の存在を証明する灯りがある場所があった。
それは『華乱』からそれほど時間のかからない小さな山の麓。そこに残されていた建物の残骸を基に築かれた小さな隠れ家。この場所こそが鍛冶屋に押し入ったならず者集団の根城。敷地の中では数人のならず者たちが夜宴をしているように一つの火を囲んで酒を飲んでいる。
そんな根城から少し離れた木の枝の上に影のような黒い着物へと服装を変えた迦具夜の姿があった。
ここから見える範囲で確認できるのはならず者の数は七人。中央に五人、少し離れた高台に二人。全員が体格の良い男でその中でもさらに身体の大きい男がいる。その男は他の者に酒瓶を取らせてそれを受け取ると豪快に飲んでいる。態度といい周りの動きといい恐らくあの男が大将だろう。
数人の男たちの傍には合計四つの刀が置かれている。大将の傍に二振り、他の二人の男の傍に一振りずつ置かれている。他の者の傍にも何かがあるが刀ほどまともな武器ではない。あるのは鈍器ぐらい。ということはあの四振りが鍛冶屋から奪った失敗作か。
「割と情報通りだったね。さてと…行きますか!」
結局夕食を取っておらずならず者の情報収集に努めていた為に少々腹の虫が鳴りそうな状態ではあるが、それでも迦具夜は早めに片付けようと心に決めて闇に跳び込んだ。
「で、これからどうします旦那、このまま喧嘩売りに行きますか?」
根城の中央、そこに強く燃える大きな火を灯りとして開かれた宴。火を囲む男の一人が酒瓶を取りながら口を開いた。すると、それに応えるように奥で胡坐をかいて座っていた大柄の大将が男に静止をかけた。
「まあ待て、何事も準備をしてからだ。俺たちはまだこの人数だ。それに武器もまだ全員分があるわけではないからな。急ぐ奴は早死にするぞ」
ならず者たちの目的はただ喧嘩がしたいということだけ。戦争のない世界で派手に暴れたい、それだけの為に彼らは同士を集め、武器を集め、組織へとなりつつある。
その中で大将は喧嘩が好きな男であり、先に答えがなくても喧嘩こそが自身の証明であると考えている。そんな男に付いていくと決めて他の者はいる。
「にしても掻っ攫ってきたこの刀、使えるんですかね?」
「こういうのは所詮道具だ。どうとでも使い道はある」
そう言って大将は抜き身の刀を一振り持ち上げて月光に翳す。
刃はまだ刃毀れしていないというのに波のような歪な形をしている。それに焼きが甘い。大将はそれが失敗作だとすぐに分かっていた。だが手放す気はない。先程も自身が言ったように道具にはどうとでも使い道がある。これならば脅しにも不意打ちにも使える。いざとならば売って資金にでもしてしまえばいい。そう思っていた時だった。
恐らく月に翳していたから気付けたのだろう。視界の端に何かが通り過ぎた。鳥ではない。その影が過ぎた先を追って後ろを振り向く。すると後方にあった櫓から悲鳴が聞こえた。
「ぐはっ!!」
「なっ!?なんだ貴さぐはっ!!」
櫓の上に居た二人が突如倒され、二人が立っていた場所には見知らぬ人影が現れていた。大将以外の者たちも今の悲鳴で乱入者に気が付き、それぞれ刀やら棍棒やら武器を手に取る。
「なんだあれ!?」
「どっから入りやがった?!」
「ほう……どうやら俺たちより先に喧嘩を吹っ掛けてくる奴が居るとはな」
大将は立ち上がり、乱入者の姿を確認する。
背格好から察するに女か。だが一瞬で二人を倒した力は只者じゃねえな。何より堂々と姿を晒すとは大した度胸だ。
「せっかく来たんだ。降りてきな、喧嘩といこうや」
大将は両手に二振りの刀を握り、相手の反応を待たずに他の者を嗾ける。部下の一人が櫓に上がろうとすると、それより先に乱入者は櫓から飛び降り、近くに居たならず者の一人の頭に落下を利用した踵落としを見舞った。喰らわされた男は意識が飛んでその場に倒れ込むが、乱入者はすぐに次へと意識を向けた。
「早いっ!」
これで三人!
着地した迦具夜はすぐに櫓から離れた男に意識を向ける。相手は棍棒を振り上げている。だが、それが振り下ろされるよりも先に迦具夜は一瞬で姿勢を低くして相手の視界から外れたことで、標的が消えたように見えた男は戸惑う。その戸惑いにより僅かな隙が生まれ、それを逃すことなく迦具夜は下から相手の手首に掌打を叩きこみ、持っていた棍棒を落とさせてからその腕を掴んで地面に叩き付ける。これで四人!
「なんだこいつ!?強え!」
「はっ、自分から攻め込むような奴だ。それくらいじゃないと面白くねえ!」
残りは例の刀を持っている三人。失敗作と言う話だけどそれでも人を傷つける刃物であることには変わりない。
今度は刀を持っている二人の男が大将の前に出て共に挑みかかってくる。どちらもその太刀筋は素人で刀を滅茶苦茶に振り回している。躱すのは容易いがこれだと近づくのも面倒である。
すると迦具夜は櫓や柱の陰に跳び込み走り回り、その姿を隠した。
「何処へ行った?」
「逃げた…いやまだ居るな…」
二人の男は刀を構え直し、手分けして櫓の裏や隠れられそうな場所を探す。その光景を後ろから大将が見つめる。
「(隠れたか…。あれだけの手練れだ、二人がかりだろうと圧倒できると踏んだんだが。かといって逃げた気配はない…。何が目的だ?)」
大将がこちらの行動に疑問を抱いている中、その場所より後ろにある物陰に迦具夜は居た。
「(ちょっと休憩。さて、どうしようかな)」
出鱈目な刀使いを相手にするのは面倒ではある。だけど本当に厄介なものは後に控えている大将だ。おそらくあれは一筋縄ではいかないだろう。あれは他の奴とは別の意味で出鱈目な気がする。今回の件は早く終わっても駄目だが、時間を掛け過ぎても状況がややこしくなる。迦具夜は今の位置から出入り口の方を見る。…まだ時間はありそう。
と、ここで大将がこちらを見た。
「…! そこか!」
大将は迦具夜の位置を察し、左手に持っていた刀を飛ばしてきた。確実に気配を消していた筈なのに場所を悟られた迦具夜は刀が到達するよりも先に他の物陰へと場所を移す。刀は先程まで迦具夜が隠れていた壁を貫き、地面に転がっている。
「…はずしたか。お前ら!奴は俺たちの後ろに居る。その辺を探せ」
二人の男がこちらに向かってくる。目的の刀の一振りは取りやすい位置にある。回収するなら好都合だけど、すれば場所を明かす上にもうその勢いで仕掛けなければいかなくなる。次の行動に迷っているその時、迦具夜の耳に何かの音が届く。
――――。
っ!
外の方を見ると、先程までなかった光がこちらに向かって来ていた。なら取るべき行動は決まった。迦具夜は走り出し、落ちている刀を拾うと物陰から跳び出した。
二人の男は分かっていたとはいえ突然現れた迦具夜の姿に一瞬遅れながらも刀を構える。迦具夜はそんなこともお構いなしに目にも留まらぬ速さで距離を詰めると刹那、二人の手から刀を奪い取った。
「なっ!?」
「何だと!? ―――がはっ!」
そして二人が驚いているうちに後ろから回し蹴りを浴びせる。
今、迦具夜がしたことは先程の相手よりも的確に敵の筋肉に打撃を与えて麻痺させ刀を持つ手を緩めさせたのだ。打倒が不要でただ盗むだけが目的なら本来の迦具夜には簡単なことだ。
迦具夜はそのまま大将へと猛進する。
「はっ、まさか真正面から突っ込んでくるとはな!」
迫りくる迦具夜に対して、大将は笑みを浮かべてその動きを目で追って右手の刀を横一線に振るう。迦具夜はそれを読んでいたかのよう身体全体を低くし、相手の攻撃の軌道の下を滑り込むようにして躱す。そして奪った刀を掴んだままの両手を地面に付けて、片足を大将の右手首目がけて思い切り後ろに上げる。
「おっと、その手には乗らねえぞ」
だが、流石に行動がばれているのかすぐに身体を回して躱される。そして大将は迦具夜のがら空きの身体に向けて左の拳を出す。それを前転して躱すが大将はさらに刀を振るう。
「如何した!さっきまでの勢いはどうした!」
迦具夜は転がり、時に手にした刀で攻撃を受け流すが、大将の攻撃は止まらない。けれど迦具夜には時間はもうあまりない。そこで迦具夜は一か八かの勝負に出ることにした。
「これでどうだ!!」
大将は迦具夜が躱せないように低い地点から斜め上に向けて大きく刀を振るう。それを待っていたように迦具夜は動く。
―――。
「な……っ!」
大将の振るった刀は迦具夜に当たることなく止まっていた。迦具夜は奪った刀の一つを背後の地面に突き刺すことで相手の振るう刀を止めた。
そして迦具夜は突き刺した刀の柄の先に乗って軸にし、相手の顔目がけて回し蹴りを繰り出した。蹴りは大将の頭に見事当たり、それにより持っていた刀を落とす。だが、それだけで倒すまではいかなかったようで、大将は軽く頭を振られたぐらいの症状で済んだ。だけどそれだけで十分だ。
「大人しくしろ!"白狗隊"だ!…ってどういうことだこれは…」
見計らったようにこの場に自警団が到着したようだ。先頭の男を始め自警団は現場に倒れるならず者と一人立っている大将の姿に理解が追い付かずに戸惑う。
「ちっ、良い所だったのによ。まさか自警団まで来やがるとはな。…って、さっきの奴は何処行った…?」
大将は見回すが、現場には倒れた仲間と自警団の姿はあれど既に迦具夜の姿は何処にもなかった。ついでに言うと四振りの刀全ても無くなっていた。
「大人しく投降しろ!」
「逃げられちまったか。……仕方ねえな。お前らで我慢してやるよ!」
大将はやるせないような気持ちになり、集まって来た自警団に素手で殴りかかる。自警団も相手の戦闘意思を受け取って応戦する。
「相手は一人だ。数で囲んで確実に捕えろ! そこの君たちは倒れている者を捕縛しておいてくれ!」
「「了解」」
自警団を指揮する男が仲間に指示を出す。既に交戦しているところに手の空いている部下を向かわせ、残りの者には既に気を失っているならず者の拘束を命じる。その拘束を命じられた者の中には町を巡回していた二人組の姿もあった。
「うわぁ、何があったか知らねえがこれは完全にのびてるな」
「一体誰が…」
二人はならず者たちの身体を起こしては目が覚めた時に抵抗されないように枷を取り付ける。それを行いながら真面目な方、相良は疑問を浮かべていた。
「そういえば、さっき入った情報は何だったんだ?」
「あー、『町はずれに居座るならず者たちが夜明けと共に町に夜襲を仕掛けようとしている節がある』って奴か。今思うと何だったんだろうな。実際に現場を見てみるとこれから襲おうとしてたとは思えない様子だし、数人は何故か倒れてるしな」
「勘違いだったのか?…そもそも、誰がそんな情報を…」
不審な点に相良が頭を悩ましている時、一陣の風が吹いた。相良は反射的に目を閉じた。そして風が治まり、視界を開けるとその視線の先、壁の向こうに伸びる木の上に一つの人影が見えた。よくは見えないがその影は手に何か棒のようなものを複数持っていた。
「あれは…」
「どうした相良?」
「いや、そこに…」
問われて、人影のことを言おうと再びその場所を見ると、既にその影はなくて見間違いだったのかと思われた。
その間にならず者の大将も捕縛されたようで、それらを連れて白狗隊は『華乱』へと引き上げて行った。
「これでよし!」
普段の服装に戻った迦具夜は開放されていた鍛冶屋の入り口に盗り返した四振りの刀を置き、店を後にする。
「ふぅ…思いの外疲れた」
実は言うと今回の件、適当な情報を流してあの場に自警団を呼んだのは迦具夜だった。その理由は鈴蘭の求めた通り、鍛冶屋の身を守りながらならず者が捕まるようにするためである。その為に迦具夜は終始時間の事を考えながら、ならず者が逃げないように引き付け、自警団が現れると同時に見られる前に姿を隠したのだ。それからは大将が捕まったかを見届けてから町に戻って来たということである。
「押し付ける形になったけど、ちゃんと捕まえられたみたいだから良かった良かった」
始めから面倒なら押し付けるつもりだった迦具夜はそんな独り言を言いながら夜の町を歩く。夜の『華乱』、特に紅い町並みの方は陽のある時間とはまた違った顔を見せていた。
「さて、結局どうしようかな…家のこと考えてなかったなぁ」
家探しの件は当てに頼ってみたが、それが未だに答えが出ていない為、今の迦具夜には家が無い。これは大変困ったことだ。迦具夜は先の一件以上に頭を抱えた。
「これはまた…懐かしい顔に逢うもんだねぇ」
艶のある声が前から掛けられた。迦具夜はその声に聞き覚えがあった。視線を上げるとそこには大きな胸の上部が見えるほどに着物を着崩し、右手で口元に煙管を運び、反対の手には閉じられているが豪奢だと分かる扇子を持った色気のある女性が立っていた。
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