第127話

 全員が席につくと火の国の王は私達に向かって深く頭を下げた。


「此度のこと誠に申し訳なかった」


 深い謝辞のこもった言葉にどう答えるべきか悩んでいると柔らかな声でラミナが答える。


「頭を上げてください国王様。私はこうして無事なのです。命の危機に晒された当人が許しているのですからそれ以上責を求めるものはいないでしょう」


 ぐるりと私達に向けられた微笑みに皆、ラミナが良いと言うならと不承不承に頷いた。


『本当にこれで良かったのかい?』


 ラミナの耳元に顔を寄せ小声で尋ねると


「うん、これで良いの。だって、王様は昔だけど好きだった人のお兄さんだから。それに、最愛の人を失った悲しみにつけ込まれた気持ちは分からなくもないわ。だから、許すの」


『そうか。君がそれでいいなら、私は君の意向に従うよ』


「ありがとう。でも、今回は私だったから許したけど貴方や子供達に手を出していたら許さなかったわ」


 そう言うラミナの顔には凄みのある笑みが浮かび、それを見た国王は身を震わせながら早口に「ば、晩餐を始めようか」と声を発すれば、扉が開き大量の料理を乗せたワゴンを押してメイド達が入場してきた。


 テーブルに並べられた色とりどりの料理に皆が舌鼓を打つ中、私とイザベラの前に置かれた料理は置かれたときと全く変化がない。


「そなたらの嫌いなものであったか?」


 私とイザベラの様子に疑問をもった国王が尋ねるとイザベラは小さく首を横に振った。


「いいえ、陛下。私の方こそ陛下のご厚意を無駄にしてしまって申し訳ございません。私達、不死人アンデッドは食事は取れずこの身を繋ぐのは魔力だけなのです」


 骨人スケルトンや私のようなリビングアーマが食べられないのは見て分かるが、イザベラのように肉を持つ死人アンデッドは傍目には食べられないとは分からない。何せ見た目だけなら多少血色の悪い人族にしか見えないのだから。


「そうであった。それならばこれはどうか?」


 言うと国王はパンパンと数度手を叩くと扉が開きメイドが入ってくる。そっと国王の横に控えたメイドに国王は小さく何かを耳打ちするとメイドは一礼し食堂を離れた。数分レプト後に現れたのは色とりどりの魔石を詰めた金細工の籠を乗せた銀のワゴンを押すメイドの姿だった。


「珍しい魔石を用意させた。これならそなたらでも食事を楽しめるだろう」


 国王に薦められるまま、目の前に置かれた色とりどりの魔石の一つを手に魔力を吸ってみる。真っ赤な魔石から流れ込んできたのは舌を焼かれるような熱さと辛さ。今まで感じたことのない辛さに思わず涙目になり、慌てて水色の水の魔石を手に取る私を対面に座るイザベラは微笑ましく見つめていた。


「この身になってまた、懐かしい辛さを味わえるとは陛下のお心遣いに感謝いたします」


 美味しそうに両手で赤い魔石を掬いながらイザベラは本当に嬉しそうに微笑んでいた。



 テーブルを彩っていた料理が全てなくなると国王は神妙な面持ちでノティヴァンに声をかけた。


「明日の葬儀に勇者殿たちには国賓として参列していただきたい」


「畏まりました。みんなも良いよな?」


 ノティヴァンの問に誰も首を横に振るものはいなかった。私達の答えに国王の表情が安堵で和らぐ。


「感謝する。葬儀は昼からだが、色々と用意があるので朝食後には使いのものを寄越すので覚えておいてほしい」


 そう言い国王はイザベラに視線を向けた。


「イザベラ殿には明日の葬儀で葬送歌を披露して欲しい」


「畏まりました。身に余る光栄にございます」


 微笑み深く頭を垂れるイザベラに国王は「では、明日よろしく頼む」と一声かけると王は席を立ち、退室していき晩餐は終了となった。




 晩餐も終わり明日も早いとラミナと子供達は部屋に戻ると早々に寝支度を済ませ、布団に潜り込むと心地よさそうに眠りの世界へを旅立っていった。気持ちよさそうに眠る家族の寝顔をしばらく眺め、私は日課の訓練のため中庭へと向かった。


 メテオールと出会った日と同様に月は柔らかな光をたたえ、庭の木々を照らしている。彼と出会ったのはほんの数日前のことなのに、随分前のことのように感じられた。虫の音と風に揺れる木の葉の音に混じって私の剣が空を切る風切り音だけがあたりに響く。

 不意にコツコツと近づく足音に思わず剣を向けた先には大きく目を見開き青ざめた火の国の王の姿があった。


『申し訳ありません』


 謝罪とともに慌てて剣を収めると国王の顔にぎこちない笑みが浮かんだ。


「……少し、余と話さないか」


 国王の誘いは私に向けられているものではないのは言葉に出なくても分かる。一歩下がるように意識すると私の奥でまどろんでいたメテオールの意識が浮上し、私の意識がまどろみの中に沈んでいった。


『こうして兄上とゆっくり話をするのも久しぶりですね』


 懐かしむような声色でメテオールが笑いかけると「そうだな」国王も頷き笑い返す。



 噴水の縁に腰を下ろし、王と王弟は月を見上げながら語らい始めた。


「のう、メテオール。余は民にとって良い王だろうか?」


『ええ、兄上は良い国王ですよ』


 メテオールの即答に国王は驚きで声を震わせる。


「それは真か?」


『嘘、偽りのない僕が見たことをお話しいています』


 疑いの眼差しを向ける兄に弟は真剣な眼差しで返した。


『僕は今までこの王都を見守ることしか出来ませんでした。どんな理不尽が起きても僕には手を差し伸べる事すら出来ないのです。それがどれだけ辛いか兄上にも分かるでしょう?』


 メテオールの悲しげな声に国王も目を伏せ俯いた。悲しげにうつむく兄に弟は先程とは変わり明るい声で話しかける。


『ですが、兄上が国王になってからは少しずつですが王都は変わってきました。年々理不尽に泣く者は減り、多くの民が笑顔で暮らせるようになりました。

 兄上はご覧になりましたか?今の市場の活気を。是非一度自分の目で確かめてください。あそこには兄上の成した結果がしめされています』


 メテオールは包み込むように国王の手を握ると伏せられていた国王の顔が持ち上がり、私の金色の瞳を真っ直ぐに見つめた。


『素晴らしい国王ですよ兄上。そんな貴方は僕の自慢の兄です』


 微笑むようなメテオールの声を前に国王は弟と同じ藍色の瞳から大粒の涙を溢した。




 国王は涙を拭うおうと胸元に手を入れ違和感に眉をひそめる。王の取り出したハンカチと共に現れたのは奇妙な装飾の施されたやや太めの黒く変色した銀の指環。


「これを渡そうと忘れておった。そなたの身を清めている時に出来きたものだ。大切なものだったのだろう?」


 申し訳無さげに眉をひそめながら国王はハンカチとともに、自身の手で固包み込むように私の手に指輪を握らせた。


『ありがとうございます兄上』


 礼を言い指輪を受け取る握る拳に少しだけ力がこもる。


「これでそなたと言葉を交わすのは最後なのだな」


 名残惜しげに私の手を握る国王に


『いずれ、また会えますよ。僕はゆっくりその日を待っておりますから、どうか兄上たちもゆっくりいらしてください』


 笑いかけるメテオールに固く包み込んでいた国王の手が離される。


「早く行って、そなたに叱られないようにしないとな」


 そう微笑みを浮かべながら国王は私達の前を後にした。



 残されたのは手の中に収まる指輪。

 メテオールがある女性に渡したかったのはこの指輪のことなのだろう。問うようにメテオールに意識を向けると肯定の意が感じられた。


 メテオールが指を渡したかった女性はラミナだ。だとするとこの指輪は……。そこまで考えて私は考えるのを止めた。

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