第129話

 王城を出て、まず私達が向かったのは城下町はずれの廃屋に隠れるよう建てられた小さな祠。前回訪れた時と変わらず、祠の周りには瓦礫が散乱し、ここに転移陣があるなど、ひと目見て分かるようにはなっていない。

 そんな祠を見てポツリと「懐かしいわね」とラミナの口から言葉が溢れた。懐かしげに祠を見回すラミナの目元に薄っすらと涙が光る。


『ラミナ……』


 肩に触れ、小さく声をかけると「大丈夫」とラミナは微笑み返した。


「転移陣を起動させるから、皆、陣の中に入って」


 ノティヴァンや子どもたちに声をかけ、全員が陣に収まると起動させるための呪文をラミナは詠唱し始める。詠唱とともに段々と景色が白く塗りつぶされた。一面真っ白になりまた色彩が戻るとそこはびっしりと苔で覆われ、緑に染められた石造りの祠の中だった。


 祠から出るとラミナは大きく伸びをし、長くしなやかな青い鱗が美しい尻尾を右に左に大きく揺らす。


「人の身体って便利だけど窮屈なのよね」


 久しぶりの開放感に浸っているラミナに断罪の谷を初めて訪れたノティヴァンが聞いた。

 少しばかり渓谷に近寄りノティヴァンは谷の底を覗き込んでみるも、私ですら見えない谷底は闇が広がるばかり。

 身を乗り出しそうなノティヴァンの隣には彼のマントの端をしっかりと握った薄い緑色の髪に淡い水色のローブの少女、フィーネの姿があった。

 結局、鎧を修理するとソアレが申し出たが、ノティヴァンはその申し出を断った。ともに戦うことを望んだフィーネは抗議するもノティヴァンの自分が絶対守るという約束と前衛は私もいるからと納得してもらいラミナ達と後衛に回ってもらうことになった。

 身震いしながら戻ってくるノティヴァンを視界の端に収めながらラミナに尋ねる。


「ここは?」


 石造りの橋が深く刻まれた渓谷を繋ぎ、深い渓谷から不穏な気配を感じてか尋ねるノティヴァンの顔にも不安げな様子が伺える。


「ここは断罪の谷と蛇女の国の境よ。私達のいる此方側はもう蛇女ラミアの国。あの石橋の向こうが火の国。2つの国を分断してる渓谷は断罪の谷と行って火の国の罪人の処刑所だったところなの」


「そうか、落ちたら助かりそうもないな」


 少しばかり渓谷に近寄りノティヴァンは谷の底を覗き込んでみるも、私ですら見えない谷底は闇が広がるばかりだった。身震いしながら戻ってくるノティヴァンを視界の端にラミナに尋ねる。


『蛇女の国はここからどれくらいかかりそうなんだ?』


「この森を抜けた先だから、子供の足でも1時間オーラもかからないわ」


 目の前に広がる森を指さしながら何故か苦笑いを浮かべながらラミナはキキとソアレの手を握り進み始めていた。



 ラミナの言った通り、一時間歩いていくと突然森が開け一面に色とりどりの野菜や果物が実る畑が姿を現した。蛇女の国であるはずなのに畑には蛇女の姿はなく、代わりに2マクリスほどの大きさの胸に拳大の魔石がはめ込まれた土人形ゴーレムが植物の水やりなどの世話をしている。


『ラミナ、蛇女の人達は畑仕事はしないのかい?』


 素朴な疑問を投げかけると


「基本、畑仕事や家畜の世話なんかは土人形に任せて、私達は街、あの壁で囲われている向こう側で織物や装飾品を作ったりしているの」


 確かにラミナが指さした先には街を囲う壁があった。


 壁に向かう途中、土人形は私達とすれ違っても攻撃する素振りを見せなかった。誰も口にはしなかったが、これはラミナが一緒にいるからに他ならないだろう。彼女がいるからこそ、私達は同族の客人として認識されている。


 壁にたどり着くと巨大な扉とそれを守るように胸元を軽鎧で包み、下半身に極彩色に染められた布を巻いた黒髪に黒い鱗が美しい蛇女と同様な着衣の薄紅色の髪と同じ鱗が可愛らしい二人の門番が立っている。二人は私達と言うより、ラミナを見ると縦長の瞳孔を見開き嬉しそうに彼女に這い寄って来た。


「ラミナちゃんじゃないのー」


「ラミナー、急にいなくなったから皆心配してたのよ」


 可愛い妹が帰ってきたかのように二人の門番はラミナの頭を優しく撫でたり、ぎゅっと抱きしめる。ラミナはというと苦笑いを浮かべながらただされるままに身を任せていた。

 ひとしきりラミナを撫で回した二人の視線は私達の方に注がれた。


「ラミナちゃん、この方達は?」


 黒髪の蛇女がラミナに尋ねるとラミナは頬を染め、少しばかり俯き恥ずかしげに答える。


「私の夫と子供たち。それと旅の「えぇぇぇ!ラミナちゃんの旦那様ですって!」


 ラミナが言い終える前に彼女の言葉は薄紅色の髪の蛇女に遮られた。

 黒髪の蛇女がずいと私に近寄る。


「ラミナちゃんの旦那さんならさぞ色男なんでしょうね」


 楽しくてたまらないという笑みを浮かべながら私の顔を覗き込み、彼女の白魚のような指がバイザーを掴み上げた。

 黒髪の蛇女の前に晒されたのは闇の中に光る金色の光が一対。先程までの笑みは消え、警戒の籠もる視線が私に向けられた。


「どういうことなのラミナちゃん?」


 ラミナに問いかけられる声は緊張がこもったもの。それも仕方のないことなのかもしれない。

 私達アンデッドは人族にも魔族にも忌諱されている。何故なら不死人アンデッドは魔力が少なくなると極度の飢餓状態に陥り人族、魔族、見境なく襲い魔力の源である魂を喰らおうとする。

 ただ、私だけは例外で魔力が少なくなっても飢餓感はなく、そのまま動けなくなるだけ。私が例外だとしても自身を食らうかもしれない存在を恐ろしいと思わない道理はない。彼女の態度は極めて一般的なもの。


 それに対して異議を唱えたのはソアレとノティヴァンだった。


「お父さんは不死人だけど人を襲ったりしません」


「彼は極限状態でも俺を襲ったりはしなかった。彼が人族や魔族を襲わないことは俺が保証する」


 二人が声を上げるとは思っていなかった。意外な分、言ってくれたことがすごく嬉しい。

 二人の言葉に目を丸くし驚く黒髪と薄紅髪の蛇女。そんな彼女たちにラミナは私の腕に自分の腕を絡め胸元に顔を寄せながら微笑んでみせた。


「確かに、彼は不死人、生きる鎧リビングアーマー。でも、お姉様が心配するような存在じゃない。私達を信じて」


 暫く二人の蛇女達は思案顔を浮かべた後、根負けしたのか苦笑を浮かべる。


「ラミナがそこまで言うなら信じましょう。ただし……」


 薄紅髪の蛇女から警戒を宿した鋭い視線が私に向けられる。


「妙な真似したら直ぐに排除するから、肝に銘じなさい」


『は、はい』


 思わず上ずった返事に薄紅髪の蛇女の視線が柔らかくなる。


「ホント、不死人らしくないわね」


 クスリと笑うと閉じられていた扉が開き、薄紅髪の蛇女は私達を先導するようにゆったりと進み始め、ひらひらと片手を黒髪の蛇女に向けて振った。


「お母様に連絡よろしくね。私、ラミナを案内するから」


「分かったわ」


 そう、返す黒髪の蛇女は耳飾に手を当て、何かを呟いていた。

 黒髪を残し進む薄紅髪の後をラミナも追う様に進む始めるので私達もその後を追い、ついに蛇女の国に入国するのだった。

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