第84話
足音も消え静まり返った王都の前で私は鈴をかざすとリーンと森の方から対になる鈴の音と少女特有の甲高い悲鳴が近づいてくる。
「嫌っーーーこっちくんやない!!」
「こないで!!」
悲鳴と共に森から姿を現したのは2人の少女達。それを追うのは緩慢な足取りで手に棒や剣を握った白骨の骸骨達。私とノティヴァンはほぼ同時に少女達の名を呼び二人の下に駆け寄る。
『キキ!』
「アイナ!」
咄嗟に私もノティヴァンもキキとアイナを背に骸骨達の前に立ちはだかり武器を構えていた。
骸骨の数は3体。先頭の一体が緩慢ながらも力任せに棍棒をこちらに向かって振り下ろす。私が剣で受け払い棍棒を持っている腕を叩き折った隣では片手剣を持った骸骨が此方も緩やかな動きでノティヴァンに切りかかろうとしていた。
振り下ろされた剣はあっさり避けられ空を切り地面を僅かばかり抉る。
その隙にノテヴィンは槍の石突で骸骨の頭蓋骨を叩き割る。割れた頭蓋骨の破片と共に赤黒い石の破片が宙に舞うとそこから黒い靄状の物が私に向かって迫ってくるのを剣を持つ手で振り払うが、靄は消えずそのまま私の身体に吸収された。
瘴気の靄を吸収したとたん胸を締め付けるような痛みと胃が焼かれるような熱さが私を襲う。
膝を折りそうになる私の眼前には片腕を失くしても迫ってくる骸骨の姿。柄頭で頭蓋骨の額の部分を思い切り殴りつけるとバキリと骨の砕ける音とシャリーンと結晶の割れる音がし、また靄が私に向かってくる。回避も拒否もするすべもなく靄は私に吸収される。
「あぐぅ…」
思わず呻き声が漏れ動きの止まった私に3体目の骸骨が両手剣を私に向かって振り下ろそうとしていた。けれど、その刃は私には届かずノティヴァンの槍に遮られる。剣を止められた事で骸骨は標的をノティヴァンに定め再度両手剣を振り下ろす。
「そんなのじゃ当たらないなぁ」
軽口を叩きながらノティヴァンは骸骨の一撃をかわすとクルリと穂先を回し石突で頭蓋骨目掛けて思い切り振りぬいた。バキ、シャリーン、スコーンと音を立てながら頭蓋骨は砕け飛んでいく。数
「大丈夫か?」
膝を折り呻く私に心配げにノティヴァンが声をかける。
『このくらい…大丈夫……ですよ』
剣を鞘に収め立ち上がるがどうしても私の吐く息はゼエゼエと荒くなっていた。
「お父ちゃん大丈夫?」
今にも泣き出しそうな顔で私に走り寄って来たキキをそのまま抱きしめる。
『私よりも本当にキキが無事で良かった』
「本当に本当にごめんなんよ」
キキは目に涙を浮べながら私の首に手を回し抱き付いてきた。そっとその小さな背中を優しく撫でていると顔を真っ青にしたアイナが私の前で地面に頭をつけ平伏していた。
「私のせいでお嬢さんを危険な目にあわせてしまい本当にすいませんでした」
こうなった原因は勿論アイナにある。しかし、その全ての原因がアイナにあるかと言うとそうでもない。
『貴女だけが全て悪いわけじゃない。この子も悪いところはある』
私の視線がアイナから自分に着たのにキキは気付き眉を下げ申し訳なさそうに顔を伏せた。
「…お父ちゃんやお母ちゃんに言わなかったうちも悪い」
『そうだな。子供のうちはどこに行くかちゃんと親に言うこと』
「うん、分かった」
私の目を見て真面目な顔で頷くキキ。これだけ反省していれば次は…大丈夫だと良いなぁ。ソアレなら安心なのだがキキだとどうしても不安が残ってしまう。
『分かれば宜しい』
あとはキキを信じるしかない。苦笑しながらキキの頭を撫でながら視線をアイナに戻す。
『アイナも顔を上げて。君が反省しているのは分かったから』
恐る恐る上げたアイナの顔色はまだ青い。
『これ以上の謝罪は不要だ。ただし、こうなったわけを全部話してもらおうか』
私の言葉にノティヴァンも頷く。
「分かりました。全てお話します」
意を決して立ち上がったアイナは私とノティヴァンを見据えて語り始めた。
「まず、お2人には私のフルネームをお教えします。私はアイナ・アリジプリンギビサ・コラギウスと申します」
この発言にノティヴァンが驚きの声を上げる。
「コラギウスってこの国の王家じゃないか」
「仰るとおり、私はこの国の人々が探していた末姫です」
「なるほど、王家の人間なら王都奪還は分からなくもないが…それだけじゃないんだろ?」
ノティヴァンの問いにアイナは小さく頷くと
「それもあります。けれど、それ以上に私はお兄様を止めたいのです」
気丈に話していたアイナの両目からはとめどなく涙が溢れだす。するりと私の腕からキキは抜け出すとしゃくりあげるアイナの背中を優しく撫でた。
「アイナの兄様というと王子か。幽閉でもされているのか?」
ノティヴァンの問いにアイナは首を横に振って答える。涙を拭いながらアイナは話の続きを語りだした。
「お兄様は…10年前の偽りの魔王討伐という裏切りに遭い、
愛ゆえの憎悪。愛が深ければ深いほどその憎悪も深くなる。
あの日、あの場にいた多くの人が裏切られた深い悲しみを憎悪に変えたのだろう。許せず凶行に走る気持ちも分からなくはない。
私もあの場にいた1人だから。
けれど、私もそうだが翁も憎しみに染まらないものもいる。私は自身の記憶がなく憎む相手が存在しなかった。それ以上に目の前の赤子を救うのに必死だった。
翁は…あの人は裏切った人々を許し、元勇者としての責務を今も果たしているのではないかとノティヴァンを見ているとそう思えた。
悲しき復讐に狩られた王子の姿は違う道を歩んだ私の未来でもあったのかもしれない。
「凶行に走ったお兄様を私だけでは止められません。ですが、勇者様がいれば止められます。お願いです勇者様、私に力を貸してください。これ以上お兄様に愛した民の血で手を染めて欲しくないのです」
アイナの涙ながらの訴えにノティヴァンは顔に手を当てると天を仰いだ。
「わけは分かった。…でもな、いくら光の女神に仕える神官でもこの霧の先には普通の人間は行かれないぞ」
連れて行ってやりたい気持ちはノティヴァンにもある。しかし、連れて行く手段がない。
「うちの光竜の力で…」
キキが口を挟むがノティヴァンは首を横に振る。
「キキだけなら大丈夫かもしれないが、アイナにまでとなると力が足りてない」
必要なのは強大な光の加護。そんな物はこんなところに……あるな。私は自身の手首とキキの手首を交互に見る。
私とキキの手首には風の大精霊パナポナイフィシティアシーの髪で編まれた淡いエメラルドグリーンの組紐が巻かれている。キキのはまだ新しく艶もありほころびのないものが私の手首にはキキと同じ新しいものと少しばかりくたびれ毛羽立ちが出てきた古いもの巻かれていた。
新しい方を片手で結び目を解こうとするが中々うまくいかない。手をこまねいていると小さなキキの手が私の手首に添えられるとスルッと組紐は解けた。キキは自慢げににこっと私に笑いかけるとそのまま組紐を持ってアイナの元へ駆けて行く。
「アイナ、手出して」
キキに言われてアイナが反射的に手を出す。「はい出来た」とキキに笑顔を向けられた時には既にアイナの手首には艶やかな薄エメラルドグリーンの組紐が巻かれていた。
巻かれた組紐からほのかな暖かな光がアイナを包み込む。それを見てノティヴァンは安心した笑顔を浮べた。
「それなら大丈夫そうだな」
「それでは…」
「あぁ、王子の元まで連れてくよ」
「ありがとうございます勇者様」
口元に手をあて感激の涙を流すアイナにノティヴァンは真面目な顔で叱るような口調で話す。
「ただし、もう二度とこんな勝手な真似して子供を巻き込むな。巻き込む前に頼れる大人に相談しろ。分かったな」
「分かりました勇者様」
頷き顔を伏せるアイナの頭をノティヴァンは優しく撫でた。
「反省したならそれで良い。それじゃあ王都に乗り込もうか」
一度振り返り私に向かって自信に満ちた笑みをノティヴァンは向けると顔を戻し開けっ放しの門番不在の王都への門に向かって歩き始める。その後姿を私、キキ、アイナで後を追った。
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