弐の舞 花の都の煌々華

 自警団の二人と別れた後、衆人がすっかり居なくなった道の上で迦具夜は再び歩き出した。

 今の迦具夜は目的があるようでない。今迄趣味の甘味処巡りに興じていたが、先程二人に言った通り移住希望の身であるために至急住む場所を探す必要があるのだが、当人にそれほど焦りはない。その理由は少なくとも当てがあるからなのだ。なのでそこに行くまでは観光を楽しもうという算段なのである。


「それにしても、凄い道…」


 『華乱』は首都にも引けを取らない程に栄えているというだけあって町自体も結構広く、それに加えてある時点から町の造りが多少変わるので、所により印象が変わる町でもある。

 「花の都」と呼ばれるだけあって植物が道を覆っていたり、それを逆に利用して抜け道として使っているところも多数存在する。それゆえ高い建物や突き出た植物が目印になるのでそれなりの土地勘があれば迷うことはないのだが、始めて来た者にとっては迷路と言われていたりするのだ。


 迦具夜もまだ土地勘を掴めていないので町を彷徨っているが、それは道に迷っているのではなく観光であったり、もしもの為に物色していたりする。


 自分で凄い道と言ったように、横向きに成長した木を橋として水路で区切られた向こう岸に渡る。これは勿論正規の道ではなく離れた場所にきちんと正式な橋がかけられているのだが、反対方向を見ていたので迦具夜は気付いていない。


 自然の橋を渡り切ると町並みに変化があった。どうやら今の場所が境目だったようで、先程まで木の自然の色を基調とした建物が多かったのが、こちらは木造なのは同じだが漆が塗られていて紅い建物が多い。

 この町は様々な人が集まって作ったとされており、町の中に二つの異なる建築特徴が存在するが、町全体で見れば不思議とそこまで不協和音を奏でてはおらず、どこかで共通点を感じる。


「っとっと。…ん? おぉ」


 そんなことを考えていると、気付かぬうちに町もかなり奥まで来てしまったようだ。辿り着いた場所にはいくつもの桜が育っていた。花はまだ咲いていないようだったが、今にも咲かんばかりの蕾が沢山あるところを見ると時期はもうすぐだろう。これは見物だ。


「あれ? でも、桜の季節は今じゃないよね? ま、いっか」


 迦具夜の言う通り、桜の咲く時期は今どころかもう過ぎている。今年の気温は比較的過ごしやすく、そのお陰で今年は平年以上に桜は綺麗に咲き誇った。迦具夜も余所の桜を見に行ったことがあるが、夜だったこともあって月光に照らされて綺麗なものだった。それから迦具夜は夜にも花見をすることを決めており、この桜も咲いたらまた来ようと思ったのだった。


 ほんの少し早い花見の予定を決めたところで迦具夜は来た道を戻り、再び紅い町の中へと戻っていく。


 迦具夜は改めて町を見て回るが移住によさそうな物件は見当たらない。それ以前にその手の紹介店舗も見当たらない。物件貸しならその手の募集もあるはずなのだが何処にもそういうものはない。

 元から本命ではなく見つかれば良い方と思っていたので、それほど気を落とすことも無く、諦めてそろそろ本題の方に移ることにした。


 迦具夜がこの町に来たのは、本当に移住がしたかったのでも、甘味に惹かれたわけでもない。元々知人を訪ねてこの町に来たのだ。その知人はこの町を拠点としていて何かの店を経営しているらしい。らしいというのは、本人が昔にそう言っていたというだけで、それほど昔ではないとはいえ現在でもここに居るのかは分からない。経営しているのもその内容までは聞いてはいない。だけどその外見的特徴は聞いている。見れば分かるとかなんとか。あとは…


「たしか、大きくて入り口に花のある…」


 特徴を思い出しながら視線を動かしていると、ある物件に目が止まった。その物件は大きく、入り口の横に造花が添えられており、看板には「煌々華」と書かれていた。


「この花の造り、知ってるのと一緒だ」


 迦具夜が頭に付けている髪飾りの造花は元々は作り方を教えてもらって自分で作ったものだ。今目の前にある造花もそれと同じ型のものだ。それだけならここにも作れる人が居るんだとそのまま素通りしただろう。だが、迦具夜はその造花の花弁にあるものを見つけた。それは作り方を教えてもらった相手が本物以上に魅せる為にしていた癖だった。


「特徴にもあってる…」


 迦具夜はこの物件に目星を付けて、開けている入り口から頭だけを出して中の様子を窺う。すると、入り口からすぐに長い廊下とその横に階段があった。だけど人ひとり気配を感じない。留守なのかと思ったが、床などに塵一つないので掃除したばかりと考えられる為、その可能性は低そう。そのまま中の様子を見ていると


「そこで何をしているのですか?」


「ほわっっ!?っっっ…!」


 完全に不意を突かれて驚いてしまい、その勢いで入り口の壁に頭をぶつけてしまった。打った額を手で押さえながら振り返るとそこには迦具夜のような改造ではなく通常の着物…と思ったけど各所が微妙に違った着物を身に着けた女性が立っていた。ぱっと見ては身長はそれほど迦具夜と変わらなそうだけど雰囲気からすると迦具夜よりも少々年上だろう。


「えっと…大丈夫ですか?」


「はい…痛いけど大丈夫…」


 女性の目には少々警戒の色が感じられたが、頭を打った迦具夜を心配してくれているようなので、良い人かもしれない。何故か警戒されているけど。あ、中を覗き込んでたからか。


「それで、一体何をしていたんですか?」


女性は訊いてきた。


「えっと…今、知人を探していまして、その知人が経営しているらしいお店がこの町にあることは分かってるんです。それで歩いていたらこの建物を見つけて、聞いていた特徴とこの建物の特徴が似ていたんで中を覗いてみたはいいんですけど…」


「誰も居なくて考えていたところに私が来たと」


その通りでございます。そのあとは御存じの通り。頭をぶつけました。


「ちなみにこのお店って…お店でいいんですよね?」


「はい。変わったところですけど」


「それでこのお店はどういったお店なんですか?」


 一番気になっていたことを訊いてみただけなのだが、女性はどこか言い辛そうな顔をした。え、そんな言い辛い店なの…?


「えぇ…大変説明し辛いのですけど…従業員がお客様を楽しませると言いますか…」


 お客を楽しませる? それだけ聞くとどちらにも考えられるぞ?

出来れば明るい方であれと願いながら、迦具夜は女性の次の言葉を待つ。


「はっきり言うと…その…遊郭のような」


 やっぱりそっちだったかぁ! あの人、なんという商売をしてるの!?まだ本人の店と決まったわけじゃないけど!

 心の中で叫んでいた迦具夜だったのだが、その勢いは無意識に動作に出ていたようでそれによって女性が少々引いている。


「あ、でもそこまで変な意味じゃなくて…茶屋の延長線のようなものですから」


 女性が必死で言い直しているが、それとこれとではかなり違うのではないだろうか…。そのあとも女性は言い足し続けた。それらを纏めると要するに、やらしいことはなく、宴会のように食事や話、芸などで客を楽しませるといったものらしい。…似たようなものじゃない?

とここまで言っているこの女性も案の定ここの従業員らしい。


「ここで住み込みで働いている鈴蘭すずらんと言います」


「あ、ご丁寧にどうも。迦具夜です」


二人はここで簡単な挨拶を済ませ、話を戻す。


「さっき茶屋の延長線って言いましたけど、それじゃあ何故中に人が居ないんですか? お客どころか従業員まで」


その従業員は目の前に一人居るが。

宴会ならともかく茶屋関係というのなら、今の時間は店を開けていてもおかしくはないはずだが、分かっているように店内からは人の気配がしない。


「それは皆さん出払っているので」


 鈴蘭が言うには、今日は休みらしく従業員は仕入れや休暇などそれぞれ自由行動をしているらしい。当の鈴蘭も休みのようだが、特にすることが無いので朝から掃除をしているとのこと。先程から彼女が箒を持っていたのはそういう事だったようだ。そしてそれももう終わったらしく今から買い出しに行くらしい。

 皆出払っていて中で待たせてもらうにしても彼女を止めることになり、探し人が居るかどうかさえ分かればいいだけの迦具夜にとってはそれはどうかと思い、せっかくだからと迦具夜は鈴蘭の用事を手伝うことを申し出た。その言葉に鈴蘭は少々遠慮していたが、最終的には頼むことにした。









「すみません。こんなことまで」


「大丈夫、大丈夫」


 大きな紙袋を抱えて迦具夜と鈴蘭は通りを歩く。二人が持つ紙袋は鈴蘭の用事の買い出しによるものである。その中身は石鹸や反物などの生活用品などだったりする。迦具夜はてっきり食料かなにかだと思っていたがそれらは別口で入手していると何やら意味深なことを言っていた。


「前見えてますか?」


「見えてますって。それとそれ危ないので気を付けてくださいね」


 迦具夜は鈴蘭の手に握られているものに注意を向けさせる。

その手には、途中鍛冶屋に寄って回収した包丁があった。それもふたつ。これは以前に研磨を頼んでいたらしく買い出しのついでに受け取ってきたのだ。


「それにしても…あの鍛冶屋さんも大変ですね。刀を盗られたって」


「あ、逸らした。 けど、取られたのは全部失敗作って言ってませんでした?」


 先程寄った鍛冶屋の主人が鈴蘭との世間話で言っていたことを思い出す。

先日、柄の悪い連中が来て主人に刀を要求した。あの主人は研磨ならともかく刀に関しては客を選び、その要求を断った。すると連中は鍛冶屋を荒らし、溶かして打ち直す予定だった失敗作の刀を四振り程持っていたらしい。

 主人は後で知ったことで、連中は最近町の外れを拠点として住み着いたならず者集団だったらしい。


「だけど、もしそれを市場に流したりしたら鍛冶屋さんの名前に泥を塗ることになりませんか?」


「そう言われると確かにその可能性もあるけど…自警団に任せればいいんじゃ?」


「自警団も存在を知って対策を立てていると噂がありますが、それだと刀が取り上げられて鍛冶屋さんも疑われる気が…」


 どこまでも悪い方向に考えてしまうらしい。お世話になっている鍛冶屋さんの身が心配なのは分かるが、少しでも明るい方向に考えた方が気が楽ですよ?


「じゃあ、刀が戻ってそれから犯人が捕まればいいんですか?」


「確かにそれなら全て丸く収まりそうですけど、どうするつもりですか? まさか一人で取り返しに行くつもりですか…?!」


「いえ、ただ聞いてみただけです…。(なら、今晩にでも…その前に相手についての詳しい情報が必要かな? 後で集めないと…)」


「迦具夜さん?」


 何かを言っているようだったが、後半から小さく呟いていたために鈴蘭は聞き取れなかった。気になって聞いてみたが当人は「何でもない」と言ってすぐに戻った。


 程無くして二人は「煌々華」まで戻ってきた。すると、陽も暮れ始めたことが影響したのか、入り口に鈴蘭とは違った感じの黒を基調とした着物を纏った女性が中に入ろうとしているところだった。


「あ、おかえりなさいあざみ姉さん」


薊と呼ばれた黒い女性は振り返り、鈴蘭と一緒にいる迦具夜に気付くとその整った顔から睨みが飛んできた。整っている分迫力が凄い。


「ただいま。……誰よそれ」


「こちらは迦具夜さんといって私の用件を手伝ってくれたんです。知人を探しているらしくてその知人がウチに居るかも知れないと皆が揃うのを待っているんです」


「えっと、迦具夜です…」


「……ふん」


 紹介したらしたで薊は特に何も言わず店内へと入って行ってしまった。えぇ…。

ここ、曲がりなりにも接客業なんですよね…なのにあの人、全然笑わないし圧が凄いし何しろ怖い。


「すいません。薊姉さんは部外者には愛想が無いもので」


「よくそれで接客業できるね…」


「薊姉さんはどちらかと言うと芸事専門なので」


堅物な職人ってことなのだろうか。


「そういえば姉さんって言ってるけど、姉妹なの? 全然似てないね」


「いえ、それは擬似的なもので実際には血は繋がっていません」


聞けば、ここに暮らしている者たちは家族のようなものだと。

なんとも強い繋がりだこと。ちょっと羨ましいかも。


「これ、ここで良いですか?」


「はい。そちらに置いておいてください」


案内してもらった一室の机に荷物を置く。

すると、鈴蘭は袖を捲り包丁に巻かれた布を解く。


「時間も時間なのでこれから夕食を作るのですが迦具夜さんも食べますか?」


聞けば、ここの食事は交代制で作っているらしく、この日は鈴蘭の番らしい。小腹が空いているのでその好意に甘えたいが、迦具夜には急用があった。


「すいません。別件が出来たので今日は遠慮します」


「そうですか…」


鈴蘭が少々気を落とすのが分かったが、こういうことは時期が限られる。迦具夜はその場を後にして町の方へと駆けていった。

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