咲き乱れるは夜の華
永遠の中級者
壱の舞 大和の花
かん! かん! かん!
静寂の闇が訪れ、天に昇る満月だけが静かに光を放つ夜。
そんな夜を遮るように軽い鐘の音が鳴り響く。
「侵入者だーー!!」
一人の男が高台の上で小槌で鐘を叩きながらそう叫ぶ。
すると続々と人が起きて外に出る者が増えていき、大きな屋敷の至る所では配置されている篝火が灯り始める。
「何があった?!」
「賊だ。仕舞っていた金銭を持っていきやがったらしい」
「ちっ、そいつは何処へ行った」
「それが見当たらないんだ。だがまだ近くに奴は居るはずだ!俺は向こうを探すからお前はあっちを頼む!」
「分かった!絶対に捕まえるぞ!」
その会話から察するに侵入者は一名。それもまだ屋敷の中に潜んでいる。
状況を理解した他の監視役たちも侵入者を探すべく、敷地内を走り回る。
そして躍起になって探し回る者たちの内の一人が、ようやくそれに気付いた。月の光に照らされて地面に出来た動く影。監視とは別の人影。
「居た!あそこだ!」
監視の一人の言葉に他の者が反応してその者が指差す方向を見ると、そこには屋根の上を走る者の姿が。
その侵入者は賊にしては変わった格好をしていた。顔や色は逆光によって影となりはっきりとは確認できないが、上半身から布が長く靡いており、それと同じく頭部からも顔を隠していると思われる長い布が風に靡いている。全体的に細身なシルエットから察するに正体は女性のようにも思える。
その者は瓦が敷き詰められた屋根の上をカラカラと音を立てながら慣れた足取りで駆けて行く。
「逃がすな!何としてでも捕まえるんだ!」
「だがどうやって?」
「あ、見ろ!」
一人がそう言った時、屋根の上に賊の他にもう一人の影が現れていた。それは口元から上以外の全身を黒い装束で包み、賊以上に賊らしいとも言える服装をした者だった。それはこの屋敷の主が監視たちにも秘密で雇っていた隠れ兵である。
隠れ兵が現れたことで賊は足を止め、相手の隙を窺っている。
「大人しく捕まって貰おうか」
隠れ兵は静かになった賊に対してそう言い、右手を前に出して奪ったものを寄越すよう促す。だけど賊は何も応えずその動きを合図に再び屋根を蹴る。相手の右手のあった場所、空いた隙に向かって走り出す。
「させるか!」
隠れ兵は賊の進路を読んで、その場所に向かって即座に懐から抜いた短刀を突き出す。
すると、賊はそれを読んでいたように隠れ兵の正面で身体を回すと、隠れ兵の左肩に左手を置き、それを軸にして反対側を通って隠れ兵の後ろに回り込んだ。
「何!?」
隠れ兵はすぐ対応しようと動くが、不自由な足場で軸として体重を掛けられた為に体勢を崩して屋根から落ちてしまう。
それから賊は振り返ることなく屋根伝いに跳んで月夜の闇へと消えて行った。
時は昔。
侍たちが刀を手に戦を繰り返した時代から少し明け、今では権力の持った将軍もしくは大名などが各地に分かれて土地を統べるようになった島国『大和国』。
その中でも首都から少し離れているにも関わらず、首都にも引けを取らない程に栄えている都があった。
幾重の花が咲き誇る町『華乱』。別名「花の都」。
そこは木造家屋が立ち並び、至る所に木々や花など植物が発達しており、町中に張り巡らされている水路には綺麗な水が流れている。
始めは一人の根無し草が休憩の為だけに場所を作っていただけだったのが、いつの間にか各地から人が集まるようになり、今では花に溢れ賑わいのある都へと成長した。
「聞いたか?また出たらしいぜ」
道の真ん中で服装が様々な人たちが集まって井戸端会議をしている。似たような集団は町中にいくつか存在するが、その内容は殆ど同じことだった。
「あー、瓦版の奴だろ。今度は隣町のお偉いさんがやられたらしいわね」
「なんでもそいつ、良い噂は無かったらしいじゃねえか」
「ああ。今回の件でがさいれが入ったことで、裏で闇取引をしていたとか民から金を騙し取ってたとか暴かれたらしいしな」
「ざまあみろだ」
彼らの話している内容とは、『華乱』から少し離れている町で昨夜その町を収める役人の家に賊が入ったということ。賊やその家から多額の金銭と一部の書類を盗み逃げおおせたというのだが、これを聞いた町人たちは意外な反応をしていた。
普通なら怖がり自分は気を付けねばと警戒したりするのだが、この者たちはその様子はなくそれどころか明るく喜んでいるようにさえ思える。その理由は先の被害者が裏で何かをしでかしていた悪人だったということもあるが、それよりも彼らは知っているのだ。
此度現れた賊はただの賊ではないことを。
「今回もよく暴いてくれたな、あの義賊は」
そう。先程から話に出ている賊は義賊なのだ。彼らがその義賊に直接会ったことは勿論無い。だがその活躍は耳に届く。この義賊はこれまで幾度と出現し悪人からのみ盗みを行っている。そしてその奪ったものは、時に元の持ち主の下に届けたり、時に悪事の証拠となるものを行政組織に渡したりと様々だ。そのことからこの義賊を英雄視している民は至る所に居るのだ。
「よくやってくれたよ本当」
「あ、やべ、自警団だ」
集団の中の一人が向こうから歩いて来る二人組を見つけてあからさまに声量を下げた。二人組はそろって同じ羽織を着ており、腰には刀ではなく金属製の十手を差している。これはただ揃えているというわけではなく都の治安を守る者の証明である。
義賊と言えど、どんなに正義を行おうと取っている手段は悪事と変わらない為、その手の話をしているだけで組織に目を付けられる可能性があるので、彼らは面倒事を避けて組織の前ではしないようにしているのだ。
「お前ら今の話は言うなよ。こんなこと言ってるのがバレたらやばいからな」
「分かってるよ」
そう言って彼らは解散し、自警団の二人組は何も気付くことなくその場を通り過ぎた。そんな二人の片割れが平和であることをいいことにぽつりと呟いた。
「ああ、なんかこう事件でもあったりしないかな」
治安を守る側が言うとは思えない台詞だが、これは本当に騒動が欲しいのではなく、ただ暇を持て余している故に出てしまったことである。だがそれでも真面目なもう一人にはそんな冗談めいたことは通じない訳で。
「何言ってんだ!そんなことを言って本当に何か起こったらどうするんだ!」
「いや、悪かったって。ただ暇つぶしが欲しかっただけだって」
「…世間では盗賊まで出るんだから油断するなよ」
「盗賊ってあの噂になってる奴か。話を聞く限りだと面白そうな奴じゃねえか。どうせなら一度くらいは会ってみたいな」
「何が面白そうだ。目的はどうであれアレは単なる盗賊だ。俺たちが捕まえるべき対象だ」
生真面目な方、羽織も帯もきっちりとしている男が注意すると、暇そうな方が理解していながらもどこかやる気の抜けたような態度をしていた。
「まあそう言われればそうだけどさ…。お前、そんなに頭が固いときっとどこかで困るぞ」
「どこかって何処だ?」
「さぁな」
「なんだよ…。ったく、そんなことを言ってないで暇なら聞き込みでもしたらどうだ?」
「そうするか。……あー、そこの方、少しいいですか?」
生真面目な男に促されるまま、暇そうな男は丁度向かいから歩いてきた少女に声をかけた。呼びかけに応えて立ち止まった少女は見た目からするに歳は十五、六といったところだろうか。とそんなことよりもその格好が気になった。頭には造花の髪飾りを付けており、服装には着物を独自に調整しており裾が膝上までしかなく、腕は肩まで大胆に出していて、それでいて腕には何処で止めているのかよく分からない袖布を付けていた。これが改造着物というやつなのか?
「なんだその服装は!乱れている!」
「えっ、そう言われても…」
少女の服装を見て、突然後ろから焦るような生真面目な男が叱り始めたものだから少女は驚いて戸惑ってしまっている。
「驚かして悪いね、こいつの事は無視してていいぞ。
俺たちは自警団の者でな、聞きたいことがあるんだが、最近この辺りで変わったことって何かあったか?」
後ろからは生真面目な男がとやかく言っているが、男は本当に無視して話を進める。すると少女は口元に片手を当てて何かを考えるような姿勢を取るが、それもすぐに止めた。
「変わったこと…って言われても、つい最近こっちに来たばかりなのであまりそういうことは分からないです」
「最近来たってことは何かの芸人か?変わった格好してるし」
男が言う"芸人"というのは、自警団のような治安を守る役職とは違い、舞や茶道などの芸事で生活している者のことである。この『華乱』でもその手の店はいくらと存在するので、男はこの少女もその手の部類だと思ったのだ。
「いえ、今は特にこれといってはやってなくて、この服も好きで来てるだけでして。だから…しいて言うと移住者ってところですかね?」
「移住か…。此処にしたらそういうのもあまり珍しくはないな。なら困ったときは俺らに言いな。そういう役職だから」
「ありがとうございます」
後ろに居た生真面目な男は最後まで何かを呟いていたようだが、自警団の二人はそのまま立ち去って行った。
二人と別れた後、少女は歩き出して近くにあった草木で出来た入り口からとある建物の庭へと入っていった。この庭は少女のものではなく、ましてや知人のものでもない。庭の中には他にも人は居るが、誰も少女を咎めようとはしない。少女はそのまま庭に置かれていた紅い布の掛けられた物に腰を下ろした。すると、建物の中から割烹着を着た一人の女性が現れた。
「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」
女性はにこやかにそう言ってお品書きを差し出した。
そう、他人の敷地に入って何も言われないのはここがお店だからなのである。このお店は『華乱』でもそこそこ名の知れた甘味処であり、少女はここが目当てだったのだ。
お店は庭に面している側の壁が取っ払われて扉を使うことなく中と外の行き来がしやすいようにされている。庭も客の行き来を意識して整理され、腰掛けと日よけの大傘をいくつも配置されている。
少女はお品書きの中からあんみつを注文すると、女性はかしこまりましたと店内へと戻っていった。少女はあんみつが来るまでの間、何をしようかと思いながら日傘の下から空に浮かんだ雲を見上げる。
「この義賊、この町にも来たりするのかねえ?」
そんな声が聞こえ、少女は上げていた視線を下ろすと目線の先で座っている二人の客が話をしていた。二人の間には何かが書かれた紙が置かれているようで二人はそれについて口々に感想を言っているようだ。そのまま二人を眺めているとお椀を乗せたお盆を持った女性が戻って来た。
「お待たせしました」
ようやく出されたあんみつは餡が黒々としている分、入っている白玉や添えられている果物がより鮮やかに映る。少女はさっそく一緒に出された木製の匙で白玉を掬って口に運ぶ。
口の中で白玉のもちもち感を楽しんでいると手が空いているらしい店員の女性が
店内には戻らず少女の近くに立っている。女性はぼーっと立っているが近くの二人の会話が聞こえているのか、ぽつりと呟いた。
「人の噂は早いですね…」
「ん…何がですか?」
少女は口に入れていたものを飲み込んでから女性に訊いた。まさか聞かれていたとは思っていなかったのか、女性は少々驚きながらもそれに応えた。
「隣町に義賊が出たのは昨日の事だと言うのに、もう皆さんがその話をしているものですから」
「確かに早いね。ちなみにその義賊ってどんなのなんですか?」
少女は訊いた。ほんの興味本位で。
「さあ…。活動は噂されていますが正体に関しては誰も言っていませんからね。皆さんが言っているのは、悪人に対してのみ行っているということぐらいですから」
「ふーん」
少女はそのまま女性と世間話を続けた。そしてお椀が空になると、話を切り上げて代金を女性に渡すと甘味処を出た。庭から出て周りを見ていると向こうに見える橋の辺りが突然騒がしくなった。
「きゃあぁぁ!」
橋の方から悲鳴が聞こえ、こちらに向かって男が走ってくる。その男は少々見すぼらしい服装をしている割に手にはらしくない風呂敷包みを持っていた。その奥では何かを叫ぶ女性の姿が見える。どうやら盗みのようだ。
「どけどけぇ!」
男が人を突き飛ばしながら走ってくる。そして男はそのまま少女に対しても同じように突進してくる。
「ぐはっ!?」
が、少女はぶつかる瞬間、冷静に相手の動きを見てその腹部に回し蹴りを叩きこんだ。蹴りを入れられた男は吹き飛ばされその腹を両手で押さえている。
「ってぇ…何すんだてめえ!」
「これ、どう見ても君のじゃないよね」
「なっ、いつの間に!?」
少女の手には先程まで男が持っていた風呂敷包みがあった。少女はただ隙だらけだったので取り上げただけなのだが、男は訳が分からないといった感じで立ち上がるとすぐに取り返そうと殴りかかってきた。
「っと、っと」
少女はその拳を難なく躱す。その様はまるで音に合わせて踊っているようでいつの間にか周囲には理由の知らない人が集まり出していた。
そして少女は躱す流れで相手の後ろに回り込んでから男の腕を後ろに締め上げる。この一部始終を見ていた一般人は芸かなにかと勘違いして拍手を送っていた。
「あ、私の包み!」
人混みを掻き分けるように出て来た女性に少女は持ち主であると判断して持っていた包みを返した。女性からお礼を言われていると、後ろから男の声が聞こえた。人混みに通されるように現れたその男たちはよくみると先程の自警団の二人であり、二人は今も男の腕を締め上げている少女の光景に驚いていた。
「えっと…これはどういうことだ…?」
「あ、さっきの子」
二人は女性の証言でこの状況を理解したようなので、少女はそのまま男の身柄を渡す。片方がそれを受け取ると生真面目な方が確認のためなのか改めて訊いた。
「君が捕えたのか?」
「そうですが?」
「凄かったんだぜ。男の拳を難なく避けてよ」
「そうそう。鮮やかな動きだったわ」
少女の返答に続くように、見ていた衆人もそれぞれに感想を言っている。生真面目な男はまだ何か足りないような顔をしているが、今は納得しておくことにしたようだ。
「まあ…ご協力感謝する。皆さんも早く散るように」
衆人に解散を促し、自警団の二人は男を連れて引き上げていく。と思っていると、生真面目な方が急に立ち止まって振り向く。
「そういえば君の名前を聞いていなかったな」
突然そんなことを言った。どこまで真面目なのだろうか。いや、自分の名前を言っていない辺り、違う目的なのだろうか?
まあどんな目的であれ少女は特に何も疑うことなく正直に名乗った。
「
「そうか…覚えておこう」
そう言って自警団の二人はその場を去った。
そしてその後、片割れは気になって生真面目な男に訊いた。
「どうしたよ相良、お前にしては珍しいじゃねえか」
「珍しい?何がだ」
「名前を聞くなんてさ。それにいつもなら聞く場合は自分から名乗ってたじゃん」
「実は言うと俺にも何故そうしたのかは正直分からん。ただ一つ言えることは…俺の勘がそうさせたんだ」
生真面目な方――相良がそう言うと相方は再び捕縛した男を押して、そしてぽつりと。
「お前、勘悪いじゃん」
「うるさいな!」
自警団の二人はそんな会話をしながら男を連行した。
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