第83話

日も落ち夜の帳が下りる砦を随所に設置された魔導具の明かりが煌々と照らす。

出立の時間になり砦の西門に集った私とノティヴァンを迎えたのは体高が私の胸ほどまであり、体長3マクリスほどもある立派な体格の青い獅子とそれよりは一回りほど小さくすっと引き締まった印象を受ける漆黒の毛並みの狼。その隣には白獅子王、ラミナ、ソアレの姿もあった。

キキとアイナの姿がない。あの2人はどこに?


『キキとアイナは?』


私の問いにソアレが眉根を寄せながら答える。


「お姉ちゃん、お昼までは一緒にいたんだけど…」


「昼ごろまでは姿を見ていたんだが」


とバートもアイナの行方を知らないようだ。


『そうだ、鈴は…』


私達家族は誰かがはぐれても必ず見つけられるように一対の鈴の魔導具、導きの鈴を皆携帯している。この鈴は対になる鈴を持つものの魔力を感知してその居場所を示し導いてくれる。嫌な予感しかしない。

鈴にキキを想いかざすと鈴が西の方角に向かってリーンと鳴った。

西の方角には王都がある。一瞬でラミナの顔が青ざめる。


「なんで、あの子そんな所に」


「アイナの話を聞いているうちに同情したのかもしれない」


バートの言葉に私も同意せざるえなかった。

キキはあの子は優しい。困ってる人がいれば何とか力になってあげようとする心優しい自慢の娘だ。

王都に行きたいアイナに光竜の自分なら力になれるとあの子なら考えそうなこと。昼過ぎに2人が砦を抜け出して王都を目指したとしてここから王都まで大人の足で3時間オーラほどかかる道のりを子供の足ならそれ以上に時間はかかるだろう。しかし、今から急いで追いかけても間に合うか怪しいところだが急がない理由にはならない。


「急いでいるのならささっと乗れ」


事体を察しそう急かしたのは眼前の青い獅子。


『その声は青獅子?』


青獅子と同じ毛色の獅子とは珍しいなとは思っても眼前の獅子と青獅子が同一人物とは思わず驚く私に青獅子は鷹揚に頷く。


「いかにも俺だ。我ら獣人族は本人の意思で自在に四足と二足を切り替えることが出来る。地を素早く駆けたい時は四足に、道具を使う時は二足と言う感じにな。そんなことよりも」


言いながら青獅子は私の股の間に頭を押し込むとひょいと持ち上げその背に乗せると黒狼が伏せノティヴァンに乗るように促す。

私達がその背に乗ったのを確認するとダンと地を蹴り青獅子と黒狼は西の王都へ向かって駆け出す。


「無事戻って来い」


見送る白獅子王とラミナ達の姿はあっという間に小さくなり見えなくなった。




遮るもののない雪に埋め尽くされた白い平原を青い獅子と黒い狼が風を切り疾走する。舞い上がった雪の欠片が私の身体にあたりパチパチと音をたてる。

次第に紺色の空とは別の黒い影が眼前に広がり始めた。影は森の木々でこの森を抜けた先に王都がある。暗くうねった根が張り出す足場の悪い森の中を青獅子と黒狼は平原と同じ速度で駆けていく。森の中に生物の音はなくただ私達を乗せた獣達の地を蹴る音だけが森の中に響いていた。


森を抜けた先についに城壁に囲まれた王城が姿を覗かせた。本来なら人の営みと共に灯らされる町の明かりや喧騒はなく闇と同化し静まり返っていた。

住人のいない町全体を薄紫色の霧が覆う。魔鎧の森ほど濃くはないがこの霧も魔鎧の森と同質のものだ。長くこの霧の中にいれば生物は生きたまま不死の魔物へと変貌させる瘴気の霧。


「俺達が同行できるのはここまでだ」


霧に覆われた王都正門より少し離れたところで青獅子と黒狼は私とノティヴァンを降ろした。


『ありがとうございました』


「世話になった」


私とノティヴァンは青獅子達に礼を言い、あたりを見渡せど動くものの気配はない。どうやらまだキキとアイナは王都には到着していないようだ。思わず安堵の息が漏れるのを青獅子に気付かれた。


「娘っこ達はまだ着いてないみたいだな。俺達はこれから砦に戻る。途中見つけたら引きずってでも連れ帰るから安心しろ」


とあまり安心できない言葉を吐く青獅子に黒狼が窘める。


「王子、その言い方は不安しか持たれませんよ。勇者様、アステル様、お嬢様方は見つけましたら我らが責任をもって砦までお連れします。それでは御武運をお祈り申し上げます」


言うと黒狼は私達に頭を下げるとぺしっと軽く青獅子の尻を叩き「戻りますよ王子」と急かすと森に向かって駆け出す。駆け出した2匹の獣達の姿はすぐさま森の中に消えて行った。


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