第128話

 葬儀当日の朝。朝食が終わると同時に押しかけたメイド達に前日同様にラミナ達は連れ拐われていった。

 一人取り残された私の隣には苦笑を浮かべたシシリーが控えている。


「本日はこちらをお召ください」


 渡されたのは左肩にかけるように作られた黒字に銀糸の刺繍の施された片掛マント。施された刺繍の紋章は火の国のものだった。

 シシリーに香油で磨かれ、銀の留め具で左肩にマントを固定する。香油からはほのかにどこか遠い故郷を思わせるような香りがした。



 支度が終わった私達が向かったのは城の地下にある船着き場。船着き場には黒字に銀の装飾の施された黒塗りの小型船が三艘泊まっており、船には火の国の厳しい日差しを遮るように布製の屋根が取り付けられている。

 一艘目には火の神殿の紋章の描かれた豪奢な神官服に身を包み、高位である神官のみがかぶることを許された箱型の帽子を被った神官長と光の神殿、光の女神を表す紋章の描かれた神官服を身に着けた神官が一人。

 その後ろには神の歌い手と呼ばれる黒いベールを被り、黒いドレスを纏った歌手の女性が三名同乗している。三人のうちの一人はイザベラだ。

 二艘目にはメテオールの遺体を安置された白い石状の棺を蓋を開けた状態で乗せ、棺の周りは一面を儚げな白い花が埋め尽くしている。

 三艘目には先頭に国王と王妃、二人の間にはまだ幼い王子がちょこんと行儀よく座っている。王のすぐ後ろには正装したノティヴァンとフィーネが座り、私達家族はその後ろに座している。

 全員が席につくと船は水路を下り始めた。

 王城を出、水路を進む船を待ち構えていたのは水路脇を埋め尽くすほどの白い花を手にした火の国の国民達だった。

 どの顔にも王弟の死を悼む想いが感じられる。彼は本当に兄に、国民に愛されていたんだな。生前の彼が成した結果が国民の態度で示されている。

 東西南北に引かれた水路を巡り終えた二艘目の船は棺が見えないほど国民達から送られた花で埋め尽くされ、乗り切らず溢れた花が小舟の甲板を白く染めていた。



 聖堂の火の神の神像へと続く通路を白花に埋め尽くされた棺が近衛兵に担がれ進む。神像前には石造りの祭壇があり、棺はその上に安置された。

 静まり返る聖堂の窓に降り立った小鳥の囀りだけがやけに大きく響く。

 そんな中、火の神を祀る神官長と光の女神を讃える神官は金色に輝く神に祝福された炎の灯った燭台を握り聖堂に入場して来た。

 神官の入場とともにこれから逝く人へ残された人が贈る歌をイザベラが朗々と歌い上げる。


 遠くに旅立つあなたのために祈りましょう

 あなたの旅路が幸福であることを

 遠くに旅立つあなたのために歌いましょう

 あなたの旅路に祝福があらんことを


 あなたが遠くに旅立って

 その顔が見えなくなっても

 その声が聞こえなくても

 その身に触れられなくても


 私達は忘れません


 あなたの輝く笑顔を

 あなたの楽しげな笑い声を

 触れたあなたの手の温もりを


 私達は忘れません


 あなたと共に笑いあい

 あなたと共に怒りにかられ

 あなたと共に悲しみに涙し

 あなたと共に楽しんだ


 あなたとあった様々な日々を


 私達は忘れません


 置いていくなんて心配しないでください

 どんなに遠く離れていても

 私達が忘れない限り

 あなたはいつも私達とあります



 今は静かにお眠りください


 男神の元へと旅立つあなたのために祈りましょう

 あなたの旅路が幸福であることを

 女神の元へと還るあなたのために歌いましょう

 あなたの旅路に祝福があらんことを


 美しくも悲しく、それでいて安堵させるような暖かさを持った歌声は聖堂に残された人々の心に響きわたった。


 歌が終わると神官達は金の炎を棺に灯した。金色の炎が静かに棺を覆い尽くす。

 最前列で燃える棺を見つめる私達には熱さは感じない。

 聖なる炎は弔いのために。金炎は死者の魂を清め導くもの。何者も傷つけない暖かな光。

 次第に金炎は静かに消えていき、棺と花は綺麗なままにメテオールの遺体だけが純白の灰へと変わった。

 神官達と国王と王妃、それと幼い王子が遺灰を掬い、王家の紋章の描かれた白い壺に注いでいき、全ての遺灰が収められ壺の蓋が閉じられる。壺は神官長から国王に手渡され、壺を胸に抱いた王達が退場して葬儀は滞りなく終了した。

 終了と同時にラミナ達はメイドに連れ拐われ、シシリーは私がマントを手渡すと「お先に失礼します」と一礼し、先を行くメイド達の後を追っていった。



 いつの間にか聖堂の窓から射す光は橙色を帯び、埋め尽くす様にいた参列者の姿は失せ、気づけば残っているのは私だけとなっていた。


 終わりましたね。


 私の内にいる彼に語りかければ困ったような少しだけ苦しげな声が返ってきた。


【そうだね。自分の身体が灰になるのを見るのは存外、しんどいものだね】


 彼の感じた息苦しさや辛さが私の胸にも伝わってくる。私の人としての終わりはあまりにも優しく静かで眠るようだった。何よりその瞬間を私は覚えていない。そんな私にはメテオールの辛さは理解することは出来ない。けれど、せめてそんな彼の心に寄り添いたいと思った。


【僕の依頼の件は覚えてくれているよね?】


 はいと肯定すると【それじゃあ、彼女に渡しに行こうか】と私の身体は自然とラミナの元へと歩みを進めていた。




 メイド達に捕まったラミナが開放され、私の元に戻ったのは既に紺色の空には月が輝き、子供達も寝静まった頃だった。


『お疲れ様』


 疲労困憊のラミナに労いの言葉をかけると彼女は眉をひそめながらも小さく笑みを作り「アステルもお疲れ様」と私を労ってくれた。

 一歩踏み出したと同時にぐらりとラミナの身体が傾く。慌てて倒れ込みそうになるラミナを抱きとめると、私の胸に顔を押し付けたラミナの頬には一筋の雫が流れ落ち、抱いた彼女の肩は小さく震えていた。


「……なくなっちゃった。いなくなっちゃったよ」


 今まで見たことのない少女のように泣くラミナの姿。自然とラミナの肩を抱く手に力がこもる。


『私はラミナを置いていなくなったりしないから』


「絶対よ、約束よ、破ったら許さないんだから」


『絶対。約束する』


 背中に回されたラミナの手がぎゅっと私を抱きしめる。返すように私も肩から背に手を回し包み込むようにラミナを抱きしめた。


 暫くすると背中に回されていたラミナの手がするりと抜け出し、気恥ずかしげに彼女は私に背を向けた。


「ごめんね。みっともない所見せて」


『そんなことないよ』


 覆いかぶさるように後ろからラミナを抱きしめながら囁くと薄っすらとラミナの頬が薄紅色に染まった。

 今なら、今を逃したら渡す機会が無くなってしまう、そんな気がした。

 腰のポーチに手を伸ばし中から指輪を取り出し、開いていたラミナの手に握らせると彼女は不思議そうに首をかしげ私を見つめた。


「何?」


『あの日、君に渡したかったものだよ』


 私の声とメテオールの声が重なる。受け取った複雑な文様の刻まれた黒ずんだ銀色の指輪をラミナは掬うように顔の前に掲げ暫く見つめた後、ゆっくりと指輪を包み込むように彼女は手を閉じ、悲しげに私に微笑みかけた。


「ありがとう。でも、もう私には必要ないものだわ」


 ラミナの言葉に自然と私は頷き返し、そっと彼女の頬に手を触れていた。


『そうだね、今の君には不要なものだ。だから、いつかその指輪が必要な魔物ひとがいたら渡して欲しい』


 メテオールの願いにラミナは目元に涙をためながら「分かったわ」と頷く彼女の頬を伝う涙を触れていた指先でそっと拭う。


『さようなら、愛しい女性ひと。君の幸せが僕の幸せだよ』


「さようなら愛しかった貴方。今、私は幸せです。だから、……だから心配しないで。私はもう大丈夫だから」


 大粒の涙を溢しながらもラミナはにっこり微笑んでいた。

 大丈夫。彼女はもう愛するひとを見つけたから。


 憑依されてから徐々に薄くなっていたメテオールの気配が急速に薄くなっていく。


【君にも世話になったね。これから彼女のことを頼んだよ】


 託された想いを受け取り頷くと役目を終えたメテオールの気配は完全に溶けて消えていた。




 翌朝、火の国を出る用意が整ったのを見計らってノティヴァン達が私達の部屋を訪れた。


「用意は出来てるようだし、行こうか」


 そう言うノティヴァンの後ろには残念そうな面持ちの国王と微笑むイザベラの姿があった。


「もう行ってしまうのか?もう少し滞在してはどうか?世話になったそなた達にもっと饗させてくれぬか?」


 国王の提案に私とラミナが首を横に振ると総意をノティヴァンが告げてくれた。


わたくし達はまだ旅の途中ゆえ、ここで出立せていただきます。お気遣いに感謝いたします」


 丁寧に一礼するノティヴァンに倣い、私達も一礼し踵を返すと背中にイザベラの声が投げかけられた。


『アステル様、貴方様に出会えたこと僥倖でありました。貴方様方の旅のご無事をお祈りしています』


 言い終えるとイザベラは旅人の無事を祈る歌を歌い始めた。澄み渡る空のように澄んだ優しい歌声に送られ、私達は次の目的地、蛇女ラミアの国へと歩みを進めた。

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